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「そうありたい」からはじめよう『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』

「そうありたい」からはじめよう『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』

撮影/馬場磨貴

昔見たテレビ番組で、あるミュージシャンが言った。

「人間のその奥深さが、いとしいと思う。いとしいと思う自分でありたいと思う」

前後の文脈はあまり覚えていないが、「ありたい」という言葉をなぜか覚えている。「be」(ある)ではなく、「want to be」(ありたい)。なかなか完璧に実行していくことは難しいけど、自分はこっちの方向に向かっていきたいのだ、という考え、信条、思想のようなもの。無視できない何かがあった。「ありたい」という言葉の中には、その人の人間性や人格や魅力や価値観といったものが豊かに含まれていて、容姿や功績や能力や肩書(be)よりも、雄弁に一人の人間を語っている気がした。

今回ご紹介する『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』(ほぼ日)を読み終え、それから毎日ぱらぱらと気分に応じて読み返す、そんな日々を何日か過ごした後で余韻として残ったのは、岩田さんの「そうありたい」だった。

タイトルだけでは、誰の本か分からない方もいるかもしれない。岩田さんと気軽に呼んでいるが、世界の任天堂の元代表取締役社長であり、本来は、仰々しく岩田社長と呼ばれてもいい方である。「ニンテンドーDS」や「Wii」といったゲーム機を世に送り出した方だと言えば、どれだけすごいリーダーであったか分かっていただけるだろう。

「そうありたい」からはじめよう『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』

『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』(ほぼ日) 編・ほぼ日刊イトイ新聞 1700円(税抜き)

岩田聡さんは、日本のみならず世界中に影響を及ぼすクリエーティブ集団を率いたリーダーだった。「だった」というのは、岩田さんは2015年に若くして亡くなったためで、本書は、彼と親交の深かった「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」が、自身のことをメディアであまり語りたがらなかった岩田さんの言葉を、愛と敬意をもって丁寧に紡いで、1冊にまとめたものである。

ここで話は冒頭に戻るが、岩田さんのリーダーとしての行動は「そうありたい」からはじまっている。

「いまのわたしは(中略)、ひとりひとりがみんな違う強みを持っている、ということを前提にして、その、ひとりひとりの、人の違いを、きちんとわかりたいって思うんです。それがわかってつき合えたら、いまよりもっと可能性が開けるって、いつも思ってますね」(63ページ)

「わたしは、『人は全員違う。そしてどんどん変わる』と思っています。(中略)自分が変わったら、それをちゃんとわかってくれるボスの下で働きたい。だから、自分も社員のことをいつもわかっていたい。それが面談をはじめた動機です」(28ページ)

はじめからリーダーである人はいない

岩田さんは、任天堂の社長になる前のハル研究所時代から、よく全社員との面談を実施していたそうだ。任天堂に入ったときも、企画開発部の全員と。その数、200人以上。1対1でだれかと面談を行ったことがある人なら分かると思うが、これは並大抵のことではない。このひとつのエピソードからも、岩田さんは「そうありたい」を少しでも「そうある」の状態に近づけようと汗を流した人なのだと分かる。きっと、理想とほど遠い現実の自分にがっかりした経験も、人一倍しているに違いない。

はじめからリーダーである人などいるのだろうか。こういうリーダーでありたいという理想が先にあるだけなのではないだろうか。最初から他人を理解できる人などいるのだろうか。相手の理解者でありたいと思うのが、はじまりなのではないだろうか。

「そうありたい」というのは、自由で公平な、みんながアクセスできる広場のような感じなのがいい。手足を縛られていようが、お金がなかろうが、才能がなかろうが、理想を描くことは、いつでもどこでもだれにでも許されているのがうれしい。岩田さんはきっと、その広場を抜けて、明るい場所に出ていった人である。岩田社長の栄光は、岩田さんの「そうありたい」からはじまっている。その「ありたい」の中に、葛藤やままならなさ、それに抗おうとする意思、1人の「そこにいた」人間の存在、人となりが、やさしくほのかに浮かび上がってきて、無性にこの本がいとしくなった。

明日からも「そうありたい」からはじめようと思う。
というより、どこを目指すにもその広場を通過しないとはじまらないのだと知った。

(文・中田 達大)

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中田達大(なかだ・たつひろ)

二子玉川蔦屋家電のBOOKコンシェルジュ。担当は「ワークスタイル」。
カルチュア・コンビニエンス・クラブ㈱に新卒入社後、CCCマーケティング㈱にてTポイント事業の法人向け新規営業に従事。18年4月より現職。
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死者のまなざしで眺める自分『君が異端だった頃』

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