食卓をパッと華やかに。酒井美華さんが作る、irodori窯の器

大きめの皿に、白身魚をちょこん。グリルで焼いた切り身を、葉っぱ型のプレートに載っけてみる。大根おろしやレモンといったあしらいがなくたって、なんだか画(え)になる気がする。器の模様が華やかに、かといって出しゃばり過ぎず、余白を埋めてくれるから。これほど緻密な模様を、描くのではなく、色の違う粘土を組み合わせて作る「練り込み」という技法。陶芸作家・酒井美華さんの器は、特別なことは何もない料理だって、立派な一皿に見せてくれる。

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教わった住所をカーナビに入れて、富士山に向かって走る。表通りから奥まった民家の一角に、ギャラリーのような空間をみつけた。特段目立つ看板が掛かっているわけではないが、ガラス窓の向こうに飾られた器を見た途端、ピンときた。ここが酒井さんの陶房「irodori窯」だと。

和食器の概念を覆すカラフルさと、テキスタイルのような幾何学模様。普段使いできるほど親しみやすいのに、現代アートのようにポップなirodori窯の器は、静岡県富士宮市の小さな陶房から生まれる。

食卓をパッと華やかに。酒井美華さんが作る、irodori窯の器

irodori窯の陶房。様々な色柄の作品がディスプレイされている

酒井さんは洋服のデザインを学び、20代の頃、1年ほどファッション業界で働いた。自身も「もともと洋服から来たので、陶芸にどっぷり浸かってないんです」と言うように、irodori窯の器が鮮やかな色柄でほかの和食器と一線を画すのは、そんなところにも理由があるのかもしれない。

「私の作る器は派手だけど、和食をおいしそうに見せるものでありたい。たとえばファミレスで出てくるような真っ白な器って、普通に家庭で使うのは難しいですよね。ハンバーガーなら合うかもしれないけど、煮物だとやっぱり難しい。土物(つちもの)って、ちょっと濁りがあるというか、くすんだ色が日本食に合うような気がするんです」。なにより、自分の作るものを「かわいいじゃん!」と信じることが大事、と酒井さんは朗らかに語る。

「かわいい」が一番うれしい

デザインのヒントは、いろんな所にちらばっている。テーマパークの壁、百貨店のフロア、アイシャドウのパレット。なかでも大好きな洋服は、たくさんのインスピレーションを与えてくれる。店で気になった服は、ネットで画像を探し、スマホに保存。それをヒントにテストピースと呼ばれる小さな板を並べて、色を組み合わせてみる。

食卓をパッと華やかに。酒井美華さんが作る、irodori窯の器

テストピースと呼ばれる小さな板。顔料の配合で、色みの違いを生み出す

「やりながら、もとの色から離れていくことも多いんです。この色が入ってもかわいい、これとこれの方がいいかな、とか。秋っぽいものを作ろうとしたのに、ああ、ちょっと夏っぽかったなって思って変えたり」。ファッションの専門学校で学んだカラーコーディネートの知識は、そんなところにも生きてくる。

レシピと呼ぶ模様のデザイン画は、エクセルでマス目に色をつけて作る。「後で変えちゃうから、色は適当ですよ」。楽しそうに笑いながら、コピー用紙の束や、雑誌の付録のノートに貼り付けた幾何学模様を見せてくれた。こんな風に頭の中で一度工程をなぞるからこそ、迷いなく手を動かせるのだろう。

食卓をパッと華やかに。酒井美華さんが作る、irodori窯の器

酒井さんの「レシピ」。エクセルを使ってデザインしている

「なかには即興でやる人もいますよ。そういう人はアーティスト。作品は一点物だから、抹茶茶わんが1個3万円とか、5万円するような。そうすると、せっかく手に入れてもしまい込んじゃうんですよね。私はそれよりも、使ってもらいたくて」

「アートってやっぱり、難しいと思いがちじゃないですか。でも手に取って使える器って、工芸の中でも身近。私の器は、単に『かわいい』でいいんです。どれだけ模様が凝ってようが、どれだけ時間がかかってようが、それは私の問題だからどうでもよくて、ただ手に取って、かわいいな、使ってみたいなって思ってもらえたら、それが一番うれしいですね。本当に洋服と一緒です」

