花のない花屋

お見合いで出会って35年「ずっとそばにいてほしかった」突然亡くなった夫へ感謝の花束を

〈依頼人プロフィール〉
田村道子さん 57歳 女性
東京都在住
主婦

    ◇

今年6月29日の朝、夫が何も言わずに帰らぬ人となってしまいました。お見合いで出会ってから35年。5人の子どもたちに恵まれ、1人で立ち上げた工務店を経営するかたわら、仕事に子育てにとよくがんばってくれた人でした。

毎日毎日、重たい材木をヒョイと担いで埃(ほこり)まみれで働きながら、自分のことはいつも後回し。どんなに疲れていても日曜や休みの日には「遊びにいくよ!」「海に行くからホテル予約してー」と言って、子どもたちを楽しませてくれました。

ところが8年前、57歳のときに脳梗塞(こうそく)に襲われ、手足に障害は残らなかったものの、後遺症で両目の視野が半分なくなってしまいました。普段の生活が不便になったのに加え、車の運転もできなくなり、仕事で使っていたトラックは泣く泣く手放しました。さらに職人気質で、大工として頑固なところがあった夫は、仕事が満足にできなくなると工務店も閉め、それからはしばらく家に引きこもりがちになりました。

脳梗塞のときに心臓が悪くなっていることもわかったので、治療も続けていましたが、なかなか体調も思うように回復しなかったのでしょう。まだ50代だったので「何かほかのことをして働いたら」と何度も責めてしまいましたが、なかなか重い腰をあげようとしませんでした。

孫ができてからは「一緒にでかけよう」と誘っても、「犬と留守番をしているから、行ってこいよ!」。調子が悪いなら病院に行こうと言っても、「大丈夫だよ!」という返事に、お父さんがそう言うなら……とそれ以上は無理強いをしませんでした。

でもいまになって思えば、どうして無理やりにでも病院に引っ張っていかなかったのだろう、と後悔ばかりです。あの日、私が実家の用事で家を空けていた日、気がつけば何度も娘から着信が入っていました。

2、3日前から夫は調子が悪い、食欲がない……と言っていたので、なんとなく嫌な予感がして電話に出ると……「いま、お父さんが心肺停止! 救急車で運ばれている」とのこと。病院へ着くと、夫はたくさんの機械につながれ、病室には警報音が鳴り響いていました。

「お父さん! お父さん!」と呼んだとき、一度だけ目が薄く開きましたが、それから数日後、子どもたち全員がそろっているときに、そのまま黙って眠るように逝ってしまいました。倒れる数時間前まで、普通に電話で話していたのに……。信じられませんでした。

それからというもの、毎日「あんなこともできたんじゃないか」「こんなもこともできたんじゃないか」と考えてばかりです。倒れる前に「病院へ行こう」と言った私に、数日後に外来の予約が入っていた夫は「大丈夫」を繰り返すのみ。私はそれ以上何も言いませんでした。なんだ、大丈夫じゃなかったじゃない……。私が無理矢理にでも病院へ連れて行けば、助かったかもしれない……そんな思いが拭いきれません。

どんな状態でも、ずっと生きてほしかった。ずっとそばにいてほしかった。突然いなくなってしまって、私はどうしたらいいのかわからずにいます。そんなときスマホを眺めていてこの連載を見つけました。どうか、夫へ感謝の気持ちを込めた花束を作っていただけないでしょうか。夫は盆栽が好きだったので、盆栽をテーマにしたアレンジをしていただけるとうれしいです。

お見合いで出会って35年「ずっとそばにいてほしかった」突然亡くなった夫へ感謝の花束を

花束を作った東さんのコメント

盆栽をテーマにということでしたので、今回は和のテイストでまとめました。使用した主な花材はクロマツ、グリーンシャムロックとピンポンマムというマム2種類、てまり草、クルクマ、ヒカゲです。リーフワークはハランの葉を波状に折って挿しました。

ただ、和の花材だけでまとめると少しこぢんまりしてしまうので、”頑固一徹”でかっこいいご主人を思い描き、インパクトのある大きなキセログラフィカ(チランジア)をトップに乗せました。エアープランツなので、花が終わった後もそのまま簡単に育てられます。育て方は環境によって多少違うので、ご自身で調べてもらった方が確実ですが、週に一度水にガバッとつけるだけでだいたい大丈夫です。

仏前に供えるお花は、やさしくやわらかいお花が多いかと思いますが、今回はかっこいいご主人に向けてかっこいい雰囲気でまとめました。気に入っていただけたらうれしいです。

お見合いで出会って35年「ずっとそばにいてほしかった」突然亡くなった夫へ感謝の花束を

お見合いで出会って35年「ずっとそばにいてほしかった」突然亡くなった夫へ感謝の花束を

お見合いで出会って35年「ずっとそばにいてほしかった」突然亡くなった夫へ感謝の花束を

お見合いで出会って35年「ずっとそばにいてほしかった」突然亡くなった夫へ感謝の花束を

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み


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    「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
    こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
    花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
    詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    お見合いで出会って35年「ずっとそばにいてほしかった」突然亡くなった夫へ感謝の花束を

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

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