花のない花屋

自宅を売って始めた豆腐屋 夢を追い続ける両親へ

〈依頼人プロフィール〉
八城有希子さん 34歳 女性
兵庫県在住
主婦

     ◇

2015年、父と母はそれまで経営していた中規模の豆腐工場を売り、自宅まで手放して小さな個人の豆腐屋さんをオープンしました。2人とも60歳での新たなスタートでした。

もともと父は豆腐屋に生まれ、母と出会って結婚。母は高校から美大の付属高校に通い、大学でも商業デザインを専門にしていた人でした。2人は父の家業を継ぐことになっていたので、母に期待されていたことは経理や帳簿の管理。「豆腐にデザインもなにもないし、美大卒なんて何の役にも立たない」と周りに言われ、苦労したそうです。

そんな2人は豆腐工場の経営に奮闘しながら、私たち姉妹を大切に育ててくれました。ところが、私たちが実家を巣立ったとたん、2人は突然工場を手放します。経営が悪化していたというのもありますが、そのまま続けようと思えば続けられたはずです。

あとで聞いたところによると、私の子どもが生まれたとき、2人はこう決心をしたのだそうです。「とうとう、おじいちゃんとおばあちゃんになった! このまま経営悪化する工場を続け、小さく終わるのだけはいやだ。孫には、最後まで挑戦する後ろ姿を見せたい」と。そして、母は孫の顔を見たその日に家を売る書類に判子を押したそうです。

もちろん周りは大反対でした。自分の工場も家もあるのに、なにも60歳になってすべて手放すことはないんじゃないか……と。2人は銀行にも相談に行っていたようですが、年老いた2人に融資をしてくれるところはなく、担当者には「夢を語っていただき、ありがとうございました」と言われて終わり。ほかに打つ手もなく、店を始めるには自宅を売るしかなかったそうです。

そんな2人がオープンした豆腐屋は、一見豆腐屋には見えない美しいお店です。母が知り合いのつてを頼り、若いデザイナーや建築家に仕事を依頼。工事中、町の人たちはおしゃれなパン屋やギャラリーができるのではないか、とうわさしていたそうです。今では豆腐屋なのに、地元のアーティストが展覧会を開いたりもしています。

父の作るお豆腐も絶品です。工場を経営しているときから、父は口癖のように「本当はもっとおいしい豆腐を作れるんだけどなあ……。死ぬ前に本当においしい豆腐を作りたいなあ」と言っていました。そんな父が自ら作るお豆腐は、在来種の豆だけを使ったもの。作られたお豆腐は、コンテストに入賞したり神奈川県内1位になったりしています。

そんな風に言うと、まるで順風満帆に聞こえますが、実際の豆腐作りは重労働です。昔は経営側だったのでデスクワークが多かったのに、今はすべての作業を2人だけでやっています。毎朝3時から働き始め、休日も仕込みなどがあり、休みらしい休みはなし。大豆の状態が優先されるので、なかなか遠出するのも難しく、すべては豆腐中心の生活を送っています。

そんな父と母には尊敬の念しかありません。2人が60歳を過ぎても新しい挑戦をやめず、自分たちの夢を追いかけている姿は、娘からみても本当に誇らしいです。そこで、私からのエールを込めて、いくつになっても新しい“景色”を追い求めて奮闘する2人へ、見たこともない花束を作っていただけないでしょうか。

自宅を売って始めた豆腐屋 夢を追い続ける両親へ

花束を作った東さんのコメント

今回のアレンジはまさにお豆腐です。四角い花器に白い花をお豆腐のように生けました。

実際のお豆腐を拝見したところ、機械がカットしたような直角ではなく、手作りらしさが残る少し丸みのある四角い形。全体的にやさしさがにじみ出ていました。そんなご両親へのお花ですので、四角いアレンジとはいえ、優しさのあるフォルムになるよう心がけました。

使用した花材は、ダリア、ピンポンマム、アジサイ、スイートピー、センニチコウ、カラー、アスター、ストック、トルコキキョウ、ガーベラ、アンスリウムなど。花だけでなく、花を挿すオアシスまですべて白で統一しました。

60歳から新しいことを始めるなんて、なかなかできることではありません。僕からのエールも伝わりますように……!

自宅を売って始めた豆腐屋 夢を追い続ける両親へ

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自宅を売って始めた豆腐屋 夢を追い続ける両親へ

自宅を売って始めた豆腐屋 夢を追い続ける両親へ

(&編集部/写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み


  •    

    「君の実家も大好き」 私の名字を残すと決めた夫へ
       

       

    「君の実家も大好き」 私の名字を残すと決めた夫へ


       


  •    

    「これからは羽を伸ばして」 1人で育ててくれた母へ感謝の花束を
       

       

    「これからは羽を伸ばして」 1人で育ててくれた母へ感謝の花束を


       


  •    

    生まれた息子は眠っているようで…。泣きたくても泣けなかった夫へ
       

       

    生まれた息子は眠っているようで…。泣きたくても泣けなかった夫へ


       

  •      ◇

    「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
    こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
    花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
    詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    自宅を売って始めた豆腐屋 夢を追い続ける両親へ

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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    http://azumamakoto.com/

    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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    彼がいなければつぶれていた。私を支えてくれる太陽みたいなパートナー

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