鎌倉から、ものがたり。

妻はパン、夫はコーヒー担当。葉山「三角屋根 パンとコーヒー」

 葉山の海沿いの中心部、「森戸海岸」バス停の真ん前に「三角屋根 パンとコーヒー」がある。その名の通り、白い壁に三角屋根の建物が、海を眺める場所に、温かくシャープにたたずんでいる。

 営業は火・水、土・日の週4日で、時間は12時から17時。オープン時間になると、入り口に並んでいたお客さんたちが、待ってました!とばかりに次々と店内に入ってくる。

 目当てはもちろん、焼き立てのパン。看板商品の「角の食パン」をはじめ、「山の食パン」「バゲット」「カンパーニュ」などの定番とともに、「マカデミアとリンゴ」「コーヒーチョコフランス」など、30種類以上ものパンが店頭に並ぶ。

 かたわらには、チーズケーキ、アップルパイ、パウンドケーキなど店内用のスイーツ類。さらに、その先にはブレンドやシングルオリジンの自家焙煎コーヒー豆がずらり。どれにしようかな、と迷ううちに気分がわくわくしてくる。

 パンとコーヒーの幸せな香りに包まれながら、店の奥にあるカフェでひと時を過ごすことも、お客さんにとっては楽しみのひとつだ。庭に面した大きな窓際には、ロッキングチェアとコーヒーテーブルが並び、芝生の庭を眺めながらゆらゆら。お母さんに連れられた小さな女の子が、パンをほおばりながら、一所懸命おしゃべりをしている。

 ホール中央の木製長テーブルも、一つひとつ形の違う椅子が並べられ、居心地はすこぶるよい。ふと上を見ると、ランプの形も一つひとつが違っていて、その遊び心に思わず笑みがもれる。

 店主の中澤一道さん(39)、ゆかさん(30)夫妻が「三角屋根」を開いたのは3年前の2016年。ゆかさんがパン、一道さんがコーヒーの担当という二人三脚で、それぞれに行き届いた「目」を配りながら、この場を葉山の新たなランドマークに成長させた。

 パンをつくる日の朝は早い。ゆかさんは午前3時30分に厨房にスタンバイして、正午の開店まで、ひたすらパンを焼き、袋に詰める。準備の様子を見せてもらったが、余計なおしゃべりなどせず、淡々と商品を仕上げていくゆかさんの横顔は、店の温かな雰囲気とはまた違って、プロフェッショナルそのものである。

「パン屋さんになる、と意志を固めたのは19歳のときでした。母がパン教室に通っていて、手づくりのパンを食べているうちに、いいなあ、と。でも、実家は勤め人の家庭で、お店の経営とは無縁。私にとっても、両親にとっても、あまりに未知な世界だったので、最初は大反対されました」

 反対されたことで、「絶対、実現する」と心に決めたところが、ゆかさんの強さだ。高校時代にはダンス科に在籍して、体育会系の雰囲気の中でダンスに打ち込んでいた。困難を超えて目標を達成する姿勢を、そのときに身に付けたのだろう。

 自分で探した専門学校に入学し、カフェの経営について学んだ後は、都内の有名なパン屋さんでアルバイトをしながら修業。本気を伝えるため、学費はアルバイトから両親に返却していったという。

 その専門学校時代に、夢に向かうパートナーとなる一道さんとの出会いがあった。実はゆかさんはコーヒーが苦手。逆に、コーヒーに傾倒していた一道さんは、パンを焼けない。それぞれ自分の得意を活かす場所で修業を続けながら、自分たちの店づくりに取り組んでいった。

 ゆかさんの手からは、魔法のようにたくさんの種類のパンが生まれていく。そこで本人のおススメを聞いたら、きっぱりと「角の食パンです」と、ど真ん中の答えが返ってきた。

「毎日食べても飽きない主食パンをつくることが私の喜びで、それをお客様にも味わっていただけることが幸せなんです」

 シンプルな食パンには、ことさらな自己主張はない。けれども、ふわっとやさしい食感の奥に、しっかりとした味わいがあり、まさに焼く人の人柄を伝えるのだった。(→後編に続きます

三角屋根 パンとコーヒー
神奈川県三浦郡葉山町堀内1047-3

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

よく笑いよく食べ、よく手入れする。7人の女性が奏でる「コード葉山」

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葉山の“ネイバーフッド”感覚が隅々に。みんなでつくる「三角屋根 パンとコーヒー」

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