東京の台所

<198>初めての祖母との同居は荒れ狂う波のごとく

〈住人プロフィール〉
会社員・31歳(女性)
戸建て・5LDK+地下室・総武線 東中野駅(中野区)
入居5カ月・築年数41年・祖母(88歳)、叔母(54歳・教職員)、弟(21歳・大学生)との4人暮らし

    ◇

 留学先のイギリスで知り合った男性と交際し、一緒に帰国。5年間同棲(どうせい)した後、様々な行き違いで別れを選択することに。それが今年3月で、取材中も時々涙ぐむ彼女から、いまだ傷が癒えていないのを察した。31歳。トータルの交際歴は7年半。心に空いた穴は、そう簡単に埋まるまい。

 2人暮らしたマンションを引き払うことになり、彼女は途方に暮れた。実家は栃木で遠く、先立つものもない。そこで、新しい住まいが見つかるまで、中野の祖母宅に身を寄せることにした。

 国内外を渡り歩き87歳まで働いていた祖父(2018年没)が41年前に建てた家は、部屋が五つ。すでに大学生の弟と叔母が同居していた。祖父の介護のために時折寝泊まりしていた独身の叔母は、昨年より祖父亡き後も残された祖母のことを案じ、そのまま実家で暮らし続けていた。

 つまり、互いに予想もしなかった少々変わった顔ぶれとの同居生活が、突然始まったのである。
「祖母とも叔母とも同居は初めて。11歳下の弟とも、私が留学していたこともあり実家で暮らした期間が短く、とても新鮮な気持ちでした」
 幼い頃から本好き同士、気の合う叔母はハードワーカーで、4人がそろうのは土日の夜だけだそう。

 平日の料理は個々で。週末は叔母が担当。声が大きく、背筋がピンとした祖母は見るからに元気そうで矍鑠(かくしゃく)としている。庭の薔薇(ばら)の手入れは祖母が担い、今年も見事に咲かせたらしい。

 世代の違う女3人と男ひとり。いかにも楽しそうだが、身内といえども、性格も価値観も生活のペースもみな違う。ましてや個が確立した30代を過ぎてからでは、どれほど親しい仲でも、齟齬(そご)をきたしやすい。彼女はとくに、口達者でマイペースな祖母とぶつかることが多いという。

 最初は些細(ささい)なことだ。
 オーブントースターが古すぎて、10分経ってもパンが焼けなかった。

「おばあちゃん、これ壊れてるよ」
「壊れてないわよ。まだ使える」
「むりだよ。10分かかっても焼けないじゃん」
 祖母は「絶対使える」の一点張りで、譲らない。

 彼女は、自分が持っていたトースターを「私ので試してみれば壊れているのがわかるよ」と、ほぼ強制的に交換した。
「ほんとだ、たしかに早く焼けるわ」と当初は納得していた祖母は、その後、ちょっとした言い合いの折に、爆発した。
「あなたは古いものはどんどん変えようと思ってるかもしれないけど、私はそういう気にはならないし、トースターも替える必要はなかったんだよ」

 良かれと思ってやった彼女は衝撃を受けた。だったらそのときに言ってほしかった、と。だが後に、祖母の心の内を知る。
「祖母は私の母との電話で“祖父と60年間生活した空間を変えたくないから、なかなか捨てられなかった”と話したそうです。知っていれば交換しなかったのに……」

 失恋した直後の彼女に、祖母はことあるごとに「なんで別れたの?」「早く気持ちを切り替えて立ち直りなさい」と言った。
「喪失感でいっぱいの私は、最初はそれがきつかった。どこかで鬱陶(うっとう)しさすら感じていました。でも、私は自分しか見えてなかったのかもしれないと気づいのたです」

 祖母は昨年、夫を亡くしたばかり。夫の会社を手伝っていたので、公私ともに二人三脚でやってきたパートナーでもあった。彼女は、捨てられなかったトースターの話を聞いて、はっとした。
「祖母は、祖父との別れをまだ受け入れられていないのかもしれない。だとすれば、早く気持ちを切り替えてという言葉は、祖母が自分自身に向けて言った言葉なのかもしれません」

 とはいえ理屈ではわかるが、面と向かうと感情が先走り、つい言わなくてもいいことを言ってしまうのが家族というもの。いまも小さな口喧嘩(げんか)はままあるらしい。

「せっかく買ってきたお菓子をこんなのおいしいの?とバッサリ切られたり。自分とは違うことや理解できないことは時代のせいね、と片付けたり。外食しているときにマイペースにされすぎると、ついイラッとしちゃうんです」

 きっと祖母からしたら、孫はいつまでもかわいい小さな子どものようなもの。海外で自活した孫からしたら、ひとりの大人としてもう少しだけ尊重してほしいと息苦しく思うのも。どちらも珍しくないことで、よく理解できる。

 取材をじっと聞いていた叔母が、ふっとつぶやいた。
「でも姪(めい)はつい先日、ぽつりと“うちのおじいちゃんとおばあちゃんって、私たちの周りで一番うまくいっているカップルだよね”って言ったんです。本当にそうだなって思いました。両親は最後まで本当に仲良かったですから」

 ちゃんと祖母の本質を理解している。それもまた家族だからこそ。
 さて、やっと家が見つかったので近々越すという。
 彼女なら、離れてしばらくしたらきっと言葉にして伝えられるだろう。頭でわかっていながら口にできなかったたくさんの、「ごめんね」と「ありがとう」を。

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    PROFILE

    大平一枝

    長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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