模様をつくる繊細な作業

作業を少し、見せてもらった。今回は白、茶、薄いブルーとグリーンの粘土で、「基本」だという市松模様を作っていく。

あらかじめ顔料を混ぜ込んでおいた、ようかんのような形の粘土を、5ミリの薄さにスライス。次はその断面にハケで水を塗りながら、4色の粘土を決まった順番で重ね合わせていく。

食卓をパッと華やかに。酒井美華さんが作る、irodori窯の器

ようかんのような形の粘土は、左から、茶、ブルー、白、グリーン。両側の板に糸を押し付けながら引っ張ると、粘土が板と同じ薄さ5ミリにスライスされていく

ミルフィーユのようになった粘土を再びスライスし、今度はまるでレンガを積んでいくように、一目ずつずらして重ねていく。切っては重ね、切っては重ね。そんな緻密でデリケートな作業を、息をつめて見つめていると、「複雑なものや、色が薄いものだと途中でわからなくなっちゃうんですけど、市松模様はまだシンプルな方です」。陶房に、明るい笑い声が響く。

「しっかりずれないようにしないと、下手くそだなと思われちゃうので(笑)。でもあまりピッタリすぎると、今度はプリントっぽく思われたりして。不思議なもんですよね。ちょっとした味も必要なんです」

食卓をパッと華やかに。酒井美華さんが作る、irodori窯の器

奥は途中段階の「ミルフィーユ」の状態。これを薄くスライスし、少しずつずらしながら積むことで、手前のような市松模様を作っていく

粘土を組み上げる工程は、1時間半から2時間程度。「あまり凝った模様にすると、時間がかかりすぎたり、失敗が多かったりして自分が苦しくなって、結局一度きりで、その後作らなくなっちゃうんです」。そして、制作にかかる時間はそのぶん、器の値段となってお客さんの財布につながってくる。自分の作る器を無理なく楽しんでもらいたいからこそ、適度な手間ひまを心掛ける。

「重さも、軽すぎても重すぎても使わなくなりません? 洗うときに重いのって大変だし、すごく軽いのもちょっと私は怖いんですよ。壊れちゃうんじゃないかなって。厚さも手に持ったときに安心感がある厚さっていうか、自分の中ではこのくらいが好きっていうのがあるんです」

形も同じ。決して奇をてらったものにせず、その時々でころころ変えることもない。「何枚か買ってくれてるお客さんが、『重ねられないわ』ってなっちゃったら嫌ですもん」

食卓をパッと華やかに。酒井美華さんが作る、irodori窯の器

陶芸作家の酒井美華さん。棚の下段に、たくさんの型が詰まっている

爆発的ヒットを超えて

いまから数年前、irodori窯の人気に火がついた。器好きで知られる俳優の木村文乃さんのインスタグラムで紹介されたのをきっかけに、百貨店の展示会でも、早いときには数百点が半日で完売。あまりの人気ぶりに、手に入れられなかったファンが、インスタグラムで点数制限を求めたほどだった。

「完売状態が続くときはうれしいけど、怖いですね。単にブームだからって、ガーッと買って転売する人もいるし」。追い立てられるように作り続ける日々は、およそ2年間続いたという。

「それに比べるといまは残っちゃうので、お店の方にも申し訳ないと思っちゃう。売れなくなるのは怖いけど、そしたらクラフトフェアに出て営業して、また頑張ればいい。新しいお客さんにも来てもらえたらいいな、なんて思ってます」

食卓をパッと華やかに。酒井美華さんが作る、irodori窯の器

irodori窯のリーフ型プレートと豆皿

一つまたひとつと集めていく楽しみも、irodori窯の器の魅力。これから秋が深まっていけば、こっくりとした深みのある色も増えるだろうし、その先は冬を感じさせるデザインもきっと店頭に並ぶことだろう。「これ、かわいいじゃん、集めたくなるでしょ?って、まずは自分がワクワクしたいですね」と酒井さん。彼女の情熱が尽きない限り、これからもきっと、二つとない魅力的な器が生み出されていくはずだ。

(文・写真 &w編集部・岡田慶子)

【関連記事】モヤモヤし続けた20代を経て。irodori窯・酒井美華さんと「練り込み」の出会い

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irodori窯 酒井美華さんの個展:
2019年10月25日(金)~11月7日(木) テラスモール松戸店 
2019年11月13日(水)~19日(火) 銀座三越

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