ほんやのほん

芥川賞作家ら17人、異彩放つアンソロジー。『kaze no tanbun 特別ではない一日』ほか

芥川賞作家ら17人、異彩放つアンソロジー。『kaze no tanbun 特別ではない一日』ほか

撮影/馬場磨貴

足元が崩れ去りそうな恐怖感。『ジョン』

不安定なつり橋をおそるおそる、足元をたしかめながら渡る感じというか、今にも崩れ落ちそうなジェンガのタワーから、冷や汗をかきながら一片を抜き取る感じというか、早助よう子さんの小説を読むときの心地というのは、なんとも表現しがたい緊張感に満ちている。一瞬でも油断して軽々しく一歩を踏み出すと、すこーんと足元が崩れ去って、奈落の底に滑落しそうな恐怖感がある。

その恐怖感は、私たちが確かだと信じていたものが、まったく信用に足るものではないとわかった時の、身のやり場のない、空虚な恐怖感だと言えるかもしれない。

早助よう子さんの『ジョン』(私家版)は、文芸誌『monkey business』『すばる』『文藝』などに掲載された短編に、書き下ろしの2作が加えられた短編集。それぞれ20ページ前後の短編ではあるが、いずれも読み応えがある。

芥川賞作家ら17人、異彩放つアンソロジー。『kaze no tanbun 特別ではない一日』ほか

『ジョン』は私家版です。二子玉川 蔦屋家電、湘南 蔦屋書店、BOOKS青いカバ、toi booksなどで取り扱っています

表題作の「ジョン」はホームレス支援をテーマにした短編で、支援する側とされる側とのおぼろげな境界線が描かれている。「エリちゃんの物理」では、原発事故をきっかけにひきこもりの青年が生気を取り戻していく様が描かれ、「図書館ゾンビ」では、ゾンビのような図書館利用者を好ましく思っている派遣社員と、忌まわしく思っている正規社員とが対照的に描かれている。

早助さんの小説は、いずれも社会批判を多く含むが、単なるアナキズム小説では決してなく、小説本来のおもしろさをたたえている。小説本来のおもしろさとは、目の前に存在するのに見えていなかったものが、小説家の視点と言葉によってあぶり出され、今まで根拠なく信じ込んでいた虚像が、突として実像を結び、眼前に提示される点にあると思う。

事実は一つしか存在しないが、真実は人の数だけ存在する。そのことを忘れていると、知らない間に何か大きなものに飲み込まれ、取り返しのつかない場所まで流されてしまう。早助さんの小説を読んでいると、そんな恐怖感が体の奥底から湧いてくる。

この本こそが特別。『kaze no tanbun 特別ではない一日』

ひと目見た瞬間、この本は特別な一冊なのだと確信した。それほど『kaze no tanbun 特別ではない一日』(柏書房)は異彩を放っている。物静かでつつましやかなのに、ついつい読者が手を伸ばしてしまうようなきらびやかさも兼ね備えている。

本書は、2019年の春に惜しまれつつ終刊を迎えた文芸ムック『たべるのがおそい』の編集長をつとめた西崎憲さんが発案し、柏書房の竹田純さんが編集を担当した、現代作家17人による書き下ろしアンソロジー。「特別ではない一日」をテーマに「短文」が寄せられている。

た、た、た、短文ってなんですのん?! と意表を突かれたが、読んでびっくり、これが小説ともエッセーとも詩とも微妙に異なる読み心地で(短いのに奥行きがあるし、それぞれが異なる短文なのに、どことなく通底するものを感じる)、いつの間にかこの本の虜(とりこ)になってしまった。

そして何より、書き手17人のラインナップがすごい。山尾悠子、皆川博子という、名前を聞いただけでヨダレが出そうな作家から、柴崎友香、滝口悠生をはじめとする芥川賞作家がなんと6人。詩人の日和聡子に翻訳家の岸本佐知子、そして、今もっとも読まれるべき作家である水原涼や高山羽根子など、そうそうたる顔ぶれで、柏書房さん、これで1800円(税別)はあまりにも安すぎるでしょ……と、余計な心配までしたくなる。

武田陽介さんのカバー写真と、奥定泰之さんのブックデザインも素晴らしい。従来の文芸書よりもほんの1センチほど背が高いところも珍しくて目を引くし、あえて目次を最後に配置することで一編の長編作品のように読むこともできる。この本が特別でなければ、この世に特別な本なんて存在しないだろう。

(文・北田博充)

40の本屋に出会える。「二子玉川 本屋博」が開かれます

芥川賞作家ら17人、異彩放つアンソロジー。『kaze no tanbun 特別ではない一日』ほか

約40の個性あふれる本屋が⼀堂に会し、本屋の魅⼒と可能性を発信するフェス「⼆⼦⽟川 本屋博」が2020年1⽉31⽇、2⽉1⽇の2⽇間、⼆⼦⽟川ライズ ガレリアで開かれます。企画は「ほんやのほん」でもおなじみ、⼆⼦⽟川 蔦屋家電の北⽥博充さん。もちろん、⼆⼦⽟川 蔦屋家電も出店します。心ときめく「唯一の本屋」を探しに、出かけてみませんか。 

■info
⽇時:2020年1⽉31⽇(⾦)11:00〜20:00、2⽉1⽇(⼟)11:00〜19:00
場所:⼆⼦⽟川ライズ ガレリア (⼆⼦⽟川駅直結〈東京都世⽥⾕区⽟川2-21-1〉)
参加費:無料
イベント公式サイト


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    PROFILE

    蔦屋書店 コンシェルジュ

    12人のブックコンシェルジュの皆さんに、
    そのとき一番おすすめの本を、週替わりで熱くご紹介いただきます。

    ●代官山 蔦屋書店
    間室道子(文学)
    ●二子玉川 蔦屋家電
    岩佐さかえ(健康 美容)/大川 愛(食)/北田博充(文学)
    嵯峨山 瑛(建築 インテリア)/中田達大(ワークスタイル)
    松本泰尭(人文)
    ●湘南 蔦屋書店
    川村啓子(児童書 自然科学)/藤井亜希子(旅)
    八木寧子(人文)/若杉真里奈(雑誌 ファッション)

    北田博充(きただ・ひろみつ)

    二子玉川 蔦屋家電のBOOKコンシェルジュ。
    出版取次会社に入社後、本・雑貨・カフェの複合書店を立ち上げ店長を務める。ひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げ、書店員として自ら売りたい本を、自らの手でつくっている。著書に『これからの本屋』(書肆汽水域)、共編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。

    又吉直樹の正体 『人間』の中にいる、ということ

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