5分間の物語。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

長く感じたり、短く感じたり、「5分間」という時間の流れは人によってとらえ方が様々。では、その道の専門家が感じる5分間とは……。人間の感覚を表現する五感とともに、印象的な5分間をふりかえる。

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「多くの人に感動いただけるようなものをつくりたいと思いました」

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの聖火リレートーチをデザインした吉岡徳仁さんは、制作の動機をそう話した。これまでに数多の世界的なデザイン賞を受賞してきた彼は、そのモチーフに日本の象徴的な花、桜を選んだ。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まったのは2013年。その2年前に東日本大震災が起こり、吉岡さんは被災地の小学校を訪れ、子供達と一緒に絵を描いた。その時から、「被災地の方々が元気になれるようなものをつくれたら」と思っていたと言う。

「桜が開花すると、国中が沸き、温かい気持ちになりますよね。そんな聖火リレーになるようなトーチにしたくて、桜のアイデアに至りました」

「形だけのデザインには魅力を感じない」と語る彼は、「トーチの形をデザインするのではなく、炎そのものをデザインしたかった」と続ける。これまでにも自然や光を表現してきた吉岡さんらしい試みと言える。ただそのぶん、物事は容易に進まなかった。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

「革新的なものをつくるには、すごく時間がかかります。人が持って走るトーチは軽くなければいけないので、素材のアルミニウムを薄くしたうえで強度も必要。それを実現させるために、桜の形状そのものをひとつの構造物にして、それを削っていけばトーチになると考えました。ただ、原理的にはできると思っていても、実際には誰もつくったことがない。職人さんたちと一緒に、できるかどうかわからないものを試しながら作るところから始めました」

東日本大震災の仮設住宅に使われたアルミニウムの廃材を再利用し、押出成形という技術を用いることにしたものの、最初はなかなかうまくいかなかったという。2015年に動き出したプロジェクトは、何度も試行錯誤を重ね、今年になってようやく完成をみた。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

「トーチをデザインするのは初めてでしたので、研究をしながら、本当に革新的で、歴史を超えられるものとは何なのかを考えました」

出来上がったトーチは、オリンピックとパラリンピック用に、二種類の色が用意されている。風がトーチの中でトルネードを起こし、花びらから現れる5つの炎が、最後にひとつになる──世界がひとつになるイメージだ。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

©Tokyo 2020

多面体の複雑な造形にした理由は、「聖火ランナーが走ったときに太陽の光を浴びて、輝きをはなつものにしたかったからです。聖火ランナーが遠く離れたところからも、すごく光っていて、心を揺さぶるようなもの……。トーチも炎も輝き、見ている人の心が高揚するものになればと思います」

デザイン、建築、現代美術の領域で縦横無尽に活躍し、またひとつ傑作を生み出した吉岡さん。その創造性の源となる五感と、5分間にまつわる話を聞いた。

【視覚】
視覚的なものを超える何かをつくりたい。僕はいつもそう考えています。デザインの仕事というと、形を作る仕事というイメージになりがちですが、ある時、そうではないと気づいて。あえて形で表現せずに、ときには風や香りだけで空間をつくったり。つまり、人間が感じるすべての感覚をデザインしたいと思っています。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

自分がつくったもので、たくさんの方に感動してもらいたいし、自分も感動したい。でも感動するときって、視覚だけによるものではないことが多いと思います。人間が感じる全ての要素を超えている。なぜそれに感動するのか分からないとか、ルールがないところに面白さがありますね。

見たものが作品に直接反映されることは、ありません。過去の体験や記憶が自分のなかに残っていて、何かの拍子に化学変化を起こして、ぼんやりとしたイメージになってくるんです。もわもわっとしたエネルギーのようでもあります。そこから、常識を超える何かをつくっていきたい、といつも思っています。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

ただきれいなものを見ても、あまり響かないんですよね。自然を体験するのが好きなのですが、ただ美しい景色というよりも、雄大な滝を近くで見たりする方が、心は動かされます。それから、炎の美しさはわかっているつもりですが、やはり見とれることはありますね。
炎の光や月の光など、光に対しては、他の人よりも見ていると思います。

【触覚】
椅子をデザインするようになってから、人間の感覚をすごく考えるようになりました。触覚を含め、体全体から感じるもの。それが僕のデザインの要素になっています。

素材は、本物の質感があるものが好きです。今回のトーチをアルミニウムにしたのも、金属の本物感が好きというのがひとつ。あとは、紙や布にも本物感がありますよね。ただ僕は自然が好きなので、作品にあまりたくさん木を使うことはしないです。大きな木を切ったりすることは、絶対にしません。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

このトーチをつくる時も、人が握る、摑むということを考えました。当初は、丸いものが摑みやすいのかなと考えていましたが、色々と試行錯誤するなかで、この形が握りやすいということを発見しました。桜の造形が成すくぼみによって、手が小さいひとでもしっかり摑めるものになったと思います。

【味覚】
味覚が制作に影響することはないです。食に対するこだわりも、ない方だと思います。その時に食べたいものを食べる。というイメージですね。

【聴覚】
インスタレーションなどに用いる音について言葉で説明するのは難しいのですが、やはり自分の中に何かがあるのだと思います。心に響くものでありながら、環境を表現し、作品と一体になるようなものが好きです。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

【嗅覚(きゅうかく)】
以前、香りだけでインスタレーションをしたことがあります。フランスのカルティエに展覧会のための香水をつくっていただいて、その香りを体験する空間をデザインしました。

テーマは「香りから生み出される歴史と記憶」でした。香りは人の記憶とリンクすることがあると思います。香りで記憶がよみがえるようなインスタレーションをつくりたいと考えていました。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

【5分間】
人が感動するのには、5分も必要ないんですよね。だいたい瞬間的に心が動かされていると思います。ものづくりをするうえでも、僕はあまり長いプレゼンテーションはしないです。それこそ5分でも、すべてを感じることはできると思うので。

日々のなかで5分間空いたら、できるだけリラックスして、作品のことを考える時間にしたいですね。

東京2020 聖火リレートーチ デザイナー・吉岡徳仁さんの五感と5分間。「人が感動するのには、5分も必要ない」

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常に人間の感覚を中心にものづくりを続ける吉岡さんは、トップクラスのデザイナー、アーティストとして、「人間と社会にとって、現在、そして未来に何が必要なのか。何を残すべきなのか」を考えながら制作を続けている。「常識を越えるものが好き。今までにみたことがないとてつもないものこそ、感動につながる部分だと考えています」。その思いと創造性、技術の結晶が、来年、桜の聖火リレートーチとなって日本中を駆け抜ける。

(取材・文/井川洋一、写真/安藤誠)

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