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<123>地域のご縁が育てる住宅街の一軒家カフェ 「book & cafe Nishi-Tei」

東急田園都市線たまプラーザ駅の北部に広がる「美しが丘」。駅直結の「たまプラーザテラス」や東急百貨店たまプラーザ店といった商業施設が立ち並び、公園や緑も多い。高級感漂う住宅街として人気のあるエリアだ。

 「book & cafe Nishi-Tei」は、たまプラーザ駅からバスで10分ほどの美しが丘西の住宅街にたたずむカフェ。といっても、平屋の大きな一軒家なので、看板に気づかなければ、個人の家だと思ってそのまま通り過ぎてしまいそうである。

 店主の岡﨑牧子さん(41)は二児の母で、今は少し離れたところに引っ越したが、以前は美しが丘西の住人だった。出版関係の仕事に携わっていたが、結婚後は子育てに追われる日々。それなりに充実はしていたものの、家でも職場でもなく、ひとりの自分に戻ってリフレッシュできる場所を求めていたという。そんな時、縁あってこの住宅の存在を知る。

「10代の頃からカフェをやってみたいという夢があり、それを覚えていた夫が『やってみたら?』と言ってくれたんです。子どもは上の子がまだ幼稚園で小さいし、無理なんじゃないかと思ったのですが、これも何かのご縁ではないかと思い直しました。”カフェ”という家でも職場でもない場所の必要性は20代、30代と常に持ち続けていたので、お店のコンセプトはわりと早い段階で出来上がっていました」

<123>地域のご縁が育てる住宅街の一軒家カフェ 「book & cafe Nishi-Tei」

 初めてこの物件を訪れた時、リビングルームの先に広がる豊かな緑に心を奪われたという岡﨑さん。おいしいスコーンを焼くのが得意な近所の友人が手伝ってくれるということもあり、思い切ってカフェを始める決意をした。

 この一軒家は、広々としたリビングルームに、日がたっぷりと差し込むサンルームとウッドデッキのテラスを備えていた。そのため、内装を少しカフェ風にアレンジし、テーブルセットを並べたところ、どこの席からも景色を楽しめる空間に早変わりした。2016年6月のオープン直後から、岡﨑さんやスタッフの友人が店を訪れてくれたという。

「見知らぬ土地でのゼロからのスタートではなかったのは恵まれていました。はじめは友人が遊びに来てくれ、そこから横のネットワークで店のことが広まり、リピーターの方が増えていきました」

 近隣の住人が連れ立ってカフェに行こうと思うと、バスや車でたまプラーザ駅や小田急線新百合ヶ丘駅まで行くことになるため、徒歩圏内のこの店は重宝されるようになった。ましてや小さな子どもがいる親にとって、子ども連れでも行きやすい店は貴重だ。

<123>地域のご縁が育てる住宅街の一軒家カフェ 「book & cafe Nishi-Tei」

 岡﨑さんをはじめとするスタッフもまた、子育て真っ最中であるため、営業時間は10時から16時30分まで。朝、家族を送り出してから店を開け、夕飯の準備に間に合うように閉店する。さらには、夏休み中の8月はまるまる休みとなる。そういう営業スタイルが受け入れられているのは、スタッフも客も立場が違えどお互い様だと思えるからだろう。

 リビングルームにはガラス戸のついた本棚や棚があり、そこにたくさんの本が並べられている。本好きな岡﨑さんにとって、本のある空間は必然だったという。

「興味のある人は手にとってくださるでしょうし、そうでない方がいてもそれでいいと思っていたんですが、本好きな方って自然に集まって来るんだなということに気づきました」

 当初、自分の蔵書を並べようと思い、自分の本棚を見てみたところ、「すっごく偏っている!」ということに気づいた岡﨑さん。女性の作家が好きで歴史ものはほぼ読まず、子育てや料理関係、スピリチュアル系のものも多かったという。

