店でも家でも、器でおいしく

<6>食材の魅力を後押しする、日本人作家の器/シンシア

料理やデザートのおいしさを演出するなら、器にもこだわりたい。連載「店でも家でも、器でおいしく」では、“食の目利きたち”が敬愛する、器づかいがステキな人やお店をご紹介します。

食べ手を楽しませるために、器は欠かせないもの

今回の推薦者 … 植野広生さん(雑誌『dancyu』の編集長)
紹介される店 … フレンチレストラン「sincere(シンシア)」

食いしん坊のための食雑誌『dancyu』の編集長・植野広生さんが推薦するのは、東京・北参道にある「シンシア」。かつて東京・渋谷区松濤にあったレストラン「バカール」のシェフ・石井真介さんが、2016年4月にオーナーシェフとしてオープンしたフレンチレストランです。
「シンシアの器づかいは、料理と同様、食べ手をいかにおいしく楽しませるか、という精神に満ちあふれています。また、ベースはフレンチなのですが、和洋中といったカテゴライズを超越した“おいしい器”を選んでいるのが印象的です」と、植野さんが絶賛する“おいしい器”とは?

<6>食材の魅力を後押しする、日本人作家の器/シンシア

東京メトロ副都心線・北参道駅近くにあるフレンチレストラン「シンシア」。日本ならではの食材や斬新なアイデアを取り入れた、石井さんの遊び心あふれる料理やデザートが評判

地下1階にある「シンシア」は隠れ家のような雰囲気がありながら、広々とした吹き抜けのテラスに太陽の光が差し込み、開放感のあるレストラン。店内中央のカウンターを挟んで客席とオープンキッチンがレイアウトされ、客席はキッチンに向いています。それは、シェフやスタッフの手を動かす様子を間近に見て、ライブ感を楽しんでもらえるように。オーナーシェフ、石井真介さんのおもてなしの一つです。

シンシアのコンセプト「やや重厚感のある、大人が遊べる空間」が表すように、床材の石、真鍮(しんちゅう)のモダンなシャンデリア、客席の奥に掲げられた枯れ木や枝が“深い森”を思わせる空間を創り上げています。「レストラン界では、世界的に自然に準じる流れがある。クラシックでありながら、日本の景色を表す世界観を大事にしました」と石井さん。

石井さんの世界観を創り上げるのはインテリアだけでなく、器も大切な要素の一つ。昔はフランス製の器を使っていましたが、今ではほとんどが日本の陶器メーカーや作家の手によるものだそう。

「自分の思い描く世界観を大事にしたいから、料理の見え方までも変えてしまう器はとても大事です。ここには私の好きな皿があります。器なしで自分の表現をすることは難しいです」

食べ手をいかに楽しませるかという石井さんらしさを象徴する料理が、たい焼きの形をしたパイがサーブされる「魚のパイ包み」。それに使われているのが、佐賀・有田焼の『カマチ陶舗』のディナー皿です。
「素焼きの器は弱いですが、この皿は釉薬(ゆうやく)がしっかりと掛けられ、ナイフ、フォークを使っても問題のない強度を実現しています。洋食向きのお皿です」と石井さん。

<6>食材の魅力を後押しする、日本人作家の器/シンシア

石井さんの代名詞ともいえる「魚のパイ包み」に使われる、佐賀・有田焼の「カマチ陶舗」のディナー皿。クシャクシャにした紙に釉薬をつけて皿に掛けることで、独特のニュアンスが生まれる

自然回帰する空間の中で味わう、日本の食材や文化

シンシアをオープンして4年。徐々に陶器メーカーから作家ものへとシフトし、少しずつ買い足しながら器を大事に使っている石井さんは、ギャラリーで気に入ったものを見つけたり、知人が紹介してくれたり、また自分でも全国の作家を調べたりして、自分の世界観を創り上げる器を探し求めています。

深い緑や土、石、自然の景色に通ずる世界観の表現は「世界のベスト・レストラン50」の首位に4度も輝いたデンマークの「Noma(ノーマ)」の流れから始まり、世界中で広がっています。石井さんも日本の自然をイメージし、食材もフォアグラを除いてはほとんど日本産を使っているそう。

「10年、20年前まではそうではなかったのですが、国産の素晴らしい肉、野菜が入手できるようになり、日本の文化を取り入れたいと思うようになりました。昔はフランスに憧れていたけれど、食材や食器をわざわざ輸入する必要があるのかと自問するようになりました」。

