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岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

「スノーマン」「さむがりやのサンタ」「風が吹くとき」などで知られる英国の絵本作家レイモンド・ブリッグズ。彼が両親の半生をたどった作品をアニメ化した映画「エセルとアーネスト ふたりの物語」が、岩波ホールで初の2Dアニメとして公開されている。第2次世界大戦をはさむ激動の時代をひたむきに生きた夫婦の姿が、原作そのままのぬくもりあるタッチで描かれる。作品作りに参加し、現在は東京に住みながら世界を飛び回るアニメーター、ポール・ウィリアムズさんに、製作の舞台裏や海外のアニメーターの働き方についてうかがった。

(文・深津純子)

岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

メイドのエセルと牛乳配達のアーネストが出会ったのは1928年のロンドン。窓越しのあいさつをきっかけに惹(ひ)かれあった2人は、結婚し、家を買い、ひとり息子のレイモンドを授かる。つつましくも幸せな生活が軌道に乗った矢先、戦争が一家を飲み込む。激しい空爆。戦後も続く物資不足。経済成長で暮らしぶりは豊かになるが、日々の悩みは尽きない。子供が独立し、再び2人きりの生活に戻った時、夫婦の上に老いが深い影を落とす。

「戦前生まれの英国人なら誰もが経験した出来事を、とてもパーソナルな視点からつぶさに描いた作品です。特段すごい事件が起きるわけではないけれど、何げないエピソードの数々から時代の空気が伝わってくる。僕らにとっては祖父母の人生をたどるような話。子供の頃、祖父母の家で見たものと重なる光景がいくつもありました」とウィリアムズさんは振り返る。

岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

ブリッグズの絵本は子供時代からなじみ深い存在だった。特に好きだったのは「スノーマン」。大冒険を終えたスノーマンが溶けてしまう結末に息をのんだ。

「小さい子供には衝撃的ですよね。でも、僕は大好きでした。アメリカでは白黒はっきりしたハッピーエンドが好まれるけれど、ヨーロッパはちょっと違う。悲しいけれど美しい、つらいけれど心が温まる、そんな複雑さがある。個人的にはそういう世界観に惹かれます」

子供時代に最初に見たアニメーションも「スノーマン」。絵本の世界がそのまま動き出す楽しさが、アニメを志すきっかけのひとつになったという。

岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

「アニメーション監督のピーター・ドッドから『この本をアニメにするんだけど……』とブリッグズの原作を渡された時、高畑勲監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』を連想しました。もちろん全然違う話だけど、シンプルなタッチや、小さなエピソードを積み重ねて大きな世界を描くところが似ている気がして。ブリッグズは人間の感情を分析する名手。その原点ともいえる作品の映画化に参加できたのは光栄でした」

もうひとつの「この世界の片隅に」

ヨーロッパのアニメは、一つのシーンを担当アニメーターが細部まで演出し、最後に全体のトーンを調整する。ウィリアムズさんは、結婚を決めた2人がエセルの家族を訪ねるエピソードや、朝鮮戦争、アポロ11号の月面着陸の場面、夫婦が庭で同性愛合法化について語るシーンを担当した。

岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

「庭での会話は小さなエピソードですが、夫婦の機微を描く面白さがありました。エセルの率直な質問にアーネストは閉口し、話をさっさと切り上げようとする。その際にメガネをいじる姿は、英国のコメディアンのしぐさをヒントにしました。居心地の悪さをユーモラスに表現したかったんです」

「夫婦が月面着陸のテレビ中継を見守る場面は難しかったですね。エセルは認知症が進み始めていて、2人の会話は微妙にかみ合わない。そのすれ違いはコミカルなんだけど、同時に悲しくもある。とても英国的だと思います。

岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

この場面に限らず、この映画は見る人の人生経験によって受け取るものが変わってくる気がします。若い頃は気づかなかったことが、年を経ると心にしみるかもしれない。その点でも、人生そのものとよく似た映画なのだと思います」

台所のコンロが石炭からガスに。アーネストが牛乳配達に使う手押し車は電気自動車に。暮らしの中の小さな変化が、時の流れを映し出す。どこにでもいそうな家族の哀歓を通して歴史のうねりを描き出す物語は、片渕須直監督の「この世界の片隅に」に通じるものがある。

