パリの外国ごはん

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

野菜炒めを組み合わせて食堂ごはん風に(写真・川村明子=以下同)

パリ在住のフードライター・川村明子さんと、料理人の室田万央里さんが気になるレストランを旅する連載「パリの外国ごはん」。今回は、川村さんがこれまで訪ねた中でも特にその後が気になる、また訪ねたいお店を歩く《ふたたび。》編です。なぜ、ふたたびなのか。読むうちに、パリならではの食の旅がふたたび、始まります。
    ◇
連載「パリの外国ごはん」を始めて2年半が経った。訪れた店は55軒。続けるうちに、これまで何度も通っていた道でも、目に入っていなかった間口の小さな外国料理の店が目につくようになった。それで、始めたばかりの頃よりも、行きたい店が増えている気がしている。

「あれ? こんなお店、あったっけ?」と見つけた時の楽しさに、暮らしている街ながら、旅をしているような気持ちになるものだから、私たちの探索はとどまる気配がない。

けれど、一方で、募っていく別の思いがあった。「またすぐにでも行きたい!」「通いたい!」と思う店を見つけても、再訪する機会がなかなか作れない。そのフラストレーションが、危機感にも似た気持ちに変わったいちばん大きなきっかけは、連載の第1回でご紹介したモーリシャス料理の食堂が、知らぬ間に無くなっていたことだ。

昨年の暮れだった。それまでも店のある通りを歩くときには、いつも気にかけていたのだが、2カ月くらいだろうか、通っていなかったのだと思う。気づいたら、なかった。閉店した、その状態も見ていない。番地を覚えていなかった私は、確かめたくて、その通りを3往復したけれど、もうどこにあったかが思い出せなかったし、おそらくすでに他の店になっていて、印象的だった赤いファサードは跡形もなく消えていた。

あの、休憩時間に椅子を並べて横になり休んでいたお父さんはどこに行ったのだろうなぁ、と昼の営業後に少し話を聞きたくて訪れた時の光景を思い出し、再訪しないままになってしまったことを強く後悔した。

悶々(もんもん)とした思いを抱えたまま過ごすこと数カ月。ひとりよがりな責任感も自分でうまく処理できず、紹介した店のその後の経過を知りたい気持ちが高まった。もし変化が訪れた店があったなら、それもちゃんと伝えたい。それで、この連載の中で、店のその後を改めて訪ね歩きたいと思い至った。

そんなわけで、3月から開始した「パリの外国ごはん そのあとで。」の派生バージョン、「パリの外国ごはん ふたたび。」を今日から始めたいと思います。

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

庇(ひさし)が新しくなっていた

さて。
では、まず最初に、どの店を“ふたたび”訪れたいか。
今のパリは、商店の入れ替わりが激しい。飲食店が軒を連ねる人気のエリア(モーリシャス食堂はまさにそんな場所にあった)や繁華街は、新しい店にどんどん替わっていく。
これまでに紹介した全店のリストを眺めながら、それぞれの店を頭に浮かべ、「あの場所から店があるときなくなっていたらしばらく立ち尽くすだろうな」とその状況をまざまざと思い描いたのは、パリ市庁舎近くにあるベトナム総菜店のミン・ショウだった。

私が知る中で、最も古くから続く家族経営の外国料理店の1軒。パリで暮らし始めた当初、ベトナム料理というのはフランスの植民地の歴史を感じる最たるうちの一つで、中華やイタリアンを食べるのとは全く異なる感情を持ったものだ。何軒かよく行っていた店では、私よりも前から通っていた知人に、「この店のお父さんはベトナムからの移民としては第一世代なんだよ」などと聞いたものだった。しかしそれらの店のどれもがいつの間にかオーナーが変わり、店の趣を変えていった。店が長く続いている事実は、その移民家族が変わらず元気にフランスで生活している証しのように思う。

メトロ「オテル・ド・ヴィル」駅で降り、デパート「BHV」の脇を抜けて、店のあるヴェルリー通りに折れるも、ミン・ショウはすぐには見えない。通りの中ほどで、カクッと道が曲がって(へこんで)いて、ミン・ショウはその奥まったところにある。

大丈夫、きっとある、と思いつつも、少しドキドキした。こう確かめるような気持ちになるのは何も今回が初めてではない。この連載で書いた後も、何度か揚げ春巻きを買いに立ち寄った。だから、度々店の存続を目の当たりにしてはいる。それでも、今日もまだあって欲しい、という気持ちが先に立ち、かすかな不安がよぎった。

今回も、あった。
その姿を認めて、ホッとした。20年近く前もすでにミン・ショウは辺りの風景になじんでいた。私にとって、ずっとそこにあって当たり前の店だ。でも、庇が真新しく、店名のフォントもなんだかモダンになっている。途端に、もしや夏のバカンスを機にオーナーが変わったのだろうか、という疑念が頭をもたげた。

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

窓越しに最も目立つ存在の揚げ春巻き

店に近づいてショーウィンドーをのぞく。おかず類の入った深さのあるステンレスのバットが並び、目にすれば食べたくなる揚げ春巻きは、いつもの位置に置かれていた。変わらずに、20センチ近くありそうな特大サイズの、バリッとした香ばしい食感をすぐさまに思い出させる様相で、もうお昼のピークはとっくに過ぎているのにまだまだ買っていく人がいるのだろうなと感じさせる数が、用意されていた。

