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貫地谷しほりさん「考えることがやさしい社会への第一歩になる」

 
NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」では、朝ドラらしくないいじけた性格、ヘタレなヒロイン。今年前期の朝ドラ「なつぞら」では主人公のしっかり者の先輩。映画「くちづけ」ではピュアな心を持つ知的障がい者……。コメディーからシリアスな演技まで、抜群の演技力で見る者を魅了し続ける俳優・貫地谷しほりさん。

そんな彼女が新作映画「夕陽のあと」で挑戦したのは、孤独と貧困の果てに自身の子どもをネットカフェに置き去りにしてしまった母親役。どんな挑戦があったのか、話を聞いた。

貫地谷しほりさん「考えることがやさしい社会への第一歩になる」

© 2019 長島大陸映画実行委員会

映画の舞台は豊かな自然に囲まれた鹿児島県にある長島。1年前に島にやって来た茜(貫地谷)は、食堂で働きながら地域の子どもたちの成長を見守り続けていた。一方、ブリの養殖業を営む五月(山田真歩)と夫の優一(永井大)は、赤ん坊の頃から育ててきた7歳の里子・豊和(松原豊和)と正式な親子になるための特別養子縁組申請を控えていた。本当の母親になれる期待に胸を膨らませていた五月だったが、手続き寸前になって、行方不明だった豊和の生みの親が茜だったことが判明する……。

茜はパートナーから長年暴力を受け続け、貧困にあえぎ、生まれて間もない子をネットカフェに置き去りにして自殺を図ろうとした女性だ。だが、息子への愛情は決して失われることはなく、再び息子と暮らすために更生し、共に生活することを夢見て生き続ける。やっとの思いで息子の居場所を突き止め、息子を一目見たら島を出るつもりが、育ての親と幸せそうに育っていた息子を見て、「明日も会いたい。明日も会いたい」と島に居着いてしまう。

貫地谷しほりさん「考えることがやさしい社会への第一歩になる」

© 2019 長島大陸映画実行委員会

「一度失敗した母親は2度と子どもを抱きしめたらいけないの?」そんな茜の心からの叫びは見る者の心をギュッと掴(つか)む。この難役に挑戦した大きな理由を、貫地谷さんは「20代とは違う社会に対する向き合い方の変化がある」と話す。

「芸能界は場合によっては社会とかかわり合わずに生きていけてしまう世界。私は10代でデビューしているので、社会で常識だと言われていることを知らないでいるのではと思うことがたくさんあります」

「最初に読んだ脚本はもっと悲惨でした。男性からのバイオレンスシーンがあったり、赤ちゃんのオムツも買えず公園で拾ったオムツを履かせるシーンがあったり。30代になっていろんなニュースも見るようになり、こうしたことを含めて、女性の貧困という現実が世の中にたくさんあると知った時に、これはやらないといけないことなのかもしれないと思ったんです。それと同時に、やはり子どももいない私がやってもいいものか、すべてが想像になってしまうのでどうなんだろうという葛藤がありました。それでも『ぜひ』とお話をいただいたので、『これはやろう!』と決めました」

貫地谷しほりさん「考えることがやさしい社会への第一歩になる」

演技をするにあたって女性の貧困に関する本は読んだものの、茜と同じような立場の人に会って役作りをすることはなかった。大切にしたのは、自身が「考えること」だ。

「茜は本当に子どもを育てたかったけれど、孤独と貧困ゆえにそれを選択できずに手放してしまった。だからと言って、単に子を捨てた母親が悪いというように、白黒つける、善悪で決めることではなく、彼女はなぜそういう選択をしてしまったのかを考えることが、やさしい社会への第一歩になるのではないかとの思いがあります」

貧困やいじめ、差別の問題など様々な社会問題と同様に、まずどうしたら変わるんだろうと考えないと始まらないと貫地谷さんは言う。

「そもそも役者という仕事自体もそういうところがあるといいますか。自分が演じるキャラクターに全然共感できない、わからない。そんな時は考えてみないと仕事ができません。自分の中でも白黒決めずに、簡単に選択せずに、茜や茜を巡る問題について考えてみたかったというのがありました」

