東京の台所

<201>ミセス・プライヤーの幻影がいつも心に

〈住人プロフィール〉
会社員・39歳(女性)
戸建て・3LDK・小田急線 喜多見駅(狛江市)
入居7年・築年数26年・夫(41歳、会社員)、長女(7歳)、長男(4歳)の4人暮らし

 母親は、料理があまり好きではなかったと、彼女は言う。台所や部屋をきちんと整理整頓するが、料理にはたいして思い入れがないと、子ども心にもわかった。
「じっくり何かを煮込んだり、新しい料理にあまり挑戦しない。そういう時間があったら、別のことに使おうという人。料理に魂がこもっていないなって、なんとなくわかっちゃうんですよね、子どもでも」

 料理などこれからの時代できなくてもいい。勉強さえできれば、お金を稼げて、おいしいものは誰かが作ってくれるとも、よく言っていた。
 幼い頃から食事のあと片付けだけをさせられていたので、「自分にとって台所は、片付けだけ押し付けられる面倒なところ、できれば近づきたくないところでした」。

 その意識が変わったのは16歳。オーストラリアに1年の交換留学に行ったときのことだ。片言英語の彼女に気さくに声をかけ、友だちになった女の子の家に遊びに行った。その子の母親、ミセス・プライヤーの台所が「素晴らしかった」と振り返る。

「ローストチキンにすり込むハーブの一つひとつを吟味する。丁寧に下準備をする。平日の夜、突然遊びに行って出されたカレーのチキンソテーが、ただのソテーじゃないんです。表面がカリッとして、中がジューシーで。今どうやってもあの味にはなりません」

 ミセス・プライヤーの食への好奇心も目を見張るものがあった。遊びに行くといつも台所に直行、料理をじっと見続けていたらある時、お願いをされた。
「よかったら、日本の食材、実家に頼んで送っていただけないかしら? 日本のだしや調味料がどんなか知りたいの」

 お安い御用と、海苔(のり)や鰹節(かつおぶし)やこんぶを送ってもらい、届けた。
 ミセス・プライヤーは海苔を顔の前に広げ、すーっと深く匂いを吸い込んだ。第一声は、「ゆたかな海の香り。これこそゴーマイだわ!」

「ゴーマイ」がわからずきょとんとしていると、「フランス語で“おいしい”よりもさらに上、最上級の美味を表現する言葉よ」。

 それが“グルメ”の英語風の発音であると知ったのはもっと後のことだ。「人生で触れたこともない遠い東洋の異文化のものでも、一瞬で理解をしてしまうミセス・プライヤーの感覚に驚きました。同時にすごく嬉(うれ)しかったですね。当時、オーストラリアでは、真っ黒の海苔を見て怪訝(けげん)な表情をする人がほとんどでしたから」

 至福の表情で、「海の香り」と表現した初めてのオーストラリア人に、彼女はその後もたくさんの気づきをもらった。
 最大の学びは、「心を込めると料理ってこんなにおいしいし、楽しいんだな」ということである。

 友達に「ママもあなたも、もう食べ物の話はいいよ!」といわれるほど、ミセス・プライヤーと意気投合し、台所でおしゃべりをし続けた。

 出される料理はレストランのフルコースのようなのに、どれも高価でも凝ったものでもないところにまた惹(ひ)かれた。共働きで、料理にそれほど時間をかけられるわけでもない。「彼女の料理はいつも最高だわ!」と言うと、夫のミスター・プライヤーに「クリスマスはこんなもんじゃないよ、もっとすごいんだから」と、逆に自慢された。料理がふたりの心をしっかりつないでいるとわかった。

 15年後、「婚活をしまくって」、31歳で結婚。整理整頓や子どもの躾(しつけ)に対しておおらかな男性と結ばれた。
 現在は、自分が生まれ育った実家が空いたので、リフォームをして住んでいる。システムキッチンと収納を変えた。ホウロウのシンクで、マグネットもシールも貼り放題だ。

「4歳と7歳の子がいるので、細かいことでいちいち叱ったら自分も疲れるし、子育てって楽しまないと損だと思うので。あ、でも一応叱るんですよ私も。でも言い訳を考えているときの子どものくるくる回る目が面白くて。ふきだしそうになっちゃうんです」

 ダイニングの真ん中に丸いテーブルがある。飛騨木工の特注品で、ひとり暮らしの独身時代に、かなり無理して買ったものだ。
「そのころワンルームだったので、テーブルの下に布団を敷いて寝てました」

 結婚して家族ができたら、どうしてもこのテーブルでご飯を食べたかった。なぜなら、ミセス・プライヤーの家が丸いテーブルだったから。

「日本で四角いテーブルや、丸いちゃぶ台は見ていたけど、丸いテーブルって珍しくて。何人も座れるし、上座も下座もなくて、だんらんの感じが素敵だなって」

 きのうの残り物はありますかと聞くと、「こんなものしかないけれど……」とおずおず、鍋に残ったクリームシチューを冷蔵庫から取り出した。ルーは使わず、バターと小麦粉でイチから作ったものだ。
「昨日はご飯にこれをかけて、チーズをトッピングしてドリアにしようと思ったんです。オーブンの調子が悪くて焼けなかったんですけど」
 と、悔しそうだ。

 家族が喜ぶ食卓の本質をこの人は知っている。そのベースは16歳の出会いにある。
 最後に、気になっていた質問をした。その後、ミセス・プライヤーは?
「5年ほど前にシドニーからミルトンという近郊の街に越し、広くて理想的なキッチンを手に入れ、料理で周囲に知られる存在に。そして50歳を過ぎてから料理研究家になったそうです。日々研鑽(けんさん)を積んでいると、その娘である私の友人から聞きました。ミルトンではきっと有名人です!」

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    PROFILE

    大平一枝(写真も)

    長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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