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書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

書のみならず、アート作品でも国内外から注目される書家の岡西佑奈さん(34)が昨年11月に初の作品集『線の美 岡西佑奈作品集』を出版した。岡西さんに作品集に込めた思いを聞いた。

    ◇

「描くたびに誰もやったことがないことを追い求めて新しい作品を作り続けてきました」

そう語るのは、6歳から書を始め22歳で書家としてデビューした岡西佑奈さんだ。書を書く前に漢字であれば文字の成り立ちを探り、座禅を組んで心を整え、文字に息を吹き込む。2012年に水墨画をはじめたことをきっかけに、書の枠を超えたアート作品も作り始めた。それが、水墨画から着想を得て、自分自身の心象を描いた『墨象』だ。

書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

『墨象 記憶』初めて文字から解き放たれ自分の心象を描いた墨象。作家として「転機となった」作品

「書は和紙に墨で書くわけですが、私はずっと余白を描いているような感覚だったんです。文字を書くんですけど、いかに美しく余白を残すか。白い部分を書いているんだ、という感覚がありました。見えているのは墨の部分ですが、書だけではなく物事の本質は見えないところ、白い部分にこそあるのではないか、見えない世界にこそ真理がある。そんなことをずっと考えていました」

書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

『知足』書き損じた高級和紙の切れ端に書いた「足るを知る」

また、母からの教えは岡西さんの作品を作る上で大きく影響してきた。幼い頃はアトピー性皮膚炎だったため、歯磨き粉はナスを焦がしたものにするなど、母親が独学で岡西さんをケアしてきた。

「人間の体にとってマイナスなことは全て海にも影響している。海を汚さないことが人間の体にも良いことなのよ」

母の教えの影響もあり子供の頃から海への関心が高く、サメに魅了された岡西さんはサメとともに泳ぐことをこよなく愛する。サメの泳跡(えいせき)を追い自身の書技や線描で表現し作品に初めて色を用いている。そんな中で生まれた作品が、『青曲(せいきょく)』シリーズだ。さらに、自然への熱い思いは、『紅畝(こうほう)』シリーズも生んだ。

書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

『青曲_39』大好きなサメと泳ぐ夢をかなえ、サメの泳跡を包み込む青から、かけがえのない世界に気付かされ、誕生した〈青曲〉シリーズ

最新の『真言』シリーズは、人間の行き過ぎた欲望を想起させる。「般若心経〈はんにゃしんぎょう〉」の一番最後の「羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい)波羅羯諦(はらぎゃてい)波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい)菩提薩婆訶(ぼじそわか)」という言葉を延々と繰り返し、人間の心の奥底に眠っている心象を描く。

書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

『真言』般若心経の最後の一文である真言「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶(ぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか)」の18文字を繰り返し唱え書く

そして、初の作品集『線の美』は、こうしたこれまでの作品から厳選。書き下ろし作品を加えた全73点を収録した。表現者・岡西佑奈の軌跡をたどることができる構成となっている。

「作品集を作るにあたって、自分の作品や自分の心と向き合うことになりました。今まで自分が何をやってきたのか、今自分がどういう作品と向き合いたいのか、これからどういう作品を作っていきたいのか。また、自分の心のあり方や自分がどういう人間だったのか。そうした思いを深めていきながら、掲載作品を考えていきました」

当初は現代アート作品を多く掲載するつもりだったが、「最終的に書の作品が半分以上になった」と言う。

「自分自身が書いてきたものは『真言』であれ『青曲』であれ、結局、書の作品だということに気がついたんです。作品集を作ったことで、私は書家であり、”書を描いているのだ”というところに行き着きました」

文字には力がある――。選ばれた文字一つひとつを見ていると、自然とそんな言葉が浮かんでくる。

人が踊っているかのような『桜』、エネルギーを放出しているような力ある『儘(まま)』といった書。仮名にしても「ごゆるりと」といった作品は、眺めているだけでほっこり肩の力が抜けるような優しい気持ちになれる。まるで動き出すかのような書は、まさに「言霊」が宿っているかのようだ。

