動かなくなっていく体 ALSと闘う彼女に、希望の花束を

〈依頼人プロフィール〉
荒井さゆ子さん 60歳 女性
千葉県在住
主婦
◇
ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病名を知ったのは、イギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキング博士や「アイス・バケツ・チャレンジ」からでした。頭はいつまでもクリアなのに、少しずつ体が動かなくなり、モノを食べる機能も失われていき、呼吸もできなくなる。なんておそろしい病気なんだろう、そんな恐怖に人間は耐えられるのだろうか、と衝撃を受けたのを覚えています。
大学時代、キャンプのサークルで知り合ったP子は有名女子高からの受験組で、おしゃれな雰囲気。話してみると抜けたところがある、とてもかわいい人でした。すぐにもう1人の友達と仲良くなり、大学時代はよく3人で遊んでいました。
大学卒業後はそれぞれの人生を歩んでいましたが、P子は商社に就職後、お金をためてフランスに留学。ますますフランス語に磨きをかけ、帰国後は同じサークルのH君と結婚して退職。男の子ふたりの子育てに奮闘していました。
私たちもそれぞれ子育てに忙しい時代を経て、ようやく花の50代に。時間を見つけては、P子が選んでくれたおしゃれなレストランでランチをしたりしながら、3人で友情をはぐくんできました。
ところが、3年ほど前のこと。いつものようにランチをしていると、P子が「右足の動きがおかしいの」と言います。そして数カ月後、「ALSという診断を受けた」というメールがきました。え、P子が? 私の大切な友人が、まさかあのおそろしい病気におそわれるなんて……。衝撃でした。
私ともう1人の友人は、P子のために何ができるだろうか……と頭を悩ませました。そして結論は、とにかくたくさん会って話をしよう、ということ。それまでは年1回ほどしか会っていませんでしたが、2、3カ月ごとに3人で集まるようになりました。
最初の数回は銀座でランチ。そのあとは出かけるのが難しくなり、P子のマンション。しかし、思いのほか病気の進行が速く、どんどん病魔がP子の体の自由を奪っていきました。そして、今年の春、言葉が話しにくくなっていたP子は、シルバーのネックレスを私に手渡して言いました。「私だと思って持っていてね」
それが彼女に会った最後です。おそらく、体の自由をすべて奪われた彼女は、私たちと会わないという選択をしたのでしょう。今にいたるまで、連絡が途絶えています。
最近は彼女のご主人と連絡を取り合っていますが、平日は訪問介護の方が介助しているようで、食事はすべて胃ろうでとっているようです。
彼女が病に倒れてから、私もおのずと自分の命の限界を意識するようになり、いまチャレンジできることはなにか、P子ならどうしたいだろうか……といつも意識するのが常となりました。
そこで、いまこのときも動かない身体でALSと闘っているP子へ、会うことはかなわないけれど、せめて少しでも希望になるような花束を作っていただけないでしょうか。
P子はALSの診断を受けた直後、フランス語の通訳ガイド試験に合格していたことがわかりました。2020年のオリンピック・パラリンピックに向け、子育てが一段落したP子は好きだったフランス語の仕事をしたいと思い、試験勉強をしていたようです。
フランス語が堪能でおしゃれな女性なので、フランスを思わせるような、明るく優美なアレンジをお願いいたします。
花束を作った東さんのコメント
実は、僕の親しい友人にも30代でALSを発症し、いまも闘っている人がいます。本当につらいと思いますが、体は動かなくても頭はクリア。花を見て、少しでも元気づけられたら……という気持ちを込めてアレンジしました。
フランスらしい雰囲気でというご希望だったので、スモーキーなピンクの大人っぽいアレンジです。バラやスプレーバラ、セルリア、ユーカリ2種類、ガーベラ、トルコキキョウ……。今回は花を目立たせたかったので、リーフワークはなしにしました。その代わり、ユーカリを全体にちりばめて花束としての広がりを出すようにしています。
花材はなるべく手をかけず、長く楽しめるものを選びました。セルリア、バラ、ユーカリはそのままドライフラワーとしても楽しめますので、お花が終わった後は、ぜひドライフラワーにして友人たちのエールを感じていただけたら……。
(&編集部/写真・椎木俊介)

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