花のない花屋

生まれた息子は眠っているようで…。泣きたくても泣けなかった夫へ

〈依頼人プロフィール〉
高橋みのりさん(仮名) 40歳 女性
北海道在住
介護職

     ◇

20歳で結婚しましたが、なかなか子どもができず、5、6年ほど排卵誘発剤などを使って不妊治療をしていました。しかし、結果がでないことで疲れ切ってしまい、「夫婦2人の生活もいいよね」と切り替えた2、3カ月後、妊娠することができました。

「子どもが苦手」と言っていた夫も、涙を流して喜んでくれ、夫の子どもが産めるということに私は幸せをかみしめていました。

おなかの中の子どもも順調で、何の問題もなく妊婦生活を送っていましたが、ある夏の暑い日のこと……。その日は朝から調子が悪く、腰が重だるい感じがしていました。すでに7カ月でおなかが大きくなっていたのに加え、もともと腰痛持ちだったため、「おかしいな」と思いつつ、大事をとってその日は横になって過ごしていました。

ところが、時間とともに腰の痛みがどんどん強くなり、引いたかと思うとまた繰り返し痛みがやってきます。夜、夫が帰宅した頃には痛みの間隔がかなり短くなっており、トイレに行くと出血が……。それは陣痛でした。

おなかの中で何かが下ったような感触がし、すぐにタクシーを呼んで病院へ向かいましたが、その15分ほどの間にもどんどん子どもが下りてきます。そっと手で子宮口に触れてみると、頭のようなものが出ていました。

「お産が始まっています」。そう先生に言われましたが、理解できませんでした。「予定日まで3カ月もあるのに? 始まっているなら止めて!」。パニックになる私に、夫は「大丈夫、大丈夫」と小さな声でつぶやきながら、ずっと手を握っていてくれました。

そこから私の記憶はありません。気づけば、私のおなかの中に子どもはもういませんでした。「病院についたときにはもう頭が出ていたんだ。心音も弱くて、生まれたときにはもうダメだったんだ」。そう夫が言いました。

やがて看護師さんが子どもを連れてきてくれました。小さいだけで、目も鼻も口も髪も、手足もちゃんとある。夫にそっくりでした。まるで眠っているようなのに、息だけがありません。かわいくて、かわいくて、2人で泣きながら何度も抱っこをしました。

あの日から14年。私たちは2人で暮らしています。今でもあの頃のことを思い出して泣く私に、夫は「大丈夫、大丈夫」と背中をさすってくれます。

そんな風にいつもやさしい夫ですが、思えば、あのとき一番しんどかったのは夫だったのでは……と今さらながらに思います。医師の説明を聞き、夜中に家族や親戚に連絡をし、役所や火葬場の手続きなどを1人でしてくれたのは、夫でした。

夫が私の前で泣いたのは一度きりです。私がずっと泣いていたので、泣きたくても泣けなかったのでしょう。私と同じようにとても悲しかったはずなのに、私を支えるために我慢していたんじゃないか……そう思うと、申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいです。

昨年、私は病気で子宮を取ったので、これでもう子どもを産むことはできません。その手術を機にもう一度つらい過去と向き合うなかで、改めて夫へ感謝の気持ちを伝えたくなりました。

小さな箱に入っていた息子を抱いて退院したあの日、道端にはヒマワリがたくさん咲いていました。毎年、命日にはヒマワリ畑に2人で行きます。冬ではありますが、花束には、やさしく明るい夫をイメージして、ヒマワリを入れていただけるとうれしいです。

生まれた息子は眠っているようで…。泣きたくても泣けなかった夫へ

花束を作った東さんのコメント

今回は思い切り明るい花束にしました。つらさを乗り越えた末にようやくたどりついた光の世界。それはきっと以前よりもさらに輝きが増しているはずです。

ご希望のヒマワリは、この時期にはなかなか手に入りませんが、オーダーして取り寄せました。アクセントになっているのは、ショッキングイエローのダリア。ヒマワリはオレンジ色っぽいものが多いのですが、このダリアのイエローが全体を明るくしています。ほかにも、八重咲きのガーベラ、バラ、カーネーション、ピンポンマム、ピンクッションなど、花らしい花をたくさん挿しました。

太陽のような花束にしたかったので、あえてリーフワークなどのグリーンは入れず、まわりはメラレウカという草で囲みました。これにより、花束全体がもっとまわりに広がっていくイメージになりました。

今回目指したのは「ヒマワリ畑を超えるヒマワリのアレンジ」。これからも2人で素敵な家庭を築いていってくださいね。

生まれた息子は眠っているようで…。泣きたくても泣けなかった夫へ

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(&編集部/写真・椎木俊介)

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    「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
    こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
    花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
    詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    生まれた息子は眠っているようで…。泣きたくても泣けなかった夫へ

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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