ほんやのほん

変身をくり返し、成長する私たち『某』

変身をくり返し、成長する私たち『某』

撮影/馬場磨貴 (撮影協力/アルフレックス玉川)

もうずいぶんと昔に遊んだ記憶しかないから詳細まではうろ覚えだが、ポケモンにメタモンというキャラクターがいた。ゼリー状のぷよぷよした見た目で、いろんなポケモンに変身することができた。名前はもちろんメタモルフォーゼ(変身)が由来だろう。

川上弘美の小説『某(ぼう)』の主人公もまさにメタモンみたいなやつで、いろいろな人間に変身していく。最初は丹羽ハルカという女子高生。次は野田春眠(はるみ)という男子高校生、そしてその次は山中文夫という事務職員、その次はマリというキャバクラ嬢といった具合に。性別も年齢も関係なく、変身しようという意思のもと何人もの人間に変身していく。

この主人公自体に名前はなく、どのようにして生まれたのかもわからない。また、メタモンと違って本来の姿がどういうものなのかもわからない。前世の記憶もお金も何も持ち合わせていない。

だが、最初に変身した丹羽ハルカから次の野田春眠に変身したあとには、丹羽ハルカであった頃の記憶の一部は引き継がれる。丹羽ハルカは女子高生として学校生活を送り、2人の友人ができ、友情という感情を知る。野田春眠になると異性とセックスをしたいという性欲を覚える。このようにして、主人公はいろんな人間に擬態していくことで、徐々にいろいろな感情を獲得していく。それはまるで本当の人間の成長の過程のようでもある。

不在の中から愛を知る

たしかに私たち人間だって間違いなく変遷を遂げている。たとえば20年以上前にポケモンで遊んでいた小学生だった頃の自分と今の自分は、背丈や容姿が明らかに変わっている。物の考え方や知識や嗜好(しこう)だって変化している。手続きを踏めば名前や性別だって変えることができる。小説で描かれている主人公のような変身を、実は私たちは日常的に行っているのかもしれない。

物語の中盤になると、主人公は自分と同じタイプの仲間に出会う。つまり、実体をもたない「誰でもない者」たちである。そして彼らとともに長い時間を過ごすことで、主人公は死ぬことに恐怖を感じ、そして愛を知る。

川上弘美の小説では死が大きなテーマとして扱われることが多い。しかしそれは誰かが死ぬまでの過程ではなく、誰かが死ぬことで残った人たちが何を感じるのか、何が変わったのかに重きが置かれている。生きていた者がいなくなったことで現れる不在を知り、その不在の中から愛を知ることになる。

この本を読み終えた時、「誰でもなかった」主人公は「誰か」としての輪郭を確かに帯びているように感じた。それは丹羽ハルカであり、野田春眠であり、山中文夫であり、マリであり、ラモーナであり、片山冬樹であり、みのりであり、ひかりであった。つまり主人公が擬態してきた人間たちの集合体としてのひとりの人間だ。どれが本当の姿かなんてわからないが、それでも確かにひとりの人間がこの小説の中には存在していて、私はその人間の一生をこの本を読むことで見守っていたのだと気づいた。

(文・松本泰尭)

40の本屋に出会える。「二子玉川 本屋博」が開かれます

変身をくり返し、成長する私たち『某』

約40の個性あふれる本屋が⼀堂に会し、本屋の魅⼒と可能性を発信するフェス「⼆⼦⽟川 本屋博」が2020年1⽉31⽇、2⽉1⽇の2⽇間、⼆⼦⽟川ライズ ガレリアで開かれます。企画は「ほんやのほん」でもおなじみ、⼆⼦⽟川 蔦屋家電の北⽥博充さん。もちろん、⼆⼦⽟川 蔦屋家電も出店します。心ときめく「唯一の本屋」を探しに、出かけてみませんか。 

■info
⽇時:2020年1⽉31⽇(⾦)11:00〜20:00、2⽉1⽇(⼟)11:00〜19:00
場所:⼆⼦⽟川ライズ ガレリア (⼆⼦⽟川駅直結〈東京都世⽥⾕区⽟川2-21-1〉)
参加費:無料
イベント公式サイト


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    人文コンシェルジュ。
    大学卒業後、広告代理店などメディア業界で働いたのち、本の仕事に憧れて転職。得意分野は海外文学。また大のメジャーリーグ好き。好きな選手はバスター・ポージー。

    ノックし続ける挑戦者に、世界はほほ笑む『The Third Door』

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