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<122>川崎産の農作物でオリジナルメニュー 「Book & Cafe stand Shinjo Gekijo」

 神奈川県川崎市と東京都立川市を結ぶ、JR南武線。再開発によってタワーマンションが林立し、人口が急上昇している武蔵小杉と、東急田園都市線と大井町線に接続する武蔵溝ノ口にはたくさんの商業施設があり、大勢の人でにぎわっている。両駅の間にある2駅の一つが武蔵新城だ。快速電車は止まるものの、正直言って知名度の高い駅ではない。

「下町っぽい地域で、個人経営の店がすごく多いんです。年に3回、『ふらっと1000Bero in 武蔵新城』という、地域の飲食店が1000円メニューを用意して、街歩きをしながら飲めるイベントがあるんですけど、80軒近くも参加して盛り上がります。街の人同士がすごく仲良くて! あと、『少子化って本当?』と思うくらい、子どもが多いです。ファミリー層の方が引っ越してこられてます」

<122>川崎産の農作物でオリジナルメニュー 「Book & Cafe stand Shinjo Gekijo」

 武蔵新城の魅力を教えてくれたのは、駅北口のほぼ向かいにある「Book & Cafe stand Shinjo Gekijo」店長のもりさなえさん(30)だ。武蔵新城を拠点に、イベントの企画やデザインを行うトビラ株式会社のデザイナーだったが、ある日突然、「店長やって」と頼まれた。

 2018年8月からスタートした同店には前身がある。2017年4月にオープンした「屋台のある本屋 新城劇場」という店だ。古本の販売とイベントスペースとして活用されており、悩みを持つ人たちの相談の場でもあった。運営方法もユニークで、スタッフになりたい人が月々の運営費を払って参加するというもの。その後、いろんな人に向かって開けた場にしたいと、ブックカフェという形態の店にリニューアルした。もりさんが店長に就任したのは、オープン直前だった。

「私が入った時、『新城劇場』時代からの本棚スペースと、録音機材が揃(そろ)い、ラジオの配信もできる小さいスタジオ、それに川崎の農作物を使ったカフェの3本柱でいくことは決まっていました。その後、ギリギリでハンドメイド雑貨の委託販売の体制が整い、『クラフトボックス』の運営が決まりました」

<122>川崎産の農作物でオリジナルメニュー 「Book & Cafe stand Shinjo Gekijo」

 飲食店での経験はゼロ、ましてや店長という立場も初めてのもりさん。近くに「新城テラス」という先輩店舗があり、そこがメニュー開発やカフェ運営のアドバイスをくれたのは大きな支えになったものの、同じことをやれば似通ってしまい、客を取り合うだけになりかねない。

「『新城テラス』はすごく素敵なお店なので、あの店のようにするのが正しいあり方、と思っていたこともありましたが、途中から、『あ、うちブックカフェだった』ということに気づきまして……」

 店内の本は「新城劇場」時代のものを引き継いだが、店を訪れる人を観察していると、高校生や20代の若い人、男性の一人客、パソコンに向かって仕事をする女性など、「新城テラス」とは全く異なる客層であることがわかった。そこでもりさんは、スタッフに声をかけ、自分が面白いと思う本や好きな本を持ってきてもらって棚に並べることにした。アニメ関連の会社に在籍したことがあり、自身もアニメや漫画好きなもりさんは、画集や漫画を持ち込んだ。店内の閲覧専用で販売はしていないが、本目当ての客が少しずつ増えていったという。

「漫画だと短い時間でも読みやすいですから。お小遣いが少ない高校生が、ここで読みたかった漫画を見つけて読んでいくこともあります」

<122>川崎産の農作物でオリジナルメニュー 「Book & Cafe stand Shinjo Gekijo」

 店長として、「今までと全く違った、新しいことをやらないと」という焦りが常にあったというもりさん。慣れない仕事をする中で、「新城劇場」時代からのスタッフや客と接するうちに、あることに気が付いた。

「ここがオープンした時点で、前の店は“そこまで”って思っていたんですね。でも、いろんな人がこの店にたくさんのことを残してくれた上で今があるんですよね。だから私の本当の役割は、前のものを大事にしつつ、新しいことと今までのものをうまくブレンドしていくことなんだと」

 そう思えるようになってから、この店で働くことががぜん楽しくなってきたという。そして、この店の新しさを出す試みもようやく実を結んだ。それが、自家製フルーツビネガーを使ったドリンクだ。

<122>川崎産の農作物でオリジナルメニュー 「Book & Cafe stand Shinjo Gekijo」

 川崎市では、若手農家を中心に野菜や果物の生産に力を入れているのだが、地元の人たちもあまり知らないのが現状という。もりさんは店長業務の傍ら、所属するトビラ株式会社のデザイナーの仕事も続けており、そこで地元のアスパラガスのラベル作りに携わった。それが縁で川崎市の農業振興課の職員とのつながりができ、農作物や農家の人たちを教えてもらう機会に恵まれた。農作物を使ったメニューを考えはじめたもりさんは、『新城テラス』の店長にも助言をもらいながら、季節の果物を使ったフルーツビネガー作りに挑戦する。

「いろんな人がアドバイスをくれて、ようやく新しい一杯ができたんです。うちのお店らしい、うちのお店だからできたと思うと感慨深くて」

 この取材をしたのは、ちょうど一周年の8月23日。店頭には祝いの花であふれ、店内には1年の活動を振り返るパネル展示が行われていた。もりさんが取材を受ける間、カウンターでは「新城劇場」時代から働く、心強いスタッフがてきぱきと動き、訪れる客が口々に「一周年おめでとう!」とお祝いの言葉をかけていた。

「模索ばかりの1年だったけど、みんな本当にありがとう、という言葉しか出てこないんです」

<122>川崎産の農作物でオリジナルメニュー 「Book & Cafe stand Shinjo Gekijo」

■おすすめの3冊

『Blue』(著/中村佑介)
「ASIAN KUNG-FU GENERATION」のCDジャケットや、小説「夜は短し歩けよ乙女」(森見登美彦)の文庫本カバーで知られる人気イラストレーター中村佑介の初作品集。「私、ASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)が大好きだったんですけど、ちょうど10年前、昔からの友人から突然誕生日プレゼントとしてこの画集が届いたんです。先日、一人でアジカンのライブに行って、改めてこの画集を見返して、昔から好きだったものは絶対に変わらないし、それが私を豊かにしてくれたんだなということに気づきました」

『55㎡までの 心地よいコンパクト暮らし』(著/大橋史子)
コンパクトな住まいでも、素敵なインテリアを実現している13軒を取材してまとめた一冊。「実は、この店のデザインをしてくれた建築家さんご夫妻もここに載っているんです。しかも私はその真下に住んでいて(笑)。私も時々遊びに行くのですが、本当に素敵な部屋で。他の人たちの住まいも魅力的で、見ていて楽しい本ですよ」

『良いコミックデザイン』(著/KT.)
ブログ「良いコミック」管理人が選んだ、優れた装丁の漫画を、特殊印刷、タイトルロゴ、構図といったカテゴリーに分けて紹介。「アニメと漫画が好きなので、ぜひこれを紹介したくて! デザイナーとしても、漫画化さんの作品をどうデザインに落とし込むのかとか、凝った印刷をしているな、とか、気になるところがたくさんあって、読んでいて飽きません」

    ◇

Book & Cafe stand Shinjo Gekijo
神奈川県川崎市中原区上新城2-9-1
http://shinjogekijo.jp/

(写真・石野明子)

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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