MUSIC TALK

上原ひろみ、一生かけて増やしていく「音の色のパレット」(後編)

2003年、ファーストアルバム『Another Mind』で彗星(すいせい)のごとく全米デビュー。そのエネルギッシュで、楽しくて仕方ない!という上原ひろみさんのプレースタイルは、世界中のオーディエンスの心を揺さぶり続ける。多くのミュージシャンとの共演で経験したこと、ソロだから表現できることとは?(文・中津海麻子 写真・山田秀隆)

前編から続く
――アメリカでの鮮烈なデビューは日本でも大きな話題となりました。

「テレビ見たよ」と親戚から言われたりはしましたが、そのぐらいで、自分が話題になっているとはほとんど感じませんでしたね。生活が激変するということもなかったし。ただ、メディアに取り上げていただくことが増えると、ライブが1本、また1本と決まっていく。それは大きな変化でした。日本だけでなく、世界のあちこちで。1年目より2年目、2年目よりは3年目と増えていった。それは実感としてありました。

最初はそれほどたくさんの国をまわったわけではなかったのですが、記憶に残るライブをすると「また戻ってきて」と言ってもらえる。その積み重ねで、ライブの本数や足を運ぶ国はどんどん増えていきました。あのころはとにかく、ライブができる場所を増やすということばかり考えていました。子どものころから一番やりたかったこと、夢は、ライブをすることでしたので。

矢野顕子という存在

――その後、ソロだけではなく、様々なアーティストと共演してきました。2004年には矢野顕子さんとデュオを結成。アルバムも制作しました。矢野さんはどういう存在ですか?

出会ったのは2003年、テレビ番組でご一緒しました。「唯一無二の音楽家」という印象を持っていたのですが、共演して改めてそのことを実感しました。以来、公私ともに仲良くしてくださって。当時の私が旅が多い生活をしていたので、「ちゃんと食べてる?」と心配し、ニューヨークでごはん作ってくれたり。すごく頼りになる先輩です。

一緒にやるプロジェクトについては、二人にしかできないこと、二人でしか作れない世界観を、2台のピアノを使ってアレンジする。矢野さんと私、それぞれのピアノスタイルがお互いを輝かせ合えるアレンジを考えることは、アレンジャーとしてとても勉強になります。矢野さんに限ったことではなく、誰とやるときでも、相手を照らし照らされる関係性がベストで、そこを目指します。矢野さんの場合は、歌が加わることで唯一無二のサウンドになれば。そんなことを常に意識しています。

――その後も、スタンリー・クラークさん、アンソニー・ジャクソンさん、サイモン・フィリップスさんなど、名だたるミュージシャンたちとコラボレーションをしたり、トリオとして活動したりしてきました。国籍、年齢も違う人たちとの共演は、上原さんにとってどのような感覚なのでしょうか?

一緒に音楽を作る、演奏する上で、国籍や年齢を意識したことはありません。ただ、国も年齢も「関係ない」ということとは違っていて。たとえば、2017年にコロンビア出身のハーピスト、エドマール・カスタネーダと共演しましたが、彼はコロンビア出身だからこそ出せる音がある。矢野さんは日本語で歌う。私自身そうですが、自分が生まれ育った「日本」を作為的に出そうとすることはなくても、無意識のうちに出てしまう「日本人らしさ」というのはあると思うんです。血となり肉となっているものも含めて「その人」だから。年齢も同様で、同じステージに立てば仲間でありチームなので先輩も後輩もまったく関係ありませんが、とはいえ、重ねた年輪がなせる技は絶対的にある。年齢が持つすごみもある。

――過ごしてきた人生、経験してきた要素がその人を形作り、だからこそ、その時期に一緒にやって生まれる音楽がある、と。

そうですね。年齢も国籍も関係はないものの、お互いが引かれあい、一緒に音楽をやることになる。いろんなミュージシャンとプロジェクトをやってきましたが、「ご縁」という言葉が一番しっくりきます。年齢、キャリア、タイミング……。めぐりあうタイミングも含めてご縁があるなと感じています。

上原ひろみ、一生かけて増やしていく「音の色のパレット」(後編)

ヘアメイク:神川成二 衣装協力:MIHARAYASUHIRO

くじける時間もひまもない

――まさに世界を舞台に活躍されてきました。壁にぶつかったことなどは?

