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まとうことで「私」は「私」になる。『言葉の服』

まとうことで「私」は「私」になる。『言葉の服』

撮影/猪俣博史

著者は、パートナーの関口真希子氏とともに、「日本の美意識が通底する新しい服の創造」をコンセプトとしたブランドmatohu(まとう)を2005年に設立した、服飾デザイナーの堀畑裕之氏。matohuの服はまず何といっても圧倒的にたたずまいが美しく、いわゆるトレンドとは異なる位相にある。単純な「和」とも違う、日本人のオリジン(根本)を突きつけるフォルムと色彩、テクスチャーをもち、無自覚には着られないような憧れの対象だ。

堀畑氏が朝日新聞でエッセーを連載し始めたとき、その文章のしなやかさと思考の鋭さのとりこになってしまった。服飾デザインの前には哲学の世界に身を置いていたという堀畑氏。思索の深い淵から発せられるコトバの数々は、それだけで詩編のようでもあり、やさしく哲学を説く“隣のお兄さん”的な視座も感じられて、掲載を楽しみにし、切り抜いて保存していた。本書は、紙面に掲載された文章を中心に編まれた「言葉」と「服」、そして日本という地に脈々と受け継がれてきた思考と美意識、作為のない豊饒(ほうじょう)さをめぐる考察エッセーである。

揺れ動き、移ろいながら

matohuというブランドが他と決定的に異なるのは、コレクションの発表前にまず「言葉」を届けることである。デザイナー自身が見つける「見立て」「やつし」「ふきよせ」「ほのか」といった「日本の美意識」を感じさせるたった一つの小さなワードは、そこからどんな服が紡がれるのか、様々な臆測を呼び、想像力をかき立てて期待を膨らませる。

本書は、主にそれらの「言葉」を見つけるヒントや、matohuの芯となっている考え方(哲学)を提示しながらも、一見ファッションとは無関係に生きている人にも多くのことを気づかせてくれる、人生論的な示唆に満ちている。

まとうことで「私」は「私」になる。『言葉の服』

『言葉の服』堀畑裕之 著 トランスビュー 2700円(税抜き)

日本古来の「かさね」や「無地」に見いだされる、豊かな自然から享受してきたアイデアや無限の美。土方歳三の「いき」や高村智恵子の「素(しろ)」、白洲正子の装いにあらわれる「おしゃれ」の本質。名もなき職人たちの手わざの偉大さ。そして、「服とは何か」「言葉とは何か」という問いから導かれる「私とは何か」「生きるとは何か」という、人間にとって根源的な主題。

中でも、「侘(わ)び寂(さ)び」や「幽玄」と対照をなす動的な「かざり」の美意識に、相反する概念を内包しながら成熟してきた日本文化の在りようを見抜き、私たち一人ひとりもまた「いつも静と動のはざまを揺れ動き、移ろいながら生きている」と喝破するくだりには、しびれてしまった。

服と言葉は似ている。語るなか、書くなかで私は私になっていく。服が人の振舞いを編むように、言葉が人の思考や感情を編んでいるんだと思います(「第六章 対話篇――哲学者 鷲田清一と京都を歩く」より)

「言葉」も「服」も、「私たちが毎日使う身近なもの」である。言い換えれば、日々生成され、更新される「私」の表層をなす大事な要素、まとうことで「私」を「私」たらしめる、重要なアイコンなのである。

そして、「言葉」も「服」をまとい、「服」も「言葉」を語る。だからタイトルは「言葉と服」ではなく、「言葉の服(言葉によってできている服/言葉自体が着る服、の意)」なのだ。何より、「言葉」と「服」を媒介する「私」について、あらためて考えさせられること必至である。

(文・八木 寧子)


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    湘南蔦屋書店・人文コンシェルジュ。新聞社、出版社勤務などを経て現在は書店勤務のかたわら文芸誌や書評紙に書評や文芸評論を執筆。ライターデビューは「週刊朝日」の「デキゴトロジー」。日本酒と活字とゴルフ番組をこよなく愛するオヤジ女子。趣味は謡曲。

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