貫地谷しほりさん「考えることがやさしい社会への第一歩になる」

全編長島町でロケが行われた。映画のタイトルになっているように、何度となく登場する夕陽(ひ)が印象深い。

「撮影当時はわからなかったんですが、映画を見てすごく風景に助けられていた部分がたくさんあったんだなと思いました。長島は本当にきれいなところで、夕陽は美しすぎて怖いほどでした。『あぁ、美しさと残酷は紙一重なんだな』と思わされた。それこそ茜が豊和や五月の家族を見るときは美しい光景でありながらすごく悲しかったんです。すべて表裏一体なんだろうなと思いました」

愛する子どもを巡る2人の「母親」の葛藤を描きつつ、日本で進んでいる貧困問題に焦点を当て、映画は親子の関係を問いかける。この映画は俳優・貫地谷しほりに何をもたらしたのか。

「社会人・貫地谷しほり(笑)。最初にお話しましたが、社会と自分自身は切っても切り離せないのにスルーしていたところが20代の頃はありました。でも、社会の問題はやっぱり考えなきゃいけないし、考えることでいろんなことが1本につながると思う。撮影中は気持ち的にはずっと辛かったんですが、それをより濃く感じた時間でした」

貫地谷しほりさん「考えることがやさしい社会への第一歩になる」

20代までオファーされた仕事はほとんど受けてきた。がむしゃらな働きぶりに、ドラマのプロデューサーから「貫地谷さん、借金でもあるの?」と聞かれたこともあったほどだ。

「毎日楽しいし元気だからやっていたんですけど(笑)。ただ、いまは自分がやる意義などが見つからないとなかなか動けないですね。本当に心が動いていないのにやるのも失礼だと思うようになりました。これからの夢は本当に理想なんですけど、みんなが幸せな社会。そのために私が役者として何ができるかを考えます。今回の作品もそうです」

「映画『くちづけ』の時に、いろんな記者の方々が『なんであの結末なんだ!』と怒って取材に来られた。その時に、『こういうエネルギーが人を動かすんだ』とすごく感じました。私が演じた作品を見た方が『こんなことをしちゃダメだ』とか『こういう仕事をしよう』とか、何かを感じてもらえたら。私がそういう一端を担えたらすごく幸せだなと思います」

夫婦で気持ちよく過ごす秘訣(ひけつ)

今回、インタビューをしたのは、貫地谷さんが結婚を発表した少し前。アラサー女子として結婚を含めたキャリア形成を聞いた時は、こんなことを答えていた。

「今は共働きも多いと思いますし、それが普通になってきていますが、私自身やっぱり家事は女性がするものと思ってしまうところがあります。一方で、重いものは男の人が持つべきでしょ、という感覚もあります(笑)。そこの主張は難しいところだと思うんですが、夫婦どちらも気分よく過ごすためにアウトソーシングして、どんどん心地いい生活をするように心がけていけばいい。私自身は洗濯が大好きなので、それだけは譲れないんですけど(笑)。でも、その他のことを相手にやってもらうのはありだと思います。夫婦間でダメを減らしていくことが、気持ちよく過ごしていける秘訣なんじゃないかなと思います」

「最近は現実を知ることがとても楽しい」との言葉も印象的だった。教育問題や介護についても興味があるという。ご本人は20代でやってこなかったことの学び直し、と語っていたが、結婚も含め、ますます役者人生に磨きがかかるに違いない。

(文・坂口さゆり 撮影・大野洋介)

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貫地谷しほり
1985年生まれ、東京都出身。2002年映画デビュー。映画「スウィングガールズ」(04年)で注目され、07年のNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」でヒロインに抜擢される。映画、ドラマ、舞台、ナレーションなど幅広く活躍中。主な出演映画に「夜のピクニック」(06年)、「ジェネラル・ルージュの凱旋」(09年)、「パレード」(09年)、「白ゆき姫殺人事件」(14年)、「悼む人」(15年)、「望郷」(17年)、「この道」(19年)、「アイネクライネナハトムジーク」(19年)など多数。初主演映画「くちづけ」(13年)でブルーリボン賞主演女優賞受賞。

貫地谷しほりさん「考えることがやさしい社会への第一歩になる」

夕陽のあと
鹿児島県の最北端、青い海に囲まれた小さな島・長島町を舞台に、産みの親と育ての親の葛藤を通して、親子の絆を問いかけるヒューマンドラマ。監督:越川道夫 出演:貫地谷しほり、山田真歩、永井大、川口覚、松原豊和、渡辺早織、鈴木晋介、宇野祥平、滝沢諒子、木内みどりほか。東京・新宿シネマカリテほか公開中。

スタイリスト:番場直美
ヘアメイク:北一騎

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