店に入ると、看板娘の3代目がいなかった。別の女性が1人で、注文を取り、料理をよそって運び、会計をしている。たまに奥の洗い場にも行き皿洗いもしている。でも、持ってきてくれたメニューは、デザインも料理のラインナップも前と全く同じだ。ただ値段だけがほんの少し(50サンチームずつくらい)上がっていた。

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

メニュー

もう14時40分で、普通の店なら、ランチタイムもほぼ終わり、お客が引けて店内は空席の方が多くなる時間帯だろうが、ミン・ショウは、ほぼ満席だった。ひとり客が大半ゆえに、空いている席は、あるにはある。でもテーブルは埋まっている。

1卓だけ空いていたので、そこに座った。店に漂う空気には、若干の気だるさを伴うゆるさがあり、それも相変わらずだ。外はすでに肌寒いというのに、生ぬるい温度さえイメージできるような自然と肩の力が抜けるアジアの空気。目と鼻の先に、パリ市庁舎の豪奢(ごうしゃ)な建物が構えてることなど、この店にいたら想像もつかない。

揚げ春巻きはテイクアウトすることにして、生春巻きを頼もうかとも思ったけれど、やはり目の前にあるとその場で食べたくなり、前菜は揚げ春巻きを取ることにした。

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

堂々たる姿の揚げ春巻きは、コショウが効いている

メインは、鶏のレモングラス風味と迷った結果、鶏肉よりも豚の気分な気がして、豚肉のコショウ風味に決めた。それに、白ごはんと野菜炒め。
春巻きは、やはり、なじみの味だった。皮はパリッ、ではなくて、バリッと力強く揚がり、春雨とひき肉がギュギュギュッと詰まっている。見た目どおりだ。

だけれど、私が春巻きを食べている間に用意されていた、他のお客さんに出す料理を、皿に盛ってから電子レンジで温めている音が聞こえた。前に話を聞いた時には、「温めない」と言っていたのだ。店内奥の左手にある、現役とはにわかに信じがたい、心もとないらせん階段を上ると2階に厨房(ちゅうぼう)があり、そこで全部作っているから、店には作りたてが並ぶ。それを、そのまま皿によそって出す。

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

窓際に並ぶおかず

そのことを聞いて私は、アツアツではない料理に納得がいったのだった。思い出した。あぁぁ、やはりオーナーが変わったのかもしれない。と思いながら、周りを見渡した。それにしてもお客さんの作る雰囲気は以前と変わっていない。半ば感心しつつ、残りの春巻きを頬張ると、階段の上からバットを持って降りてきた人がいた。あれ? 彼女だ!
「私はお母さんから料理を教えてもらったけれど、お母さんはおばあちゃんから教わったから、レシピはおばあちゃんのものよ!」と言った彼女が、今日は営業中も厨房にいたのか。途端に安心した。

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

キャベツ、白菜、人参、セロリ、ネギ、コリアンダーがシャキッと

彼女はすぐにまた2階に戻っていき、私の頼んだ料理は、来た時から店頭にいたもう1人の彼女によってやはり電子レンジで温められて、出てきた。でも、野菜炒めは温め直されていなくて、ややぬるい温度で、前と同じように歯ごたえがあり、塩気の優しい味付けだった。

この日、初めて頼んだ豚肉のコショウ風味は、ゴロゴロと大きめに切った肉でさっぱりした塩コショウ味を想定していたら、豚肉は薄切り肉が一口大に切られ、甘みのあるしょうゆベースの味付けで、粒コショウがたまに存在をアピールしていた。

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

お弁当のおかずに良さそうな豚肉のコショウ風味

この店は、味が甘じょうゆだとしても、街中でたくさん見かける中華総菜店のようにとろみがついておらず、さらっとしている。そこがなんだか、祖母が作ってくれた煮物を思い起こさせる。この豚肉のコショウ風味も、もっと細かく刻んで煮汁を切ってご飯に混ぜ、おにぎりにしたらおいしそうだ。和のおかずだと山椒と思うけれど、今度、代わりに粒コショウで煮付けを作ってみようと思った。

私が食べ終わる頃には、もうお客さんは他に1人で、3代目の彼女も下に降りてきて片付けを始めていた。それで少し話をした。名前を訊ねたら、「みんな、マダム・ミン・ショウと呼ぶけれど…… 私の名前はデルフィーヌ」と言った。「ミン・ショウというのはベトナム名?」と聞くと「いや、ミン・ショウは私の名前とは関係なくて、前のお店の店名をそのまま引き継いだの」と言う。なんと。今の店は彼女の祖父母が50年前に買い取って始めた。ところが、その前からこの場所は「ミン・ショウ」の名でベトナム料理店だったそうだ。実際の年月は分からないが、この場所が「ミン・ショウ」として存在するのは、私が思っていた50年よりも長いことが判明した。

《パリの外国ごはん ふたたび。》まだあった! バリッと力強い揚げ春巻きに歴史が香るベトナム総菜店/Minh Chau

祖父母が始めた店を母から受け継いだ3代目、デルフィーヌさん

パリは、昔からある店がどんどんなくなっているし、特にこの辺りは値段(家賃)が高騰して年々厳しくなっているけれど、まだ続けられるうちは続けたい。豚肉のコショウ風味がたっぷり入った鍋を置きながら、彼女はおおらかに、そしてたくましく、そう言った。

Minh Chau(ミン・ショウ)
10, rue de la Verrerie 75004 Paris
01 42 71 13 30

PROFILE

  • 川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
    noteで定期講読マガジン「パリの風と鐘の音と。」始めました!

  • 室田万央里

    無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
    17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
    モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
    イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
    野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
    Instagram @maorimurota

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