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大人の甘い切なさを、もう一度『多田尋子小説集 体温』

大人の甘い切なさを、もう一度『多田尋子小説集 体温』

撮影/馬場磨貴

どの話も、終(しま)いとわかりながらも次のページをめくってしまった。表現がうまくできないが、目頭と胸のあたりが上皮をつかまれたようにギュッとなる。続きが読みたいと思う自分にやましさを覚えるほどに、なんて美しく幕を閉じられた小説だろう。この本が復刊されたことに心から感謝した。

3作品の3人の女性たち。それぞれの恋愛のうしろに、彼女たちの人生が当然のことながら大きくある。細かな部分には時代独特のものがあるだろうが、彼女たちは現代にもあり得る状況を生きてきた、実際に存在するであろう女性たちだ。ただ、やはり携帯電話が無い時代は、距離と時間で懇切丁寧に互いの気持ちを育てることが出来たのだなと、少しジリジリしながら読んだ。

「秘密」は、親と兄との血縁が無いと分かり、つらい運命(さだめ)を背負ってしまった女性が主人公。兄への悲恋、同僚への恋心を抑え込み年を重ねていく理由は、何ともうら悲しい。文中に出てくる秘密のメモのやりとりは、やはり現代では出せない情緒があり、2人の関係も何かとメモのスピード感で進む。愛情がそこにあるからこそのしんどさ、それを抱えてきた芯のある彼女の背中を、最後の1ページで思わず押したくなった。

「体温」は、やはりこの本のタイトルともなっているだけに切なく、でもどこか良い読後感であった。30代半ばにして夫に先立たれた女性。わずか5年で突然終わってしまった結婚生活は、お見合いで出会った夫に愛情をもっていたのか分からないままだった。

世話をしてくれる夫の元同僚と心を通わせ、女として開花し始める。母でもある女性とその娘、下宿の女子学生2人。それぞれの個性が織り成す人間模様は、昭和時代ならではのふすま1枚で隔てた生活空間に、ギリギリのプライバシーを感じ、温かい。一つ屋根の下で暮らした夫婦であっても、5年間という年月だけでは語れないことを思わされる。

初めて感じる喜び、かなしみ

最後の「単身者たち」は、いちばん好きな作品だ。「生娘」とは言えない年ほどの女性が初めて異性に感じる喜び、かなしみが実にいとおしく描かれ、涙がにじむ。彼女をそんな風にした母親に情けなさを覚えたが、それをも超越する家族のぬくもりがある。

好きになった要因のもう一つが、その母親が彼女に植え付けてしまった、人と人との「間」だ。普通は好きな人との距離を縮めたいと思うことが自然だが、それをしないことの方が、心地よく一緒に居られる関係性。いなくなってほしくないが、近づきすぎてもほしくない感じ。自分に全てが通じている訳ではないが、なぜだかかみ分けることができた。また、どの作品にも描かれた優しい男たちの表情も、心に残った。

3作品どれにも共通している背景が、家族である。親子、もとは他人だった夫婦、血縁はないが一緒に育った兄弟とその親。人として育ち過ごす環境の中で、その家族から受ける影響は計り知れない。男女の関係の中に存在し、様々な生き方をする女性たち。決して派手ではない表現の中に、彼女たちの品位と強さを感じ、僭越(せんえつ)ながら著者の多田尋子さんを重ねた。

大人の甘い切なさを、もう一度『多田尋子小説集 体温』

『多田尋子小説集 体温』多田尋子 著 書肆汽水域 1800円(税抜き)

幸運にも、今回多田さんのほかの作品にも出会うことができ、何作か拝読した。どの作品にも今の時代に通ずる色んな要素が含まれている。毒親、ストーカー、不倫、シンママ(シングルマザー)、LGBT、不妊など。無論、これらの言葉は使われておらず、いまのニュアンスとは違うものもあるかもしれない。それでも、著者は当時からそれをすくい取り、機微を描いたのではないだろうか。

多田さんは、6度も芥川賞最終候補に残っている方である。ものを書くということは、何かを生み出すということ。書籍になり得る小説やエッセーともなれば出産に近い作業である、といつも思っている。著者はまさに戦後を生き、ご家族を持たれ、子育てが一段落した頃に執筆を始められたと伺っている。人生の中でその時(タイミング)に書かれた作品集なのだと、欠片(かけら)ほどであるが私なりに納得した気がした。

欲がなく美しい、かつ憂いを帯びた作品を、多くの方に読んでいただきたい。いつの時代も変わることのない、大人の甘い切なさを思い出すために。

(文・岩佐 さかえ)

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