鎌倉から、ものがたり。

サッカー元日本代表監督・二宮寛さんのコーヒー店「パッパニーニョ」

 ガラガラと運ばれたワゴンの上に、年季の入ったコーヒーセットが載っている。フィルターの中には、ハンドドリップ用のコーヒー豆がたっぷり。店主の二宮寛さん(82)が、ケトルから湯を注ぎ入れると、馥郁(ふくいく)とした香りがテーブルに広がっていく。

 二宮さんみずからワゴンを引いて客の前に出向き、コーヒーを淹(い)れる独自のスタイルは、「パッパニーニョ」が開店した2000年から変わっていない約束事のひとつだ。

 コーヒーの香りとともに目を奪われるのは、左手をズボンのポケットに入れ、右手で優雅にケトルをあやつる二宮さんならではの所作。動作をしていない方の腕を、いかに美しく見せるかは、英国のパブリックスクールで、生徒たちが日々しつけられている紳士の流儀でもある。

「いや、左手は手持ち無沙汰なので、しまっているだけ。そんな気取ったものじゃないですよ。第一、僕の服装がアロハシャツに短パンですからね」

 そう笑う二宮さんの姿を見ると、この店が葉山で長年愛される理由がわかる気がする。

 1937年生まれの二宮さんは、慶應義塾大学在学中の56年に、サッカーの日本代表選手に選抜されて、数々の国際試合で活躍。70年代には、釜本邦茂選手が主将だった日本代表チームの監督も務めた。日本サッカー界初のプロ選手、奥寺康彦さんが在籍した記念すべきチームである。

 78年にサッカー界を退いた後は、欧州三菱自動車の社長としてオランダとドイツに駐在。80年代、90年代は第一線のビジネスマンとして、世界を舞台に日本車の黄金時代をリードした。さらに15年には、日本サッカー協会により「日本サッカー殿堂」入りに選出。スポーツマンとしても、ビジネスマンとしても、そうそうたる成功を収めてきた人なのだ。

 しかし、目の前の二宮さんには、過去の栄光にこだわるそぶりは一切ない。
「父親が外国為替担当の銀行員だったことで、戦前はNY、ロンドン、満州、戦後は静岡、大阪、神戸とさまざまな場所で育ちました。中でも人生の大半を過ごしたのがヨーロッパ。そこではコーヒーが心をいやし、人と人をつなげる媒介になっていた。その文化を肌で感じていたので、一線を退いた後は、コーヒーをテーマに社会に役立つことをやりたいと思っていたのです」

 そう聞くと、リタイア後の悠々自適の人生ですね、と相づちを打ちたくなるが、「とんでもない」と、二宮さんはきっぱりと否定する。

「趣味が高じた店とよくいわれますが、お客さまから代金をいただく以上、それは趣味ではなくて事業です。ただし、僕にとっては金もうけの手段ではない。1杯のコーヒーを気持ちよく飲んでいただくために、質の高い豆を選び、真面目な淹れ方を崩さず、さらにリーズナブルな料金で提供する。そのポリシーをずっと守っています」

 その言葉通り、開店以来コーヒーの原価が上がり続ける中でも、店頭の価格はぎりぎりまで抑えてきた。店のシグネチャーといわれる「パッパニーニョ」(コロンビア、イエメン、ブラジル、キューバ)、「カイザー」(パプアニューギニア、タンザニア、インドネシア、ブラジル)の両オリジナルブレンドは、1杯600円、お代わりは300円。

 その背後には、「事業家として余計な費用をお客さまに転嫁しないよう、ひたすら努力を重ねてきた」という、二宮さんの矜持(きょうじ)がある。

 たとえばコーヒーカップや食器、店内の装飾は、ほとんどが二宮家にあったもの。そもそも店自体が、夫人の正子さんの実家が所有していた別荘の敷地内にあった建物。二宮さんが恵まれたバックグラウンドの持ち主であることは間違いないが、それを地域社会に還元する意志のあり方がカッコいい。

 82歳になり、なおダンディーな二宮さんは、今年11月に現店舗の敷地内にある自宅に新しいカフェ空間をオープンする。テラスから御用邸や富士山が望める場所で、パッパニーニョは新たな一幕を開ける予定だ。(→後編に続きます。)

葉山珈琲パッパニーニョ
神奈川県三浦郡葉山町一色1940
https://www.instagram.com/hayamapappanino/

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

葉山の“ネイバーフッド”感覚が隅々に。みんなでつくる「三角屋根 パンとコーヒー」

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名付け親はベッケンバウアー。コーヒーもサッカーもチーム編成が要 「パッパニーニョ」

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