大変なことはたくさんあります。でも、くじけたことはありません。くじけてる時間もひまもなかったというか……。壁にぶつかることは幾度となくありましたが、乗り越えればいいだけの話。大したことじゃない気がする(笑)。壁が目の前に立ちはだかると、どうやってこれを壊そうか、乗り越えようかと、チャレンジする気持ちの方が先に来るんです。

――9月18日には、約10年ぶりとなるソロピアノアルバム『Spectrum』をリリースしました。

上原ひろみ、一生かけて増やしていく「音の色のパレット」(後編)

上原ひろみ 10年ぶりのソロアルバム『Spectrum』

ピアニストとしてピアノ1台だけで作品を作ること。それは、ありのままの自分を表現することであり、自画像を描くみたいな感じです。節目節目できちんと記録として残していきたい。そのタイミングが前回は10年前だったのですが、今回、またそのときがきたな、と感じて。ピアノという楽器が持つおもしろさや可能性みたいなものを残したい。思う存分、その魅力に触れたいのです。「いちピアノ好き」としては(笑)。

――デュオやトリオでやるのと、ソロでは違いがありますか?

チームでやるときには話し合いながら作り、演奏をするときも一緒に作り上げていくという感じで、誰かが落っこちそうになったらパッと手を差し伸べる瞬間もあります。対してソロは、一人だから自由だし、でも、一人だからこそ責任もある。すべて自分にかかってくる。誰も助けてはくれません。ですから、自分自身との対話であり、自分を見つめるいい機会でもあると思っています。

――10年前との違い、変化はありましたか?
ピアノという楽器と、10年前よりは近くなれたかな。そんな感じはしています。

――今年40歳を迎えました。ピアニストとして、ミュージシャンとして、これから先、どのような風景を思い描いていますか?

毎年毎年ピアノと一緒に生活をしていく中で、弾けば弾くほど自分が出せる音色が増えてきていると思います。パレットの色がどんどん増えていき、グラデーションが鮮やかになっていく。その色を、一生かけて増やし続けていきたい。それが夢です。

――人生100年時代。あと60年かけて色を増やし続ける?

私の家は、長生きの家系なんです。親戚は本当に100歳近くまで生きているので、私も先は長いんだろうなぁ(笑)。80歳ぐらいになったら、今は考えたこともないような色が出たりするんだろうと想像すると、年を重ねるのもいいな、と思いますね。その年にならないと見えないものもあるし、その年代だから感じる良さもあるだろうし。楽しみに過ごしていきたいですね。


上原ひろみ
1979年、静岡県浜松市生まれ。2003年にアメリカでデビュー。2011年に参加アルバムが第53回グラミー賞ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバムを受賞。2016年、アルバム『SPARK』が全米ジャズ・チャート1位を獲得。2019年9月18日、10年ぶりとなるソロピアノアルバム『Spectrum』をリリースした。

【ライブ情報】
上原ひろみ JAPAN TOUR 2019 “SPECTRUM”
11月17日(日) 東京 サントリーホール
11月19日(火) 広島国際会議場 フェニックスホール
11月21日(木) 札幌文化芸術劇場 hitaru
11月23日(土) 水戸芸術館 コンサートホールATM
11月24日(日) 大阪 ザ・シンフォニーホール
11月26日(火) 金沢市文化ホール
11月27日(水) 長野市芸術館
11月29日(金) 四日市市文化会館 第1ホール
11月30日(土) 静岡市清水文化会館マリナート 大ホール
12月1日(日) 大阪 ザ・シンフォニーホール
12月3日(火) 愛知県芸術劇場 コンサートホール
12月6日(金) サンポートホール高松 大ホール
12月7日(土) 岡山市民会館
12月8日(日) アクトシティ浜松 大ホール
12月10日(火) 新潟県民会館
12月11日(水) 日立システムズホール仙台
12月13日(金) 東京 サントリーホール
12月14日(土) 東京 すみだトリフォニーホール
12月15日(日) 横浜 みなとみらいホール
12月17日(火) 福岡シンフォニーホール
12月18日(水) 大分 別府ビーコンプラザ フィルハーモニアホール
12月19日(木) 山口市民会館 大ホール

PROFILE

中津海麻子

執筆テーマは「酒とワンコと男と女」。日本酒とワイン、それらにまつわる旅や食、ペット、人物インタビューなどを中心に取材する。JALカード会員誌「AGORA」、同機内誌「SKYWARD」、ワイン専門誌「ワイン王国」、朝日新聞のブックサイト「好書好日」、同ペットサイト「sippo」などに寄稿。「&w」では「MUSIC TALK」を連載中。

20歳で渡米。上原ひろみ、ジャズ界の大物に見いだされデビュー果たすまで(前編)

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