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松坂桃李さんが語る俳優を貫く覚悟

俳優とは人に非ず――。かつてインタビューでそう語った俳優がいたが、映画「蜜蜂と遠雷(みつばちとえんらい)」の松坂桃李さんを見ながら、改めて俳優とは覚悟がいる職業だと思った。

かつて松坂さんは「マエストロ!」(2015年)で、第1バイオリンのコンサートマスターという難役に1年かけて挑んだ。今回挑戦したのは、ピアニストの高島明石(たかしま あかし)役。しかも、若手ピアニストの登竜門といわれるコンクールで優勝の一角を担うほど実力者だ。

松坂桃李さんが語る俳優を貫く覚悟

(c)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

ある程度はピアノの経験があるのかなと思って聞いてみると、「いえ、全くありません。自分の中では縁遠いものでした」というから驚いた。

今回、ピアノの練習にかけた時間は1カ月弱。1年かけた「マエストロ!」に対し圧倒的に短い。まずはピアノを弾くことを好きになることから始めて、ピアノを弾く動きを体に馴染ませる作業を繰り返した。それでも明石役を引き受けたのは、「作品の魅力と石川慶監督と一緒にやってみたかったから」と松坂さんは言う。

「バイオリンにしろピアノにしろ全くやったことがないことへの挑戦は、恐れしかありません。でも、不安以上に自分の参加する作品の面白さへの興味の方が勝りますね」

日々生活している中にも音楽は存在する

「蜜蜂と遠雷」は直木賞と本屋大賞の2冠に輝いた累計発行部数150万部超えという恩田陸のベストセラーの映画化。若手ピアニストの登竜門といわれる国際ピアノコンクールを舞台に、4人のピアニストたちの挑戦を描く。

優勝を争うのは、母の死をきっかけに表舞台から消えた元天才少女・亜夜(松岡茉優)と、コンクールの優勝候補の大本命・マサル(森崎ウィン)、家にピアノすらない謎の少年・塵(鈴鹿央士)、そして明石の4人だ。

松坂桃李さんが語る俳優を貫く覚悟

(c)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

明石は、妻子があり楽器店で働きながらも、夢を諦めきれずコンクールに年齢制限ギリギリで出場するという設定だ。優勝を争う3人が天才型だとしたら、明石は夢を実現するためにコツコツ努力を重ねる努力型。3人にはない「生活者の音楽」で勝負を挑む。

「明石がこだわった『生活者の音楽』とは、日々生活している中にも音楽は存在するということ。そんな中で、彼なりに感じた音楽像をコンクールで表現することが、今回演じる上で1つのポイントだと思います。
明石は、家族で過ごす時間が長く、課題曲を妻に聴かせて意見をもらってカチンとする、といったエピソードも明石ならではです。そういった家庭での描写を大事にしました」

多くの人にとって、明石は4人の中で見る人が一番感情移入しやすい役かもしれない。松坂さん自身に3人の男性キャラクターを比べてもらうと、一番遠いのは謎の少年・塵だと言う。

松坂桃李さんが語る俳優を貫く覚悟

「若い時に持っていた純粋なキラキラした心は、大人になるうちに経験を積み重ねていくことでだんだん忘れていってしまう。塵はそのキラキラした心をすごく持っている人物で純粋にピアノが好きなんです。ピアノを弾くことが楽しいし、なんでも音に変えることができてしまう。そこは明石にはありません。
僕にとっても塵はデビュー当時あった、なんでも楽しめるような心を思い出させてくれる存在でした。今の自分からはちょっと遠いなという感じはすごくしますね」

「ジュリアードの王子」と呼ばれ優勝候補として前評判の高いマサルには、見えないプレッシャーと闘い続けるアスリートの姿を重ねた。それは、自身の姿にも通じるという。

「俳優という仕事において見えないプレッシャーは本当に多い。例えば、主演をやらせていただく時や、初舞台に出演した時もそうでした。何かを背負うプレッシャーは、この映画の登場人物たちとすごくリンクするところがあります」

