装いの物語り

タイ・チェンマイのバーンロムサイでつくられたリメイク・ハンドバッグ 川内倫子さん

 
「装い」という言葉を辞書でひくと、「身なりを整えたり、身を飾ったりすること。また、その装束や装飾」という意味に加えて、「準備すること。用意。したく」とある。人は、TPOに応じて装っているのだとすれば、人の数だけ「装い」の個人史があり、ファッションにはきっと、思い出や記憶とリンクする、ごくパーソナルで断片的な物語が宿ることがあるのだ。「物を語る」ことで浮き上がる、そんな「物語」をさまざまな方の声を通して伝えていくこと、それが「装いの物語り」という連載のスタイルです。

(文・構成:山口達也 写真:服部恭平 キャスティング:和田典子)

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写真展「When I was seven.」の開催を控えたある日、写真家の川内倫子さんは展示会場であるアニエスベーギャラリーブティックで、ゴールドのタッセルとチェーンがついた赤いベルベット地のハンドバッグとともに出迎えてくれた。

バッグには、コード刺繡(ししゅう)と、ビーズの装飾で花や果実、葉、蝶(ちょう)が描かれている。独特な色づかいと異国のかおりがするデザインで、手仕事のぬくもりを感じられるどこか親しみやすい存在感に目を奪われた。

「購入したのは、2年くらい前のことですね。どんな服装にも合わせやすいんですよ」

タイ・チェンマイのバーンロムサイでつくられたリメイク・ハンドバッグ 川内倫子さん

このバッグがつくられたのは、タイ北部・チェンマイ郊外バーンロムサイ(BAN ROM SAI)という孤児院だ。タイ国内でHIV(エイズウイルス)が猛威をふるっていた1999年に、母子感染した孤児たちの生活支援のために設立された。「バーンロムサイ」とは、タイ語で「ガジュマルの木の下の家」という意味を持つそう。

「バーンロムサイでは、孤児院を卒園する子どもたちの自立のために、生きていくための技術も教えているんです。敷地内には洋服やカバンをつくる工房があり、彼・彼女たちが働ける場所にもなっています。このバッグは、工房でつくられた作品のひとつ。タイの少数民族の人が織った古い布をリメイクしたものですね。いろいろな“時間”がこのバッグに入っているというのも面白い背景です」

「いったい何年前の人が刺繡したんだろう? もしかしたら子育てをしながら縫ったのかな、とかそういうことも考えられる。この布を作った人たちも、今、東京にいる私がこのバッグを持っているだなんて思いもしなかったでしょうから(笑)」

現在のバーンロムサイは、医療の発展とともに、生存率は劇的に改善されて亡くなる子どもたちは激減したそうだ。そこで、感染はしていないけれど、様々な事情で孤児となってしまった子どもたちや、親と一緒に生活が出来ない子どもたちの生活施設としても運営を続けている。その他にも、宿泊料が支援となる宿泊施設もあり、映画『プール』の舞台としても知られている。

「今は薬で発症を抑えることもできるけど、やっぱり偏見や差別は根強くあるので、施設を出たあと仕事ができずに帰ってきてしまうことがあるそうです。そういう子どもたちが縫製のスタッフで入っていたり、宿泊施設(ゲストハウス)で働けるようにしていたりする。そうした子どもたちをスタッフの方々が支えていて、居心地の良い空気が流れていました」

タイ・チェンマイのバーンロムサイでつくられたリメイク・ハンドバッグ 川内倫子さん

伝統を受け継ぐ人たちのこと、作り手のこと、バーンロムサイのこと

「私はこのバックを寄付のために買ったというよりも、魅力あるものだから欲しいと思ったんです。『買ってあげた』『支援だから』ではない。そこがとても大事だと思うんです。さらに背景を知った後は、こういう風にお金を使えることを私自身がうれしいと思えたし、気に入ったものを買うことが、支援になるのでお互いにハッピー。ヘルシーで良い循環が生まれているのだと思います」

バーンロムサイへの継続的な支援のために、作品に対してきちんとブランディングしているところにも感銘を受けたのだと川内さんは話す。そして「自分が親になったタイミングでここに行ったのは、ひとつのメッセージだったのかもしれない」と。

「孤児院には自分の娘とほとんど同じ年齢の子もいて、一人ひとり違う事情を耳にすればするほど居たたまれない気持ちにもなりました。そして、ここに来た私は何ができるのだろうとも思ったのです」

川内さんはチェンマイでの経験をかみしめるように振り返った。

「自分のことばかり考えていた私が一人の親にさせてもらったことで、娘が生きる環境や社会、物事について以前よりも大きな目線で見られるようになった。すごくありがたいことだと思っていますし、そうですね、ちょっとだけ大人にさせてもらったんです」

「私がこうやって話すことによって、伝統技術を受け継ぐ人たちがいること、作り手のこと、バーンロムサイのことを知ってもらうきっかけになればうれしい。そして、みんなで一緒の星にいるんだという事実を、具体的に考えていかないとなと思っています」

