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「元・底辺中学校」の日常から世界が見える ブレイディみかこさん(前編)

英国で保育士として働きながら、格差社会の現実を伝えてきたライターのブレイディみかこさんの新刊『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が人気を集めている。アイルランド人の夫との間に生まれた中学生のひとり息子の一筋縄ではいかない学校生活を見つめた現在進行形のノンフィクション。人種差別、貧困、ジェンダーといった難問と格闘し、悩みながらも前向きに成長していく10代の姿は、迷える大人たちにいまを生きるヒントを与えてくれる。(文・深津純子 写真・石野明子)

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パンクロック好きが高じて英国に移住し、今年で23年目を迎えたブレイディさん。音楽ライターとして出発し、社会的弱者に寄り添う「地べた」の視点を信条に、社会問題や政治・経済・文化まで幅広い分野で執筆を続ける。貧困層向けの無料託児所で働いた体験をつづった『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』では、保守党政権の緊縮財政政策で社会の分断が深刻化している状況を鮮烈に描き、2017年の新潮ドキュメント賞を受賞した。

地元の中学校は「別世界」

「元・底辺中学校」の日常から世界が見える ブレイディみかこさん(前編)

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、初めて我が子を主人公にした作品。印象的なタイトルは、彼がノートに書き記したフレーズを拝借した。母が勤める「底辺託児所」で育ち、地域の学校ランキング1位のカトリック系の「名門小学校」に入り、生徒会長を務めた息子は、パンクで熱い母ちゃんとは好対照のクールなまじめ少年。だが、品行方正なカトリック系の中学校ではなく、仲良しが通う近所の「元・底辺中学校」への進学を選ぶ。

多様な人種の子どもがいた「名門小学校」とは違い、「元・底辺中学校」の生徒は9割が白人労働者階級の子どもたちだった。熱血漢の校長先生の学校改革でかつての荒廃からは脱却したものの、在校生には「コワモテのお兄ちゃん」や「ケバいお姉ちゃん」もちらほら。差別やいじめ、非行のうわさも絶えない。そんなタフな環境で、東洋系の外見の小柄な息子が無事にやっていけるのか。両親は秘かに案じるが、息子は様々なトラブルや疑問に正面から向き合い、あれこれ悩みながらも意外なたくましさを発揮する。

「ミドルクラスの小学校と元底辺の中学校は本当に別世界。英国のEU離脱や米国のトランプ現象で話題になった、いわゆる“取り残された人々”が集まる地域なので、学校生活の端々に英国社会の殺伐とした現実がリアルに現れる」とブレイディさん。「英国が抱える問題を日本が後追いしていると思うことがよくあります。息子の日常から感じる格差や差別の問題も、日本とは無縁ではないはず。これは書く意味があるのかなと思いました」

子どもたちの世界は大人社会の縮図

「元・底辺中学校」の日常から世界が見える ブレイディみかこさん(前編)

この本の元になった連載を引き受けたとき、編集者から「現場を書いてほしい」と依頼された。

「勤めていた託児所が潰れてしまい、保育士の仕事は友人の代打を頼まれた時だけ。書くことが中心になった今の私の『現場』って何だろうと考え、自分自身の子育てかなと思い至りました。これまでは保育士としてよそ様の子どもと触れ合った経験を書いてきたけれど、今回は自分の子どもについて書いてみよう、と。計画性が無いので、毎回行き当たりばったり。心に残った出来事を選んでいるけれど、『子どもたちの階級闘争』ほどの衝撃性はない身の回りの話ばかりだから、『読んでる人、面白いのかなぁ』なんて思っていました」

そんな心配は無用だった。日々の生活をつづっているとはいえ、毎回ドラマチックなエピソードに事欠かない。入学説明会では在校生がパワフルなファンクの演奏で圧倒し、入学式の翌日から学内ミュージカルの準備がスタート。音楽好きな息子もその渦中に巻き込まれ、いつの間にか学校生活に溶け込んでいった。

仲間の生徒も印象的な子どもばかり。両親もハンガリー移民なのに、黒人や移民に差別発言を繰り返すダニエル。無料の給食が無くなる夏休みは「ずっとおなかがすいていた」と言うやせっぽちのティム。ジェイソン・ステイサム似の上級生は、学校のクリスマス・コンサートで痛烈な社会風刺ラップを披露する。様々な事情を抱えた子どもたちが織り成す人間ドラマは、ケン・ローチ監督の映画を見ているかのようだ。

「託児所で働いていた時も思いましたが、子どもたちの世界は大人社会の縮図。子どもは忖度(そんたく)したりしないから、現実が抱える問題が日常に色濃く現れる。人種差別的なことを言う子も、本人が自然に思いついたはずがない。周囲にそういうことを言う大人が絶対にいるわけです。私たち大人は社会問題を机上で考えがちだけれど、子どもたちは本やメディアからはわからないことを肌身で体験している。託児所は大人の影響がむき出しで現れていましたが、中学生は『これって何だろう?』と考えたり悩んだりもする。すごく面白い時期ですよね。息子の日常から逆に教えられ、自分の知識や考え方をアップデートしている気がします」