役から役へ、役から自分へ切り替える「鍵」

作品が面白そうであれば何でも挑戦する――。デビュー以来、貫いてきた方針だ。
最初は戦隊モノに始まって、いろんなオーディションを受けては、ドラマや映画、舞台とひたすらがむしゃらに出演。端正なルックスゆえ好青年役のイメージが強かった松坂さんだが、作品の面白さを重視するのはそのままに、役柄の方向を転換したのが20代半ばだ。

松坂桃李さんが語る俳優を貫く覚悟

「30代を迎えるにあたって、この仕事を続けるためには、今までやってきた作風とは違うものをやっていかなければいけないと思いました。そこから今までやったことのないような、方向性の違う作品を意図的に演じていくことにしたんです」

その言葉通り、「娼年」では娼夫役、「不能犯」のダークヒーロー、「居眠り磐音」の剣士役、「新聞記者」のエリート官僚……と、20代後半は善から悪、剛から柔までバラエティーに富んだ役柄かつ、多くの作品に出演してきた。

当然、撮影が掛け持ちになることもある。その数は「3本が限度」と言うが、切り替えは早いのだとか。

松坂桃李さんが語る俳優を貫く覚悟

「僕は撮影が終わったら『お疲れ様でした!』というタイプ。それはそれ、これはこれです。ハリウッド俳優のように、1本の作品でずっと役になりきっていられる、というのはある意味、俳優にとって良い環境だと思いますが、日本では撮影中に他の番組宣伝が入ることがありますから、役のモードのままだと気持ち的にやりきれなくなると思います」

松坂さんにとって切り替えの鍵は「現場」だと言う。現場に入れば衣装も違えばメイクも違う。共演者も違えばセリフも異なる。そうした一つ一つのアイテムをクリアしていくことによって新たな人物へと生まれ変わることができる。 

本当にすごいと思った俳優は……

そんな松坂さんにとって、演技することの面白さは何か。

「自分がお芝居をすることより、他の俳優さんのお芝居を生で見られることが面白いのかもしれません。相手のお芝居を一番間近なところで見られるというのが一番。それが自分の刺激にもなるし、その芝居によって触発されもします。
これまで太刀打ちできないと思った人はたくさんいますが、本当にすごいと思ったのは、樹木希林さん。『ツナグ』で共演させていただいた時に感じた究極の自然体。自然体なのに役を演じているという姿は忘れることができません」

松坂桃李さんが語る俳優を貫く覚悟

30代に突入し、今後の目標を伺った。

「ここから10年は40代のために仕事をすることになると思います。20代半ばから後半にかけて自身の窓を開いていったことで新たな出会いが生まれたり、再会があったり。広がっていった仕事に今度は自分の中でより深く色を塗っていければ、それが40代に繋がるのではないかと思います」

人に非ずという俳優道をますます突き進んでほしい。

(文 坂口さゆり 撮影 大野洋介)

    ◇

松坂桃李(まつざか・とおり)
1988年10月17日生まれ、神奈川県出身。近年の主な出演作は、映画「不能犯」(18年)、「居眠り磐音」(19年)、「新聞記者」(19年)、声の出演を果たしたアニメーション「HELLO WORLD」(19年)など多数。18年「孤狼の血」で第42回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。

松坂桃李さんが語る俳優を貫く覚悟

(c)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

映画「蜜蜂と遠雷」
直木賞と本屋大賞に選ばれた恩田陸の小説の映画化。国際ピアノコンクールを舞台に、生命と魂を懸ける若き4人のピアニストたちの闘いと成長の物語。若手ピアニスト登竜門として注目される芳ヶ江国際ピアノコンクール。
かつて天才少女と言われ、その将来を嘱望されるも7年前に母親の死をきっかけに表舞台から消えた栄伝亜夜(松岡茉優)は再起をかけ、コンクールに挑む。優勝を争うのは、“生活者の音楽”を掲げ、年齢制限ギリギリで最後のコンクールに賭ける会社員奏者、高島明石(松坂桃李)。子どもの頃に亜夜と共にピアノを学んだ優勝候補の大本命マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)。そして、今は亡き〝ピアノの神様〟の推薦状を持ち、突如として現れた謎の少年・風間塵(鈴鹿央士)。果たして優勝するのは誰か。

監督・脚本・編集:石川慶 
原作:恩田陸「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎文庫)
出演:松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士(新人)ほか。
全国公開中

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