「片渕さんも大好きな監督。『この世界の片隅に』とこの作品は、確かによく似ていると思います。戦時下のとてつもない過酷な状況のなかで、ふつうの暮らしを営もうとする人々がいた。自分ならあの時代を彼らのように生きられるだろうか、あんな強さがあるだろうか。そんな自問自答をしたくなるところも共通しているかもしれません」

世界を飛び回るアニメーター

ウィリアムズさんは2003年にアニメーターとなり、「イリュージョニスト」(英/仏)、「コングレス未来学会議」(イスラエル/独/ポーランド/仏/ベルギー/ルクセンブルク)、「レッドタートル ある島の物語」(日本・フランス・ベルギー合作)などの国際共同製作の傑作に参加してきた。

岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

「最初の仕事はフランス、次はスペイン、豪州やニュージーランドで働いて、『イリュージョニスト』でヨーロッパに戻り、フランスのチームと一緒にスコットランドで仕事……。わけがわからないでしょ(笑)。でも、ヨーロッパのアニメは国際合作が多いので、各国を転々とするアニメーターは多いんです」

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© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

ヨーロッパのアニメーション製作を支えるのは、EUや各国の助成制度。製作者は様々な助成を組み合わせ、各地で出資を募って製作費を調達する。作り手もおのずと多国籍のメンバーになるという。

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© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

「『エセルとアーネスト』も、ヨーロッパ各国や米国、日本など多彩なバックグラウンドのスタッフが集まって作りました。みんなと『うちの国ではこの当時はこんなことがあった』なんて話ができたのはとてもいい経験。それぞれが受けて来た訓練の違いから学ぶことも多かった。アーティスティックなことはもちろん、社会や文化、ものの考え方でも大きな刺激を受けました」

岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

2016年に「レッドタートル ある島の物語」のプレミア上映で来日し、日本の風土や歴史、多彩なアニメ文化に心を動かされ、昨年4月から日本で暮らす。ネットを介して欧州の作品に加わる一方、日本のCMやテレビ向け作品などを手掛け、過去の日本アニメも勉強中だと言う。

「ヨーロッパではシークエンスごとに担当者にすべてを任せるけれど、日本は動画と作画で分業する。仕事の流れは違いますね。テレビと映画でも求められる技術は異なる。映画を中心にやっていくつもりですが、様々な手法を勉強できるのはうれしい。チャレンジするのは好きなんです」

岩波ホール初の2Dアニメ映画「エセルとアーネスト」 英国アニメーターが語った製作舞台裏

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

日本で出会った友人に、ぜひこの作品を見てほしいと言う。

「僕の祖父母の時代の英国の物語から、日本の人たちは何を感じ取ってくれるんだろう。どんな感想が聴けるのかとても楽しみにしています」

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© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

『エセルとアーネスト ふたりの物語』

何杯の紅茶を一緒に飲んだろう。
ささやかな幸せを大切に生きたふたりの日々

1928年、ロンドン。貴婦人のメイドとして働く、少し昔気質で生真面目なエセルはある日、陽気で楽天的な牛乳配達のアーネストと出会い、2年後に結婚。ロンドン郊外のウィンブルドン・パークに小さな家を25年ローンで購入。大理石の柱に、鉄の門、風呂に水洗トイレまでついて、希望に満ちた新婚生活が始まる–。

東京・神保町の岩波ホールなどで公開中
公式HP:child-film.com/ethelandernest/
監督:ロジャー・メインウッド
声の出演:ブレンダ・ブレッシン/ジム・ブロードベント
原作:レイモンド・ブリッグズ
エンディング曲:ポール・マッカートニー「In The Blink of An Eye」
映画の原作本 『エセルとアーネスト ふたりの物語』(レイモンド ブリッグズ著、きたがわ しずえ翻訳)はバベルプレスから刊行。
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

ポール・ウィリアムズ
1976年英国生まれ。スウィンドン・カレッジ・オブ・アート&デザイン、ウェールズ大学ニューポート・カレッジでアニメーションを学び、2003年からアニメーターに。主な作品にアカデミー賞長編アニメーション賞にノミネートされた「イリュージョニスト」(2010年)、「レッドタートル ある島の物語」(2016年)、ヨーロッパ映画賞長編アニメ賞受賞作「コングレス未来学会議」(2013)、昨年のアヌシー国際アニメーション映画祭最高賞の「フナン(原題)」など。
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