<6>食材の魅力を後押しする、日本人作家の器/シンシア

店内にあるお気に入りの作家の器を手に取り、一つひとつの器について丁寧に説明をする石井さん。器への情熱が伝わってくる

石井さんの師匠たちは、フランス料理がまだ知られていない日本に本物を根付かせました。今やフランス料理は日本ならではのものに進化し、日本らしい表現がされた逸品に本場フランス人も感動するほどに。そんな時代の変化も受けて、日本の食材を使った日本らしいフレンチに、日本の器も欠かせなくなっているのです。

自然からの恵みを最大限にプレゼンテーションするために

雑誌『dancyu』の編集長・植野広生さんがオススメする料理と器は、ボタンエビを使った夏のメニューで使われている赤い平皿。実は立ち上がりのある平皿ですが石井さんはあえて裏返し、プレートとして使っています。これは、東京・表参道にある「うつわ謙心」で出会った神奈川・鎌倉在住の作家・岡崎慧佑さんによるもの。色合いも真っ赤ではなく、石のような有機的なニュアンスのある皿です。

「エビと相性の良いトマトの透明エキス(トマトウォーター)で作るムースは、味はしっかりトマト味ですが、色は白くなってしまいます。そこで、赤みを帯びた皿は、トマトを視覚的に想起させる役割もあるんです」。夏の訪れとともに登場するメニューで、本来はシマエビを使っているそう。

<6>食材の魅力を後押しする、日本人作家の器/シンシア

以前は溶岩の皿に盛り付けていたが、今年からはこの赤い皿に。透明感のあるエビの赤が、皿の赤色とマッチしてより引き立てられる

北海道から直送されるエビは、水揚げされてから何日も経過しているものとはまるで違う。直前まで生きていたことを知って欲しく、尾と頭も盛り付けの大事な一部としています。そのエビの美しさを生かすには、この赤い皿がなくてはならないものなのです。

器が次々と登場するエンターテインメント

食べる人が楽しいと感じる時間を大切にするため、シンシアでは前菜からデザートまでのコース料理のなかで11種類ものメニューが登場します。前菜としてのフィンガーフードでは5種類の料理がサーブされますが、その一つひとつに石井さんの世界観がしっかりと表現されています。

例えば、卵のフォルムを想起させる片口は、岐阜の松永圭太さんのもの。うずら豆やうずらの卵を中に敷いたものが器になり、その上にフィンガーフードが盛り付けられます。また、スープ皿として作られた神奈川・小田原の遠藤岳さんの器に、アユの料理を盛り付けることも。
「日本のフレンチとして、フランスでは使わないアユを使います。そこで和食器を使うことで日本らしく仕立てることができ、料理と器が一体となってまとまるんです」

<6>食材の魅力を後押しする、日本人作家の器/シンシア

岐阜の松永圭太さんの器。卵のようなフォルムからインスピレーションを得て、シンシアではうずらの卵とうずら豆を敷き詰めた上にフィンガーフードを供している

<6>食材の魅力を後押しする、日本人作家の器/シンシア

アユを盛り付けるのに使用する、神奈川・小田原の遠藤岳さんの器。深さもありながら、口が広いので、石井さんの自由な発想でスープ以外の用途に使われている

<6>食材の魅力を後押しする、日本人作家の器/シンシア

デザート前の一口サイズのデザートアヴァンデセールには、京都・清水焼などの天目茶わんを使い、抹茶のデザートをサーブすることも。高価な茶わんのため、金継ぎをして大切に使っている

シェフになって24年。石井さんは、市場の食材の種類や量、価格が変化していることから、資源の大切さを伝えていきたい気持ちが強くなっているといいます。
「海や山など、自然を大事にしないと、いい食材はこの先なくなってしまう可能性があります。東京でレストランをやる意味は、発信力があること。表現することでその大切さを伝えていきたいし、器もその発信のための表現の一つと捉えています」

<店舗情報>
住所 東京都渋谷区千駄ヶ谷3-7-13 原宿東急アパートメントB1
電話番号 03-6804-2006
営業時間 18:00~23:00(L.O.20:30)
定休日 日曜、第1・3・5月曜

今回の推薦者
植野広生(うえの・こうせい)

雑誌『dancyu』編集長。1962年栃木県生まれ。法政大学法学部に入学。上京後すぐに、銀座のグランドキャバレー「モンテカルロ」で黒服のアルバイトを始める。その後、うなぎ屋や珈琲屋など多数の飲食店などでアルバイトを経験。卒業後は新聞記者や、経済誌の編集担当などを経て、2001年雑誌『dancyu』を発行するプレジデント社に入社、2017年4月に編集長に就任。

(文・久保田真理 写真・齋藤暁経)

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<7>料理やスイーツを洗練された可愛さに仕上げる、「ミナ ペルホネン」の器/家と庭

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