東京の台所

<202>27で社会からはぐれた女性の再出発は、シェアハウスから

〈住人プロフィール〉
会社員・32歳(女性)
賃貸戸建て・3LDK・京王井の頭線 池ノ上駅(世田谷区)
入居3年・築年数65年・夫(40歳、会社員)海外勤務のため、ひとり暮らし

家なし仕事なし貯金なし

「大学卒業後、就職のため仙台から上京。25歳で一瞬、結婚していました」

 一瞬、というのは大学の同級生との結婚生活が1年半で破たんしたからだ。理由は「私が子ども過ぎました」。

 幼い頃から本や文章を読むのが好きだったが、就いた仕事は問屋のバイヤーで、いきなり残業100時間の生活が始まる。本や映画について語れる同僚は一人もいない。教師の夫は、旅行や変化を望まず、家もこのまま買わなくてもいいという安定派志向だった。

「安定して、なにひとつ不自由はないけれど、なんとなく先が見えた……。このままの人生は面白くないと思ってしまったのです。まったく私の勝手です。子ども過ぎました」

 自分の心に嘘(うそ)をつかず、やりたい仕事をしたい。夫や結婚生活に頼りたくない。憧れていた編集の仕事を志し、あてもないまま退職。離婚も退職も、実家にも友達にも誰にも相談せずに決めた。家もない。貯金は結婚式で使い果たしていた。

「27歳で、仕事も住むところもお金もない。こんなに何にもない人っているのかな?って、かなり社会からはぐれた気持ちになりました。その反面、ここまできたんだから、好きなことをやってやろうと腹をくくれました」

 持ち物は何もなくなったけれど、好きなことを仕事にしたいという希望の炎だけは、心の奥で熱く燃えていた。

 祖父から借金をして、葛西のアパートを借り、転職活動を開始。3カ月目にデザイン会社に編集者として、入社が決まった。
「でも、ベテランの人たちに囲まれて、自分だけが編集のいろはを何も知らない。恥ずかしく、悔しい思いもあり、早く一人前になりたいと編集講座に通い始めました」

 そこで、初めて好きなことについて語り合える友だちができた。笑い上戸の明るい人柄で、ライターや作家、新たなガジェットやサービスなどに詳しく、自分の知らないことをたくさん知っている女性だ。
 彼女がちょうど引っ越しを考えているというので、一緒に家を借りることにした。

 現在の築65年、世田谷の古民家がそれである。少々ジメッとした暗さが気になったが、家賃が安く、折半なら住める。なにより、毎日、本や映画について語り合える友と暮らせるのは、どれほど楽しいだろうと心が躍った。

 3年前、シェアハウス始まりの日を彼女は懐かしそうに振り返り、こう言った。
「あのとき実家に帰っていたら、東京に対する不完全燃焼感がいつまでも残ったでしょうね」
 

女友達と恋人。3人生活を経て

 台所は冷暖房がなく、冬の朝晩は底冷えがする。古いので断熱材も使われておらず、あちこちから隙間風が入る。だが、彼女は何となくこの台所が好きだという。
「友達を呼んで宴会をしているとき、私がここで料理をしていると何人かが話に来る。そんな瞬間も好きですね。同居の友達とは、基本食事はバラバラですがたまにご飯の作りっこをして楽しかったです」

 編集の仕事でいろんな料理家と出会ったことも大きい。丁寧に作ったものはおいしいと、100時間残業時代には気づけない暮らしの基本をあらためて知った。もともと料理好きなので、手間を掛けることにも苦がない。

 その頃、恋人ができた。前の職場の同僚だ。ところが彼は仙台に転勤し、2年間は遠距離恋愛に。
 30歳の9月。再び彼が転勤で東京へ。そろそろひとり暮らしをと物件を探し始めていた同居の女友だちの転居先が見つかるまでの1カ月間、恋人と3人で住んだ。はたから見たら珍しいスタイルだが、これまた、すこぶる楽しかったらしい。

「職場には編集やデザインの生き字引みたいなベテランがいて、学ぶことがたくさんありますし、好きなことをしているという充実感はなににも代えがたいです。編集は、ふだん見たり読んだりしたことが、全部仕事につながる。知識や経験が無駄にならないところが大きな魅力です」

 31歳で再婚。初めてふたりでこの家に暮らせたのもつかの間、11カ月後の今年9月、彼に上海転勤の命が下りた。
 彼女は自分の仕事を整理し、遅れて彼のいる上海へ渡る。大好きな仕事は、会社からの勧めもあってリモートワークで続けることになった。

 そんなわけで、おおかた引っ越しの荷づくりが済んだあとの台所を取材した。

 現在32歳。たった数年の間に、ずいぶんと波瀾(はらん)万丈な日々である。今振り返っていちばん思うことはなにか。
「人生につまずいてよかったなということです。私は頑固だから、あのときは流通の仕事がベストと思った。経験しないとわからない。最初から編集の仕事をしていたら、ここまで毎日に感謝できたかどうか。自分の人生に、ロールモデルってないんですよね」

 前夫に中国への転居を告げた。彼は再婚していた。
「救われた思いでした。申し訳ないことをしたとずっと思っていましたから。私も2回結婚して今は良かったと思っているんです。初婚で、できなかったことに気付ける。たとえば、周りに目を配ることや相手のコミュニティーも大切にすること。これまで私は自分のことだけに時間をかけてきたので、もっと夫や夫のお母さんのことにも時間を注ぎたいです」

 もう越すというので、失礼を承知で、私は切り出した。
「この家、少し鬱々(うつうつ)としていませんか? 最初、女性ふたりで借りようと、よく思いきりましたね」
「やっぱり? そうなんです。第一印象がじめっとしてるなーって。でも女友達は底抜けに明るくて毎日ゲラゲラ笑っているうちに、陰鬱(いんうつ)な空気がふきとんじゃった。夫もすごくよく食べる人で、どんなに遅くなっても待っていて、一緒に食べたい人。毎日楽しくて、私はこの家で人生が変わりました。だから感謝しています」

 誰かや何かのせいにしない。どんなアクシデントも、前向きに受け止め、そこから学びを得て、生きていける人なのだ。だからこんな素敵な答えが返ってくる。中国でもやりたい仕事があるらしい。少々ままならないことがあろうとも、きっと彼女なら自力で答えを見つけ、なんとか切り拓(ひら)いていくんだろう。

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    PROFILE

    大平一枝

    長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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