上間常正 @モード

危機の時代に見出す「生きる喜び」とは? ラウル・デュフィ展

フランスの画家デュフィといえば、20世紀前半に活躍した巨匠の一人だ。しかしマチスやピカソ、ダリらと比べてやや印象が薄い気がしていたのだが、パナソニック汐留美術館で開催中の「ラウル・デュフィ展― 絵画とテキスタイル・デザイン ―」(12月15日まで)を見て、大いなる認識不足だったことがわかった。その色と光に満ちた透明感のある表現の奥には、時代の暗さへの鋭いまなざしと救いへの暗示も込められていたのだと思う。

危機の時代に見出す「生きる喜び」とは? ラウル・デュフィ展

「公式レセプション」(1942年 油彩 大谷コレクション)

1877年、フランス北西部ノルマンディーの港町ル・アーブルの生まれ。地元の美術学校やパリの国立高等美術学校で絵画を学び、後期印象派やフォービスム、キュービスムなどの影響を受けながら、独自の画風を模索した。30歳の時に友人の詩集の挿絵のために木版画を制作、それが機となってリヨンの絹織物製造業ビアンキーニ=フェリエ社のテキスタイルデザインも手掛けた。

デュフィの版画やテキスタイルに注目していたオートクチュールのデザイナー、ポール・ポワレは彼と共同で「小さな工場」という布地の工房を設立した。この工房は短期間で活動休止したが二人の関係は長く続き、ファッション史やデュフィの画風だけでなく美術史の上でも大きな影響を与えたと言っていいだろう。

危機の時代に見出す「生きる喜び」とは? ラウル・デュフィ展

「ニースの窓辺」(1928年 油彩 島根県立美術館)

この展覧会では、デュフィの初期から晩年までの優れた絵画作品16点、テキスタイルデザイン関連の作品と資料116点、そしてデュフィがデザインした衣装作品20点がテーマごとに分けて展示されている。

絵画の部では、まだ画学生だった頃に街頭でのカーニバルのにぎわいをやや暗い色調で描いた作品(1903年)。南仏ニースのホテルの部屋の窓から見えるまばゆい海、画家の視点から見た室内、そして画面中央の大きな鏡に映った窓の位置から見える室内全体の様子という異なる三つの空間を明るい色で大胆に構成した代表作の一つともいえる「ニースの窓辺」(1928年)。楽器や音楽会、花や人物も……。

どの作品にも共通しているのは、描く対象に距離を置いて徹底して観察し、自分が心の奥で感じたことを色と線で再構成していることだ。

危機の時代に見出す「生きる喜び」とは? ラウル・デュフィ展

イヴニング・コート「ペルシア」ドレス原案:ポール・ポアレ 制作:モンジ・ギバン 2007年

第2部ともいえるテキスタイル作品の展示は、三つのテーマに分けられている。まず「モードとの出会い」では、ポール・ポワレが評価した詩人アポリネールの「動物詩集」挿絵の木版画や、ビアンキーニ=フェリエ社で製作した布地やそのためのデザイン原画、できた服なども。「花々と昆虫」は、花模様や蝶(ちょう)・虫などの図柄を多色刷りで輪郭の線が画面上で調和する独自の手法の秘密を明かす。

三つ目の「モダニティ」では、モダン・ライフと幾何学模様の二つのパートに分けて、パーティーやスポーツなどの現代的な都市生活のスタイルをモチーフにした色鮮やかなテキスタイルが並ぶ。

そしてテキスタイルの作品はどのテーマでも、光を思わせる美しい線と音楽が聞こえてくるようなリズミカルな感覚が伝わってくる。

美術館の宮内真理子学芸員は「デュフィは絵画とテキスタイルデザインという二つの表現媒体を軽やかに越えながら、時代に向けた表現の本質を目指した」と語る。表現の本質というのはなかなか難しい言葉だが、デュフィの作品にならってあえて簡単に言えば、時代の暗さと明るさをどちらも見過ごさずにきちんと見つめて、なんとか希望も見いだそうとする表現ということなのではないだろうか?

危機の時代に見出す「生きる喜び」とは? ラウル・デュフィ展

「花と蝶(デザイン原画)」(1916-28年頃 インク/紙 デュフィ・ビアンキーニ蔵)

危機の時代に見出す「生きる喜び」とは? ラウル・デュフィ展

ラウル・デュフィ

デュフィが創作活動を続けた20世紀前半の時代は、近代の産業社会が本格化して物質的な豊かさや文化の多様化が進む一方で、二つの無残な世界大戦によって大量の破壊や死をもたらした。そして豊かさと破壊・死を招いた科学技術の留まることを知らない発展によって、世界の有りようは実はもっと深刻になっているかもしれないのだ。

深刻なのは科学技術だけが原因ではない。多くの人々がグローバル化した経済成長による豊かで便利な生活がまだ続けられる、との思いや夢を見続けている。近代の芸術やファッションはその夢を反映しながらも、同時に近代よりずっと前の素朴で純粋な夢のかけらを潜ませてきた。

危機の時代に見出す「生きる喜び」とは? ラウル・デュフィ展

「ラウル・デュフィ展― 絵画とテキスタイル・デザイン ―」会場風景

デュフィの絵と布地のデザインは、とりわけ鋭敏な感覚でそんな夢のかけらに表現を与えた数少ない例といえるのだと思う。その表現から伝わってくるのは、この展覧会の主催者も言っているように、「生きる喜び」に確かにつながっているからだ。
    ◇
ラウル・デュフィ展― 絵画とテキスタイル・デザイン ―
会期:2019年10月5日(土)~12月15日(日)
会場:パナソニック汐留美術館
東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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