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名もなき市民たちの偉業『ユダヤ人を命がけで救った人びと』

名もなき市民たちの偉業『ユダヤ人を命がけで救った人びと』

撮影/馬場磨貴

『ユダヤ人を命がけで救った人びと』は、第2次世界大戦中にナチスによる迫害からユダヤ人を救った人びとを描いたノンフィクションである。

この本はほとんどがインタビューで占められている。インタビューされているのは、迫害の対象となったユダヤ人のほか、フランスやオランダやポーランドなど、戦時中にドイツの侵攻を受けた国のユダヤ人ではない人たちだ。

戦時中にユダヤ人を迫害から救った人物としては、『シンドラーのリスト』のオスカー・シンドラーや杉原千畝が日本ではよく知られているが、この本が取り上げているのは先に挙げた2人とは違い、政治的あるいは世間的に地位のない、ごくごくありふれた一般人たちだ。人によって差こそあるが、救ったユダヤ人もごく少数である。実際に迫害され虐殺されたユダヤ人の総数からすると、数%にも満たないかもしれない。

しかし、その数人を救うために自らの命をかけて行動した人たちの姿を知れば、救った人の数など問題ではないことを知ることができる。それほどまでにユダヤ人の置かれた立場は過酷で、そしてもしユダヤ人を救おうものなら、自らの命まで狙われる危険にさらされていたのだから。

極限下で貫いた、自らの信条

この本ではユダヤ人を救った人びとが20人以上紹介されているのだが、その中でも特に印象に残った人物を紹介しよう。

フランス人女性のマダム・マリー。彼女は自らが管理するアパートに住むユダヤ人親子を、ナチスの迫害から救った。ユダヤ人が住んでいることを聞きつけてやってきた捜索隊に対し、ワインをたらふく飲ませてアパートから立ち去らせたのだ。

もちろん捜索隊はユダヤ人親子の住む部屋を捜索しようとしたが、「親子は既に出ていった」とか「ユダヤ人の住んでいた部屋の中は不潔だから入ってもらいたくない」とか、そういった出まかせをペラペラと発して、信じ込ませた。ユダヤ人親子は結局、捜索隊の手から逃れ、生き延びることができた。

そんな機転が利くマダム・マリーは特別な教育を受けた人物ではなかった。それどころか非嫡出(ちゃくしゅつ)子として生まれ、正規の教育もほとんど受けず、苦労して働き、ようやくアパートの管理人になった。彼女は自らの信条や規範を最も重視し、それを他人には決して侵害させなかった。その揺るがない信条がユダヤ人親子を救ったのだ。

その他にも村人全員でユダヤ人をかくまったフランスのル・シャンボン村の人びとや、ユダヤ人迫害に対して一般市民が抗議行進を行った唯一の国であるブルガリアの人たちが、本の中では紹介されている。その人たちに共通しているのは、他人に左右されない自らの強い信条を持っていたということだ。彼ら彼女らは、どのような状況においても自分の倫理観に沿って考え(時には宗教的な教えに従う形で)、それが正しいと思ったから行動を起こしたと述懐している。

名もなき市民たちの偉業『ユダヤ人を命がけで救った人びと』

『ユダヤ人を命がけで救った人びと』(河出書房新社) 編・キャロル・リトナー、サンドラ・マイヤーズ 訳・食野雅子 2200円(税抜き)

また、紹介されている人たちの素晴らしいところは、ユダヤ人を救うことだけが正しい行為だったとは判断していないところだ。ユダヤ人を救わずに迫害行為を見て見ぬフリし続けた者たちも大勢いたわけだが、その人たちにも生きていく理由があったことをきちんと理解していた。ユダヤ人を救うことで自分まで処刑されるという状況の中で、見て見ぬフリをしたという判断が、絶対的に間違っていると誰が言えるだろうか。実際にユダヤ人をかくまったことが発覚し処刑された人たちの描写も本の中では描かれているが、その状況は無残としか言いようがない。

私たちも、光の方へ

私たちは過酷な出来事に触れると、つい暗い側面だけを見てしまいがちだ。しかし、物事は光と闇の両面をもっている。どんなに暗い出来事にも、必ず光の部分は存在する。たとえそれがわずかでも、その光に目を向けることで、私たちはそこから物事の違った姿を知ることができる。

現代の日本に生きる私たちが、この本に書かれているのと同じような境遇になる可能性は低いかもしれない。しかし同じように困っている人に遭遇した時に、手を差し伸べられるかどうかを考えるきっかけになるだろう。

この本は33年前に原著が出版され、22年前に翻訳が出たのだが、その後、出版社の倒産の影響で長らく絶版になっていたという。それが今年、こうして別の出版社から復刊されたことを個人的にとてもうれしく思う。それと同時に、この本が長く後世に読まれていってほしいと願う。

(文・松本 泰尭)

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人文コンシェルジュ。大学卒業後、広告代理店などメディア業界で働いたのち、本の仕事に憧れて転職。得意分野は海外文学。また大のメジャーリーグ好き。好きな選手はバスター・ポージー。

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