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<127>スイーツ作りも本選びもアート 「本屋イトマイ」

古くからの高級住宅街として知られる、板橋区ときわ台。東武東上線ときわ台駅にはしばらく新刊書店がない状態が続いていたが、今年3月、駅北口のすぐそばに新たな書店「本屋イトマイ」が誕生した。

 駅前のロータリーを渡った先にある「松屋」の隣、奥まったところに木製の扉が見える。扉を開けると、ゆるやかなカーブを描いた階段があり、2階の店舗につながっている。木の温(ぬく)もりを感じさせる空間で、棚やテーブルに多彩な本や雑誌がセンス良くディスプレーされている。元デザイン会社勤務で、グラフィックデザイナーの鈴木永一さん(40)が店主を務める。

「美大を卒業し、山形の新聞社で3年、その後東京のデザイン会社でデザイナーをやっていましたが、いろんな働き方を考えていた時に、ブックコーディネーターの内沼晋太郎さんが主宰する『これからの本屋講座』を受講しました。“小商い”という言葉にも興味があったし、山形に帰って本屋をやるということも考えていました。当時はまだ妄想レベルでしたが……」

 講座を受講してすぐに店を構えたわけではない。その後結婚したため、山形出店案は現実的ではなくなり、模索が続いた。一方で、店の計画が具体化する前から、豆を買ってきては毎日ドリップコーヒーを淹(い)れたり、妻を試食役にカレーやチーズケーキを試作したりと、少しずつ準備を進めていった。

「しばらく物件を探しているうちに、家から自転車で通える範囲内のときわ台で今の場所が見つかったんです。駅舎がかわいくてロータリーがあり、街の雰囲気がよかった。住宅街で人が多いし、駅前というのもあり、ここに決めました」

<127>スイーツ作りも本選びもアート 「本屋イトマイ」

 店舗中央の小屋のようなレジ兼厨房(ちゅうぼう)を挟んで、奥が書店スペースで反対側がカフェスペースとなっている。書店だけではなく、カフェを併設することは初期の段階から決めていた。「本を買って読む」という一連の流れを作りたかったからだ。

 「いいな」と思ったブックカフェに出合うと店の人に思い切って声をかけ、話を聞いてきたという。強く影響を受けたと感じる店は「アール座読書館」(高円寺)と、「fuzkue(フヅクエ)」(初台)。特に「fuzkue」は、店主の阿久津隆さんが『これからの本屋講座』の先輩だったこともあり、いろいろなアドバイスを受けたという。両店に共通するのは店内での会話は控え、静かな空間を保っているということ。「本屋イトマイ」は会話禁止ではないものの、メニューに「会話はお静かにご協力のほどお願いいたします」という一文を添えている。

「はじめは一文をつけていなかったのですが、メニューに示すことで、そういう意識でこの空間を共有してもらいたいと思っています」

 カフェスペースはカウンターや壁に向かった席、屋根裏部屋のようなロフト席など、あえて異なるタイプの席を用意している。どの席も、ひとりの時間を味わうことを第一に考えられていることが感じられる。

「それぞれ個性があって、どこに座っても損した、という気分を味わわせたくないと思って作りました」

 内装は友人の手を借りつつも、ほぼひとりで作り上げていった。美大で現代美術を専攻し、いろんな作品を作ってきた経験が直接生かされているわけではないが、にじみ出ているところはあるという。

 社会に出てからも現代美術が一番という思いがあったという鈴木さんだが、作家・保坂和志さんの小説に出合って価値観が一変。文字のみで読み手にさまざまな経験や感情を喚起する表現の広さや奥深さに、現代美術に通ずる自由なものを感じたという。そこから読書にのめり込んでいった体験が、本屋と本が読めるカフェという形につながっていった。

 現在、約3000冊という本屋スペースの品揃(ぞろ)えはすべて新刊。一方で、カフェスペースには鈴木さんの蔵書を並べている。

「のちのち古書になっていくからこそ、今ある本を大事にしたいと思い、新刊を扱うことにしました」

 さらに、ときわ台で唯一の新刊書店だということも意識している。こだわりすぎた選書ではなく、地元の人々の需要も考えて雑誌や料理本、絵本なども置くようにしている。「地元に本屋ができてよかった」という声を聞くと、よかったと感じるという。

<127>スイーツ作りも本選びもアート 「本屋イトマイ」

 実際に店を作ってみて、鈴木さんには一つの気づきがあった。それは店を作り、本を選んで並べ、メニューを考えて提供し、店を回していくという、店にまつわる一連の作業そのものが現代美術のようだということだ。

「お店が一つの作品みたいなもの。自分でスイーツを試作するのも、本の品揃えを考えるのも、作品づくりに似ている気がします」

 チーズケーキに改良を加え、新しいジャンルの棚作りを考え、フェアの企画を立てるなど、やるべきことはたくさんある。今後は店でイベントをやっていきたいとも考えている。営業時間は基本的に正午から21時半だが、時々17時から0時半までという「夜中のイトマイ」という試みも行うなど、試行錯誤の連続だ。

 日々の生活からちょっと「お暇(いとま)」して、自分の時間を過ごしてほしいという思いから「本屋イトマイ」という名前にした。静かで居心地のいいカフェで、新たな読書体験を提供するというアートスペースは、現代美術と読書に情熱を傾けてきた鈴木さんだからこそ創り出せたものなのだろう。

<127>スイーツ作りも本選びもアート 「本屋イトマイ」

■おすすめの3冊

『読書の日記』(著/阿久津隆)
「fuzkue」店主・阿久津さんの初の単著。店の公式サイトに綴(つづ)った「読書日記」1年分を1100ページの本にまとめたもの。「阿久津さんが書いたものを、内沼さんが編集した一冊です。阿久津さんはまさに食べるように読んでいて、文体もまたすごくいいんです。今回ご紹介する3冊は“日記”をテーマに選んでみました。書き手の瞬間を読めるのが日記の面白いところだと思うからです」

『読書実録』(著/保坂和志)
本を筆写しながら言語と非言語の閾(いき)へと導かれていく私。「読むことを記録すること」を問う、小説の新たな試み。「僕がもっとも影響を受けた作家の9月に出たばかりの新刊です。保坂さんはさきほど紹介した阿久津さんの本の推薦文も書いていて、強い影響を受けた二人がつながっていることに縁を感じます」

『台風一過』(著/植本一子)
著書である写真家・植本一子さんの夫は進行性がんであることを公表し、壮絶な闘病生活の末に昨年死去したラッパーのECDさん。激変する暮らしのなかで、今もなお家族のなかに生き続ける夫の姿とは……。「植本さんの4冊目の日記本です。夫が亡くなった後の生活で、植本さん自身も変わっていく様子が、リアルに描かれていています」

    ◇

本屋イトマイ
東京都板橋区常盤台1-2-5
町田ビル2階
https://twitter.com/honyaitomai/

(写真・山本倫子)

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

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    PROFILE

    吉川明子

    兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
    https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
    https://note.mu/akikoyoshikawa

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