日本の読者に刺さった言葉

「元・底辺中学校」の日常から世界が見える ブレイディみかこさん(前編)

特別授業で訪れた東京都世田谷区立桜丘中学校で(深津純子撮影)

日本に帰国中、ブレイディさんは「校則全廃」などの柔軟な取り組みで知られる世田谷区立桜丘中学校で特別授業をした。事前に本を読んでいた生徒たちが衝撃を受けたと語ったのは、ブレイディさん親子が九州に帰省した際のエピソード。料理店で英語で会話しながら食事していると、酔っ払った男性客が「日本語ができんとね、その子は」と割り込んできた。
「英国に暮らしていて、私も特に教えなかったので……」と説明しても納得せずに絡み続け、息子を指さして「YOUは何しに日本へ?」と連呼した。「何でそんなひどいこと言えるんだろう」「英語を話しているだけで、どうして自分がバカにされたと思うのかな」。戸惑いながら語り合う生徒たちに、本の中の子どもたちの姿が重なった。

一方、大人の読者から反響が大きかったのは、社会の仕組みを学ぶ「シティズンシップ・エデュケーション」の試験を巡るエピソード。「エンパシーとは何か」という設問に、息子は「自分で誰かの靴を履いてみること」と回答した。「他人の立場になって考える」を意味する英語の慣用表現だ。

「エンパシーはシンパシーと同様に『共感』と訳されることが多い言葉で、英国人でも意味を混同して使いがち。うちの連れ合いも『えっ、違うの?』なんて言っていました(笑)。でも、シンパシーは自分の仲間や、似たような考えの持ち主や、かわいそうな人に共感する感情のこと。一方、エンパシーは自分が賛同しない人に対しても、相手の立場ならどう思うだろうと想像してみる能力を指します。想像力って、人間の知性の根幹じゃないですか。今の世の中はそこがちょっと劣化し、分断や対立が進んでいる。だから先生も授業で『これからはエンパシーの時代だ』と語ったのかもしれません。息子は要領がいいから、『これは試験に出るな』と思ったみたい(笑)。でも、臭い靴でもダサい靴でもとりあえず履いてみる、その状態を想像してみるのが人間の知性だと思う。それができなきゃ、文学なんてありえない。一歩進んだエンパシーが求められる時代なのかもしれません」

「子離れ」の時期こそ寄り添って

「元・底辺中学校」の日常から世界が見える ブレイディみかこさん(前編)

連載は、新潮社の月刊誌『波』で今も続いている。息子は母ちゃんが自分たちのことを書いていることは承知しているが、日本語が読めないので今のところノーチェック。ただ、スマホで撮影した文字を翻訳するアプリがあると話していたので、「気を付けて書かないと、そろそろヤバいかも」と肩をすくめて笑う。

「子供が小さい頃は親が介入しなければいけないけれど、10歳くらいになると『ようやく手が離れた』なんてよく言いますよね。でも、私は逆に思春期こそ時間を割いて子どもと話さなければいけないのではないかと思っています。社会の不条理とか歪みとかに毎日ぶつかって、いろいろ話したいことがある時だからこそ、ちゃんと思いを聴いてあげて、こちらの意見もそれなりに伝えてあげたい。それが最も求められている時期だし、私の方も求めている気がします。親でも先生でも知り合いでもいい、思春期は誰か『大人』が必要なんじゃないかな。幸いうちは労働者階級文化が根付いたエリアなので、よその子でも気軽に声をかけ、みんなで面倒をみる雰囲気がある。でも、ミドルクラスの居住地だともっと閉じているのかも。日本はどうなんでしょう」

英国の「元・底辺中学校」の日常が、日本の現実に様々な問いを投げかける。子どもたちの靴を履いて歩き回っているうちに、身近な世界を再発見するような読書体験をもたらす本だ。

インタビューの後編では、ブレイディさん自身の10代の体験やライターになるまでの経緯をうかがいます。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

優等生の「ぼく」が通い始めたのは、人種も貧富もごちゃまぜのイカした「元・底辺中学校」だった。
ただでさえ思春期ってやつなのに、毎日が事件の連続だ。
人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。
時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり。
世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子と
パンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。
連載中から熱狂的な感想が飛び交った、私的で普遍的な「親子の成長物語」。
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ブレイディみかこ

1965年、福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校を卒業後、パンクロック好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国南部のブライトン在住。アイルランド人男性と結婚し、長男が生まれたのを機に保育士の資格を取得。貧困世帯の利用が多い「底辺託児所」で働きながらライター活動を始める。当時の体験をもとにした『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)で2017年度新潮ドキュメント賞を受賞。著書に『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』(ちくま文庫)、『ヨーロッパ・コーリング』『女たちのテロル』(岩波書店)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)など。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は「Yahoo!ニュース|本屋大賞 2019年ノンフィクション本大賞」(11月発表)の候補作に選ばれた。

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