書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

『儘』2018年の作品。幼い頃から人見知りで人前に出ると本来の自分を出せずにいた岡西さんにお母様が「あなたのままでいいのよ」と言い続けてくれた

岡西さんが言霊の力を強く信じたのは、中学3年生の時だ。母親が余命半年と診断されながらも「絶対に治る」「私は大丈夫」とプラスの言葉しか口にせず、わずか数カ月の間に本当に完治してしまったことが大きいと話す。

「もともと文字の成り立ちをひもといてみると、文字は神との交信のためにあったのではないかと思っているので、書を書くときは神聖なものを扱っているという気持ちを忘れません。そうしてはじめて、一字ずつに言霊が宿ることになるのではないかと思っています」

書家になって以来、「常に“無になること”を求め続けてきた」と言う岡西さん。永平寺に修業に行ったり、クリーンなものを食べてみたり、展覧会のテーマを「無になること」にしたり……。特に書は、自分自身を必要以上に整えないと書けない。自身の気持ちにぶれがあれば、線にあからさまに出てしまい、うそはつけないからだ。

書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

日本の良さを感じさせるやさしい文字に癒やされる

今回、この作品集を作る中で、自身の技術に対する傲慢(ごうまん)さや稚拙さを突きつけられ、線の技術を高めなければならないことを思い知らされたと言う。

「私は心を乗せることに重きを置いてきて、技術が全く追いついていませんでした。書は技術がないと心を乗せて書くことができません。技術を高めるためにはどうすればいいかと言えば、臨書が大事です。書道の練習を臨書と言いますが、古典作品のお手本には、到底追いつかないほど究極の線があります」

「それを見ながら技術を習得し、まねて書くことによって作品の本質を感じ取り、自分の『線』にしていく。もちろん臨書はこれまでもやってきましたが、書道は『道』がつくように、私はまだまだ『道』の途中です。修業の道は死ぬまでに歩き切ることはできないかもしれません。でも、少しでも技術を高め心を乗せた、自分自身の究極の一線を目指していきたいと思います」

一方で、うれしい気づきもあった。「書いている時が一番無になっていることに行き着いた」と言うのだ。

「これまで心を整えるために座禅を組むことがマストでしたが、作品を書くこと自体が座禅を組むことと全く一緒だなと気づいた。座禅を組まなくても書けるんです。いろんな訓練をしてきたからだと思うんですが、自分自身が清められている瞬間は、本当に書いている時なんだなと。この作品集を作ったからこそ気づけました」

書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

『夢中』雑音が消えていく。夢の中を書で表現

最後に岡西さんに書を書く原動力を聞いてみた。

「作品を通じて伝えること、たとえば環境汚染の深刻さは私の心を捉えて離さないテーマです。そういったことの言葉だけでは説明できない思いを、作品を通じて伝えることが私の役割なのかなと思っています。私が大好きなサメが泳いでいないと死んでしまうように、私も呼吸をするように書いている。私にとって、書くこと自体が生きることそのものです」
(文・坂口さゆり)

書家・岡西佑奈さん「まだ『道』の途中。自分自身の究極の一線を求めて」

岡西佑奈(おかにし・ゆうな)
1985年、東京生まれ。6歳から書を始め、栃木春光に師事。高校在学中に師範免許を取得。水墨画は関澤玉誠に師事。書家として文字に命を吹き込み、独自のリズム感や心象を表現。自然界の「曲線美」を書技によって追求し、「自も他もなく、全ては一つであり調和している」という、自然と人間、万物の調和が世界平和の一助を担うという信条を持ち、創作活動を行う。近年では、書のみならず墨象や絵画なども手がけ、書家の域を超えた表現で注目され、国内外で個展を開催。2019年6月に天津文化センターでのパフォーマンス作品が中国天津美術館に収蔵、11月には世界遺産東大寺にも奉納された。フランスのユネスコ大使公邸や、国連ウィメンのイベントに招聘され、2020年5月にはニューヨークリンカーンセンターで個展・ライブパフォーマンスを行う予定。
https://okanishi-yuuna.com

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