「偏り=自分に足りないもの、なんじゃないかと思ったんです。そこで、365人の書店員がおすすめの本を紹介する『The Books』という本を参考に、いいなと思った本を集めました。私にとっても読書体験が広がる、いい機会になりました」

 店内閲覧が基本だが、気になる本があれば1人2冊、2週間まで貸し出しもしている。

「カフェって人と人の出会いの場でもありますが、そこに本があると、本との出合いの場にもなります。以前、母親と娘さんがご来店されて、それぞれが別々の本を読んでいたんですけど、ふとした時にお互いの本をちらりと見合っていらっしゃったんですね。その時、言葉はなくともコミュニケーションが成り立っているような気がして、ここに本を置いてよかったなと思いました」

<123>地域のご縁が育てる住宅街の一軒家カフェ 「book & cafe Nishi-Tei」

「リラックスできる場を作りたい」という思いから始めたこの店だが、次第にヨガやフラダンス、ワークショップなどのイベントも行われるようになっていった。会場となるのは、カフェスペース隣の和室。最初は岡﨑さんが知人のヨガインストラクターを招き、ヨガレッスンを始めたのだが、「私もこんな資格を持っています」「イベントを開催してみたい」といった声が上がるようになったという。

「この地域に趣味や資格を持った方が本当に多くて驚きました。そして、子育て中で自分がやりたいことを思うようにできない中、こうしたイベントを通して社会とのつながりを見出したいと思っている方や、自分のやったことで別の誰かに喜んでもらいたいという根源的な願望をお持ちの方が多いことにも気づきました」

 日々、カフェを運営するために奮闘していたら、いつの間にか3年が過ぎていたという岡﨑さんは、店内に明るく響く、女性たちの笑い声に救われているという。

「誰もが思い当たると思いますが、たまに自分のやっていることに本当に意味はあるのか? と落ち込んでしまうことがあります。でも、みなさんが楽しそうに笑う声を聞いていると、私のやっていることも、少しは誰かの役に立てているのかな、と思えるんです」

 住宅街にたたずむ一軒家のカフェは、憩いの場やリフレッシュの場、社会との接点の場など、いつしかその地に暮らす女性たちにとってなくてはならないよりどころとして機能するようになっていた。

<123>地域のご縁が育てる住宅街の一軒家カフェ 「book & cafe Nishi-Tei」

■おすすめの3冊

『世界の夢の本屋さん』(著/清水玲奈、大原ケイ、編/エクスナレッジ)
世界各地にある、“オンリーワン”の特徴を持った書店のビジュアルブック。建築、インテリア、格式や先進性、本の品ぞろえ、オーナーの個性など、本屋好きなら一度は訪れてみたい店が数多く紹介されている。「このカフェをオープンさせる時に手にとった一冊です。本屋に行く時って、何かを探す時もあれば、漠然とながめるだけの時もあります。そういうのって万国共通なのかな。見ているだけでいろんな想像力をかき立てられる、楽しい一冊です」

『THE BOOKS 365人の本屋さんがどうしても届けたい「この一冊」』(編/ミシマ社)
365書店の書店員が、「この本だけは、どうしても届けたい」という365冊を紹介した本。手書きのキャッチコピーが心を揺さぶられる。「本棚のラインナップを作る時に大活躍しました。だからもうボロボロになってしまって……。たまに自分のアンテナが伸びなくて読みたい本がない、という時に特におすすめです」

『沼地のある森を抜けて』(著/梨木香歩)
先祖代々受け継がれてきたぬか床に由来する奇妙な出来事の数々。持ち主の久美は故郷の島、森の沼地へと進み入る。ユーモアを感じさせつつも、命のつながりを伝える物語。「ぬか床からいきなり人が出てきたり、自由意思を持つ細胞が出てきたりするんですけど、すごく哲学的な物語でもあります。もともと好きな小説だったのですが、最近、発酵食品が注目されていることもありますし、今改めて読むと面白いんじゃないかなと思って」

    ◇

Nishi-Tei
横浜市青葉区美しが丘西2-40-3
https://www.nishi-tei.com/

(写真・石野明子)

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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