鎌倉から、ものがたり。

葉山の“ネイバーフッド”感覚が隅々に。みんなでつくる「三角屋根 パンとコーヒー」

葉山の海沿いの中心、「森戸海岸」バス停の真ん前にある「三角屋根 パンとコーヒー」は、ここに暮らす中澤一道さん(39)と、ゆかさん(30)夫妻のお店だ。

>>「三角屋根 パンとコーヒー」前編から続きます

 三角屋根が目印の建物は、さり気ないたたずまいながら、その隅々にまでつくり手の「目」が行き届いている。
 たとえば大きなピクチャーウインドウからの庭の眺め。窓際に置かれたロッキングチェアと、その脇にあるペレットストーブによって、その眺めはいっそう引き立つ。

 中央の大テーブルに配された椅子の位置もちょうどいい。ひとりでも、ふたりでも、大人同士でも、子ども連れでも、心地よく過ごせるのだ。そこから、オープンキッチン式の厨房(ちゅうぼう)に視線を移すと、突き当たりの壁に開く丸窓が、作業場の楽しいアクセントになっていることもわかる。

 それだけではない。パンをのせるトレイの隅には、「三角屋根」ロゴの焼き印。冷たい飲み物に使われるストローは紙ではなくステンレス製。大テーブルに付いている電源コンセント。三角屋根と煙突の形に切り取られたショップカード……。
 と、どこに目を向けても、はっとする工夫が満ちていて、それらがすべて明るくやさしい雰囲気の中で調和している。

「三角屋根」では、パンを焼くのはゆかさん、コーヒーの自家焙煎(ばいせん)士兼バリスタが一道さん、と夫妻で役割を分担しているが、実はこのお店の空間づくりに大きな役割を果たしているのが一道さんである。

 大学で土木工学を専攻した一道さんは、卒業後にロンドンとニュージーランドのオークランドで英語を学んだ。そのときに、もとから持っていた「ものづくり」「プロダクトデザイン」への興味が高まり、帰国後にものづくり系の専門学校に進学。友人とともに、雑貨+飲食の店舗開業に取り組んだが、その計画が挫折して、「だったら自分で飲食も学ぼう」と、さらに別の専門学校に進んだ。

 その2番目の専門学校で出会ったのが、ゆかさんであるが、この時点では「コーヒー焙煎の道はまったく考えていなかった」のだという。
 その一道さんを目覚めさせたのが、千駄ヶ谷にあるコーヒースタンド、「BE A GOOD NEIGHBOUR COFFEE KIOSK(ビーアグッドネイバーコーヒー キオスク)=BAGN」のコーヒーだった。

「コーヒーが苦手だったうちの奥さんが、ここのコーヒーは飲めたんです。なんで?って驚いていたら、『スタッフ募集』という張り紙が目に入り、そこで、このお店で働かせてもらうことにしまして」

 BAGNの運営元は内装デザイン会社、「ランドスケーププロダクト」で、同社は文字通り「ネイバーフッド(近隣)」の感覚を生かした設計に定評があった。「ネイバーフッド」という言葉は、アメリカやヨーロッパのまち再生で、いま、もっとも重視されている概念で、その土地ならではの暮らしを大切にする考えを表している。かくして一道さんの探求心、好奇心、フットワークは、「三角屋根」の開業へと焦点を結んでいったのである。

 空間づくりには、大学で学んだ土木工学の知識が役に立った。しかし、建築の手法は従来のような、「先生が引いた図面を業者が施工する」というやり方とは違うものにした。

「設計士さん、内装屋さん、庭師さんと、それぞれのプロと僕が組んで、『みんなでつくる』ことを大事にしたんです。ピンタレストなどネットの画像共有サービスで見つけたイメージを、LINEでバンバン交換して、細かいところまで妥協しないで、徹底的に話し合いました」

 ネット世代ならではの手法だが、その根っこには、「大建築のやり方だと、まちの中にある『店』の味わいは出せない」という、一道さんの哲学がある。 
 一道さんは群馬県高崎市、ゆかさんは東京都国立市と、ふたりとも葉山の出身ではないが、この海辺の町には、学生時代から愛着があった。

「店のシンボルイラストは、ここに来てくださったお客様がイラストレーターだとわかって、お願いしたものです。葉山界隈(かいわい)には、クリエイティブなネットワークがあって、ちょっとお話すると、そのような出会いをつなげていける。そこが特別ですね」

 開業1、2年目は大変なことも多かったが、3年目の今はスタッフも充実して、ちょうどいいバランスになってきた。自分たちが選んだ町で、自分たちならではの仕事をつくっている最中だ。

三角屋根 パンとコーヒー
神奈川県三浦郡葉山町堀内1047-3

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

妻はパン、夫はコーヒー担当。葉山「三角屋根 パンとコーヒー」

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サッカー元日本代表監督・二宮寛さんのコーヒー店「パッパニーニョ」

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