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「赤がキマる自分」の作り方。ファレルやアッシャーも惚れる歌姫 YUNA

ライジング・エイジア。そんな風に呼ばれる一人だ。いま世界で注目されるアジアのアーティストに対して捧げられる称号だが、「そうなの? BTSも出てきているし、自分ではアジアも世界も関係ない感覚。でもそう言われるのは、とてもうれしい」
 マレーシア出身で、現在はアメリカ・ロサンゼルスを拠点に活動、3年ぶり4作目のニューアルバム『ルージュ』とともに初めて来日したYUNAさんに、話を聞いた。(&w編集部)
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 全米ビルボードをはじめとする様々なチャートのR&B部門でランキング入り、高い評価を得た2016年の前作『チャプターズ』には、アッシャーやジェネイ・アイコ、DJプレミアが参加。今回も、タイラー・ザ・クリエイターが1曲目から、さらにG イージー、リトル・シムズ、カイル、日本出身のMIYAVIら、華やかなアーティストが次々と登場する。

 どんなコラボ曲でも、誰が相手でも変わらない透明でつやのある声。アルバムタイトル「ルージュ(赤)」の通り、この日も、赤いヒジャブ(髪を覆うスカーフ)に赤い服、赤い口紅がばっちりときまっている。どんなにトガったかっこいいひとなんだろうと思ったら、YUNAさんは、ちょっと照れながら「赤って、ずっと苦手だったの」――どこか雲の上のほうから降り立ったようにふわっと、でも親しみやすいキュートな口調で、そう言った。

「赤は力強くて勇敢な色だし、目立つでしょう? 勇気がいります。アジア人女性でイスラム教徒でという、私のようなバックグラウンドのコミュニティーの中では、赤い口紅をつけたら冷やかされるし、避けてしまう色だった。でもいまは、あえて赤を自分の色として受け入れ、身につけ、楽しめるようになったんです」

大学時代は法律専攻、ブティック経営、VOGUEの表紙にも


「赤がキマる自分」の作り方。ファレルやアッシャーも惚れる歌姫 YUNA

 YUNAさんがクアラルンプールのジャズ・カフェや喫茶店で歌い始めたのは2000年、14歳の時。すぐにSNSで話題になり、2008年に発表したアルバムが大ヒット。2010年、国内のグラミーとうたわれるAnugerah Industri Muzikで最優秀新人賞など4部門受賞、2012年、ファレル・ウィリアムスのプロデュースで全米デビューした。

 いっぽうで、大学では法律を専攻、ブティックを立ち上げたり、H&Mやバーニーズ・ニューヨーク、ユニクロのキャンペーンに起用されたり、VOGUEなどファッション誌の表紙にも登場したりと、多才な顔を持つ。
「小さいときから、いろんなことをやってみたい子でした。引っ越しが多くて、怖がりでシャイだったので、一人でたくさんのノートに歌や絵を描くのが好きな女の子でした」
 友達は多かったけれど、遠慮しがちな性格で、「自分がやりたいことをやる」ということがなかなかできなかったという。

マレーシアの女の子として、「自分の道」を歩くのは簡単ではなかった


「赤がキマる自分」の作り方。ファレルやアッシャーも惚れる歌姫 YUNA

 アルバムに入れる曲も、前作までは、周囲の「こうしたほうがいい」という意見を優先させてきた。でも今回は10曲すべて、自分で選んだという。そんな「今の自分」を表す歌として、YUNAさんは3曲を挙げた。

