私のファミリーレシピ

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

 
「おふくろの味(ファミリーレシピ)を作ってください」。ニューヨーカーの自宅を訪ね、料理を囲み、家族の話を聞いてつづった、ドキュメンタリーな食連載。

今回は、前回、デーツのクッキーを作ってくれた、Paul Butler(ポール・バトラー)さんの婚約者、Sadie Rebecca Starnes(サディ・レベッカ・スターンス)さんのお話です。
(文と写真:仁平綾)

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Sadie Rebecca Starnes(サディ・レベッカ・スターンス)さんが生まれ育ったのは、婚約者のポールさんと同じノースカロライナ州。アイルランドやドイツから新大陸へ渡り、1700年代から南部で暮らしている古い家系の出身のため「たくさんのレシピを引き継いでいます」とサディさん。

「祖母が“臭いパン”と呼んでいた塩で発酵させるパンや、緑色のデザートwatergate salad(ウォーターゲート・サラダ。ピスタチオプリンがベース)は、ぜひニューヨークの人に紹介したい料理」とサディさん。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

サディさんが大切に保管しているファミリーレシピ。曽祖母から受け継いだレシピは手書き。

なかでもCountry Ham Biscuits(カントリーハム・ビスケット)は、サディさんが子どもの頃から親しんできた家の味。かつて南部で暮らす多くの人は農場を営み、農作業のため手軽で食べ応えのあるものを好んだ。そんな背景からビスケットは南部を代表する伝統料理のひとつだという。

「私の祖母も、ビスケットを食べて育ったそうです。とても痩せていたので、1日に2個も3個も食べて、体を大きくしようとしたとか」。祖母のレベッカさんが作ってくれたビスケットを、サディさんは日曜日の教会の後やサンクスギビングなどの祝日に食べてきたという。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

サディさんの家の味は、曽祖母から祖母レベッカさんから受け継いだもの。「祖母だけではなく、祖父もよくビスケットを作ってくれました」

ビスケットの作り方はとてもシンプル。小麦粉、バターミルク(牛乳からバターを作ったあとに残る液体)、バター、塩、砂糖、ベーキングパウダーを混ぜたら、丸めて伸ばして丸く抜き、キャストアイアン(鋳鉄)のフライパンに並べたら、オーブンで焼き上げる。

「コツは冷たく冷やしたバターを、豆粒大の大きさにして小麦粉に混ぜること。生地をこねすぎないこと。そうすることでサクサクでリッチなビスケットに仕上がります」

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

バターは直前まで冷凍庫で冷やし、小さくちぎって粉の中へ。指先で粉とバターをなじませるように混ぜていく。

ビスケットが焼き上がったら横半分にカットして、カリカリに焼いたカントリーハムを挟んで食べる。カントリーハムは厚みのある生ハムみたいなもの。ただし生ハムとは異なり、塩蔵に砂糖が使われている。そのためか、ベーコンとも生ハムとも違う、むっちりとした食感。塩辛いけれど、嚙むほどに肉の深い旨(うま)みが、じわじわ口の中に広がる。バター風味のビスケットと、塩のきいたハム。単純明快なこの組み合わせは、ハンバーガーのおいしさを超えるかもしれない。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

曽祖母から受け継いだキャストアイアンのフライパン。かなり使いこまれ、表面がでこぼこしているぐらいが、ビスケット作りにはちょうどいい。

ところで、アメリカ南部に暮らす人のイメージといえば、スコット・フィッツジェラルドの短編小説『氷の宮殿(Ice Palace)』に登場する主人公のサリー。太陽が似合う、明るく無邪気な女性。怠惰で奔放な毎日を過ごすけれど、北部に暮らす婚約者の元を訪ね、暗く陰鬱(いんうつ)な冬と、「北部ならではの冷たさや虚栄を体験して……」

そんな私の話に、「ステレオタイプな南部人と北部人だね」と笑うのは、サディさんの婚約者ポールさん。「確かに南部の人は温かいのは事実。でも北部にだってそういう人はいますよ」とサディさん。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

ポールさんと共に東京で暮らしていたサディさん。東京の友人たちにビスケットを作り振る舞ったこともあるそう。

ちなみに小説のラストでは、サリーが氷の宮殿の迷路に迷い、冷たい氷の中で一人、圧倒的な孤独に直面する。そのシーンは「まるで私みたい」とサディさん。単身NYへやってきたとき、最初に暮らしたのは地下にある違法アパートメント。暖房ナシの極寒の部屋は、家賃が月100ドル(約12,000円)のボイラー室だったという。

「すごく寒くて、おなかがすいて仕方がなくて。キャンベルのスープ缶を買ってきて食べたのを覚えてます。もちろん食器もナシ。すごくみじめで泣けました」

そんなサディさんも、現在は画家として制作を続けながら、ライターとして活躍している。時々故郷が恋しくなったときは、ビスケットを焼いて、家の味で自分を励ましながら。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

NYでは入手不可能なため、サウスカロライナに暮らす母親のジェーンさんから送ってもらったカントリーハム。ビスケット用にスライスされたものが売られている。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

パンダの絵が描かれたカップ酒の空き瓶が、ビスケット作りに「ちょうどいい大きさ」とサディさん。冷凍庫で冷やしてから使うと、生地がくっつきにくい。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

丸く抜いて余った生地は、手で丸めて猫の顔の形に。目の位置にレーズンを2粒載せれば、猫ビスケットの完成。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

スーパーマーケットやデリで売られているバターミルク。手に入らない場合は、牛乳にレモン汁を入れてしばらく置いたものを代用品に。

カントリーハム・ビスケットは、アメリカ南部の食遺産

リビングにはサディさんの絵が飾られている。「私にとって家族はアイデンティティーの素。クリエーティブで寛容であることを学びました」。

■カントリーハム・ビスケット

・材料(約12~13個分)

カントリーハム 適量
小麦粉 2カップ
砂糖 小さじ1
ベーキングパウダー 大さじ1
塩 小さじ1
無塩バター 大さじ8
バターミルク(または牛乳) 3/4カップ(生地の柔らかさを見ながら要調整)

・作り方
 カントリーハムをキャストアイアンのフライパンでカリカリになるまで焼く。オーブンを220度で予熱する。
 ふるった小麦粉、砂糖、ベーキングパウダー、塩を混ぜる。冷たく冷やしたバターを豆粒大にちぎりながら加える。
 手でバターと粉類をなじませるように混ぜたら、バターミルクをゆっくり注ぐ。こねないように混ぜ合わせ、ひとつにまとめる。
 打ち粉をした上にの生地を広げ、3~5㎝の厚みに伸ばす。型で丸く抜いたら、熱してバター(分量外)をしいたキャストアイアンのフライパンに並べる。このとき隙間ができないよう密着して並べると、ビスケットが縦に膨らむ。
 フライパンごとオーブンに入れ、約12分焼く。途中、ビスケットの表面に溶き卵を塗ると、きつね色の香ばしい仕上がりに。
 焼き上がったビスケットを横半分に割り、カントリーハムを挟んで食べる。

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おわり。
次回は11月の公開予定です。

クリスマスの甘いしあわせ。デーツのクッキー

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