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又吉直樹の正体 『人間』の中にいる、ということ

又吉直樹の正体 『人間』の中にいる、ということ

撮影/馬場磨貴

10月10日に書店員限定の刊行記念イベントがあり、登場した又吉直樹さんは、「『火花』『劇場』も、書き手である僕と登場人物との距離感をどうするか考えていたんだけど、距離取ってる場合ちゃうやろ、と思えてきて。『人間』の中には僕がいます」とおっしゃった。

本書の主人公は38歳の青年・永山で、又吉さんと同じ年齢だ。20歳前後の数年、表現活動をして何者かになりたい若者たちの共同住居にいた彼は、成功を手にする。しかし裏にはとんでもないことがあり、それを知った永山の心はすりつぶされる。女の子とも悲惨な別れ方をした。時がたち、現在彼はイラストとコラムをかいて生計を立てている。

この「同期たちと切磋琢磨(せっさたくま)しながら、同じ夢をみる若い集団にありがちな嫉妬や煮詰まりに嫌な思いもしたこともある内向的な永山」が又吉さんかと思いきや、そのあと「小説を書いて芥川賞を獲(と)った芸人」が登場し、びっくりである。こっちが又吉さんなのか?

芥川賞作家の本名とペンネームには、アンダーとかダークを表す漢字が使われていて、にやりとさせられる。「こっちが」ではなく、これもまた、又吉さんなのだ。

登場人物の境目から

物語中、「新約聖書の福音書には何人かの語り手が採用されていて、一人による語り手として編集せず部分的に矛盾を残したことが重要やとおもう、おなじ場面でも、その語り手によって印象が違う証言になってたりする」という記述がでてくる。

なるほど。読み進むうち、主人公の永山は、実は旧知の仲だった芥川賞作家から「他者からすれば小さな傷でしかないことも、永山は事実をねじ曲げてでも、その傷を致命傷になるくらい大きくしようとする」と指摘される。そして、ほかの人の記憶はどうなっているかがあきらかになるにつれ、いくつもの「そういう話ではないんだー」という展開に、読者は驚くだろう。

また、永山が心底嫌っている男がでてくるのだけど、この大嫌いな人物に浴びせられるバッシングが、自分にも刺さる、という感覚を彼は持つ。嫌~な人物さえも、又吉さんのカケラを持っているのだ。芥川賞作家と永山とが長い会話をするシーンで、彼らの好みや癖や出身地がどんどんクロスしていき、どっちがどっちにしゃべっているのか追わなくてもいいんだ、対話そのものが豊穣(ほうじょう)だ、と思えてくるのも読みどころ。

大昔、あるテレビ番組に作家の奥泉光先生が本を片手に登場し、「これは紙の束です。小説ではありません。小説とは、紙の束である本を読んだとき、読者の中に起きること。それが小説です」と言っていたのを思い出した。永山は神経質で気にしすぎだけど、孤立をしない。必ず誰かとの間にいる。これが救いだ。

読後、信号待ちとか駅のホームとかで、大勢の人々が無言で立っている風景を見ていて、「これは人です。人間ではありません。彼らが関わるとき、互いの心の中で起きる自分と相手への思い、それが人間です」と言いたくなった。本書のたくさんの登場人物の境目から立ち上がってくるもの、それが人間・又吉さんなのだ。

(文・間室道子)


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