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シンプルだけど豊かなこと『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』

シンプルだけど豊かなこと『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』

撮影/馬場磨貴

チェアリングという言葉を知っていますか? 酒場ライターのスズキナオさんとパリッコさんは、この世の中でまだ知られていない酒スポットや酒の楽しみ方を探求する「酒の穴」というユニットを結成しており、彼らによる造語「チェアリング」とは、下記のような行為をいうそうです。

1. アウトドア用の椅子を持って外に出て、好きな場所に置いて酒を飲む、もしくは好きなように過ごすアクティビティー

2. 装備が多すぎるとキャンプに近づいてしまうので、なるべく手軽に。酒やつまみも現地調達が望ましい。コンビニやトイレも近くにあると便利

3. 騒がない、汚さないのはもちろん、街には酒を飲んでいる人間を見るのが嫌な人もいるので、「周囲の人々に威圧感を与えない」をモットーとした場所選びを

勝手に命名しておきながら「入門編」を語る本書のずうずうしさや、チェアリングだけで1冊作ってしまったことに笑ってしまいますが、本書では、チェアリングに適した椅子や、より楽しくなるようなグッズ、風に耐えることができるおつまみ(のり巻きがベスト)を紹介したり、豪華チェアリストを招いて色んなところで行ったチェアリングのリポートをしたりと、なんとも肩の力の抜けた本です。写真の彼らの顔は、とても気持ちがよさそうです。

シンプルだけど豊かなこと『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』

『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(Pヴァイン) 著・スズキ ナオ、パリッコ 1560円(税抜き)

はじめてこの本を読んだとき、「そりゃ、そうか。やってもいいことなんだ」と思いました。アウトドア用の椅子に座って、好きな場所で好きなように過ごすというシンプルな行為を豊かに思うのは、翻って私の心がいつのまにか貧相になってしまっていたからかもしれません。

「やってはいけないこと」から自由になる

商業施設のベンチなどの「こうやって使ってくださいね」が透けて見えるような用意された空間ではなく、自らが好きな場所を探して、椅子を置くことでパーソナルスペースをつくりだすチェアリングは、実は批評性の高い行為だとも思います。

現在の私たちは、禁止行為であふれてしまった公共空間を前に、あらゆる行為をやってはいけないことだと自分なかで勝手に決めつけて、規範を内面化してしまっているのかもしれません。この本は、こうした考えを解きほぐし、チェアリングと名前を付けることによって、空間を使うことへのハードルを下げてくれる一冊だと思いました。(「#チェアリング」でSNSを見てみるとわかるように、チェアリング文化は命名した彼らの予想を超えて広がっています)

しかしながら、そんな考察は、野暮(やぼ)かもしれません。何といっても、気軽さが最大の魅力のチェアリング。この本を読んで、まずははじめてみませんか? 頰をなでる風や見慣れた景色も、酒の肴(さかな)になることでしょう。私自身も、コンビニでおいしいお酒やおつまみが簡単に手に入り、治安もよい日本で生まれてきたこの文化を、積極的に享受していこうと思います。

(文・嵯峨山 瑛)

PROFILE

蔦屋書店 コンシェルジュ

12人のブックコンシェルジュの皆さんに、
そのとき一番おすすめの本を、週替わりで熱くご紹介いただいています。
●代官山 蔦屋書店
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岩佐さかえ(健康 美容)/大川 愛(食)/北田博允(文学)
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八木寧子(人文)/若杉真里奈(雑誌 ファッション)

嵯峨山瑛(さがやま・あきら)

二子玉川 蔦屋家電、建築・インテリアコンシェルジュ。
大学建築学科卒業後、大学院修了。専門は都市計画・まちづくり。
大学院在学中にベルギー・ドイツに留学し建築設計を学ぶ。
卒業後は、出版社やリノベーション事務所にて、編集・不動産・建築などの多岐の業務に関わる。

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