母になった心境の変化と、この日に赤いハンドバッグを選び語った理由を重ね合わせながらそう話してくれた。

タイ・チェンマイのバーンロムサイでつくられたリメイク・ハンドバッグ 川内倫子さん

装いは自分がより快適に過ごすために欠かせない

川内さんに“装い”について伺うと 「縄文時代にさかのぼっても“装い”はあるわけじゃないですか」と切り出した。

「衣食住でいうところで、もちろん最初に食べること、住まいがあることが大前提ですが、装うことも人間のために必要なことだと思います。例えば、夏だったら最低限の格好でいい、Tシャツでいいでしょ、ということではないと思っています。Tシャツに何か絵が描かれているだけで、気持ちが左右されて自分の一日が変わる。そういう目には見えない部分も人間は大事にしなくてはいけないと思うんです」

装いは、自分がより快適に過ごすために欠かせないという。そして、身に付けるものは、折々の気持ちに寄り添い、時には自分の身を守ってくれる。

一方で、装うことには「TPOを間違えてしまって、自分も他人も不快にならないためのものという意味もあると思います」

“こんまりメソッド”は私には無理かな

ところで、川内さんは手放せない物はありますか?と尋ねたところ、「洋服もアクセサリーも本も……いっぱいあります。整頓されずいつもカオスな感じですよ(笑)」という。

使っていたものを人に譲ることはあっても、思い出が宿っていたり、ずっと変わらず好きなデザインであったりと愛着があるものはずっとそばにおいていたいそうだ。

「例えば“ときめくかどうか”を基準に断捨離する“こんまりメソッド”は私には無理! 私は今クローゼットの中にあるもの全部にときめいてるから(笑)。それに最近は、今あるものを将来娘がつかってくれるんじゃないかと思っています。もちろん彼女の好みもあるだろうから、その後のことは任せますけれど(笑)」

タイ・チェンマイのバーンロムサイでつくられたリメイク・ハンドバッグ 川内倫子さん

川内倫子
1972年、滋賀県生まれ。写真家。2002年、『うたたね』『花火』で第27回木村伊兵衛写真賞受賞。2009年に第25回ICPインフィニティ・アワード芸術部門を受賞するなど、国際的にも高い評価を受け、国内外で数多くの展覧会を行う。主な個展に、2005年「AILA + Cui Cui + the eyes, the ears,」 カルティエ現代美術財団(パリ)、2012年「照度 あめつち 影を見る」東京都写真美術館、2016年「川が私を受け入れてくれた」熊本市現代美術館などがある。著作は写真絵本『はじまりのひ』(2018年)、作品集『Halo』(2017年)など多数。

川内倫子写真展 「When I was seven.」が開催中

タイ・チェンマイのバーンロムサイでつくられたリメイク・ハンドバッグ 川内倫子さん

会期:2019年9月11日(水)~10月20日(日)
会場:アニエスベー ギャラリー ブティック(東京都港区南青山5-7-25 アニエスベー青山店2F)
営業時間:13:30 – 18:30(月曜休廊)

インタビューの最後に、写真展「When I was seven.」について以下のコメントを寄せている。

今回はとてもわかりやすいかたちになっていますが、私が作品をつくるときには必ず“過去の自分との対話”というのが、見えないかたちで入っているんです。

常に幼少期に感じた息苦しさ、生きづらさから、作品をつくることによって自分を解放しているところがあります。それが作品をつくるひとつのモチベーションや意味でもあり、一種のセルフヒーリングのような作業をずっとしているんです。

先ほど、2人の娘さんがいるライターさんと話していたんです。「やっぱり娘を見ていると自分の小さいときのこと思い出すんだよね」と彼女も言っていました。

今回の展示が、過去を思い出す一つのきっかけになって、自分の子ども時代に思いを馳せてもらえるのもいいのかな。子どもって社会的にも弱い存在だから、大なり小なりみんな辛かった記憶があると思うんです。

息苦しさを感じなかった子どもって、いないんじゃないかなと。普段忙しいとそんな時間もあまりないかもしれないので、自分の子ども時代に立ち返って、話をしてあげる機会になると良いのかなと思っています。

 
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    5年間肌身離さない母からもらったイラン製の腕時計 RIONAさん
       

       

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  • PROFILE

    • 山口達也

      ライター/エディター
      大学在学時より東京を拠点に国内外のファッションデザイナーやクリエイター、アーティスト、ファッションウィークなどを取材・執筆。近年は『i-D Japan』『Them』『AXIS』など様々なメディアに寄稿。

    • 服部恭平(写真)

      写真家/モデル
      2013年からファッションモデルとして活動し、数々のランウェイショーに出演。モデル活動の傍ら、プライベートなライフワークでもあった写真作品が注目を集め、近年は写真家としても活躍。

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