 まずは、SNSの「いいね!」を意味する『LIKES』。
「自分の投稿にLIKEがつくかどうかを気にしたり、コメントであれこれ書かれたり、現代のアーティストにとってSNSはとても重要な役割を果たしていて、避けては通れないもの。だから生身の自分の、正直なところを表現したかったの」
 YUNAさんは、マレーシア出身のムスリム女性ミュージシャンとしては初めて、髪を隠すヒジャブを取らずに活動をしている。歌詞にはそうしたことも入っている。
「そう。イスラム教徒なのになぜステージで歌うのかとか、頭に巻いてるあれは何だとか、いろいろ言われても、自分に忠実に生きるんだという気持ちを、全部入れた。アイデンティティの歌ね。自分のことを語っているの。自分でいるのがどんな感じか、毎日何を考えているか。以前だったら誤解を恐れて口にすることもできなかったことを」

 2曲目は、マレーシアの女の子に贈りたいという『PINK YOUTH(ピンク・ユース)』。
「マレーシアでは、自分がやりたいことをやるのは難しかった。英語の歌を作っても、売れないから、って、歌わせてもらえなかった。自分の道を歩んでいくのは簡単ではなかったの。『ピンク・ユース』はそんな自分の経験に基づいている。自分が成長する余地を与えられないところにいる葛藤を歌った曲。アジアの女性特有のもので、同じようなことをみんな体験してるんじゃないかしら。でもみんな、それを超えて高いところまで行けるよって、マレーシアにいる少女たちに伝えたかった。3年前のアルバムでは作ろうとも思っていなかったけど、今回は何も考えないで作れたの。誰かが何か言うかもしれないけど、いいや、ってね」

 そして3曲目は、母国語で歌う『TIADA AKHIR(ティアダ・アヒール)』。曲の背後に流れる細やかな雨音がアジアの風景を浮かび上がらせ、マレー語の美しさが、心に残る。アルバムにマレー語の歌を入れることも、アメリカのマーケットを相手にしている最近は「遠慮していたこと」だという。
「アルバムのためにベストな10曲を選ぶのは『投資』だから、英語の曲の方がいいと思っていたの。でも今回は自然に選ぶことができました」

チャレンジするのは怖いけど、やろうって決めたら、やる


「赤がキマる自分」の作り方。ファレルやアッシャーも惚れる歌姫 YUNA

 どうしてこんなにいろいろな挑戦ができるのか。そう聞くと、
「ひとつひとつ、やりたいと思ったことを、ゆっくりと実現させてきたから、かな。新しいことをするときは、grow into it、そこで成長するんだ!という気持ちで飛び込んでみるの。ユナというパッケージがもともとあるのではなく、時間をかけて、いろいろなものが自分の一部になっていった感じです」

 昨年、映像ディレクターのアダム・シンクレア氏と結婚。インタビュー中も、そばで見守る彼と目を合わせてはニコニコ。日本で楽しかったことは、と聞くと、原宿で1時間だけショッピングしたこと、あとは「焼き肉!」「ホテルの朝食もね」「北海道牛乳のアイスクリーム」「何と言ってもカフェラテ!」……おいしかったものを言い合って、その時だけは2人の世界へ。

「結婚するまでは自意識過剰で、何をするにも考えてしまうところがあったけれど、仕事を理解してくれるサポーターでもある彼がそばにいることで、より自分らしくいることができる。結婚したからもう悲しい歌は作らないの?って聞かれるけど、逆に安心して別れの曲とか、悲しい曲、愛と人生について思うことや、つらかった経験も書ける」という。

「自分のこと、自分が求めているものがわかるようになったら、やりたいと思ったことは何でも挑戦する、“Go- Getter(ゴー・ゲッター)”になったの(笑)。本当はチャレンジするのは怖い。でもやろうって決めたら、やる。アーティストとしての自分のキャラクターを作り上げていくのって、大事なこと。楽しく簡単そうにやっているように見せる“スキル”も持っています。実際、いま歌うことがますます楽しくてたまらない。陽気で愉快なYUNAを、皆さんに見てほしいです」
 のびやかにエンジンをかける色。赤い服、着てみようかな。うっかりそんな気持ちになるような笑顔だった。

(通訳・渡瀬ひとみ)

■YUNA『ROUGE(ルージュ)』

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