私のファミリーレシピ

呪われた、ヨークシャー・プディング

「おふくろの味(ファミリーレシピ)を作ってください」。ニューヨーカーの自宅を訪ね、料理を囲み、家族の話を聞いてつづった、ドキュメンタリーです。(文と写真:仁平綾)

  ◇

しーんと静まりかえった街。地下鉄は動いているものの、ショップもレストランもほぼ休み。12月25日のクリスマスは、ニューヨークがゴーストタウンみたいになる希有な1日(もちろん、観光地や繁華街など、人でごった返すスポットもあるけれど)。

そんな“静夜”に「我が家のクリスマスディナーへどうぞ」と誘ってくれたのは、イラストレーターのピーター・アークルさんと、ライターのエイミー・ゴールドワッサーさん夫婦。イギリスで生まれ育ったピーターさんが、英国風ディナーを振る舞ってくれるというから、喜び勇んで出かけたのだった。

呪われた、ヨークシャー・プディング

イースト・ヴィレッジで2匹の猫と暮らすピーターさん&エイミーさん。2人の住まいは、「猫と暮らすニューヨーク」にも登場。(みんな違って、みんな変。それが猫という生き物

キリスト教が信仰されている英国では、クリスマスが年の一大行事。
「レストランでは“クリスマスの予約を今すぐに”なんて案内が、8月から掲げられているんだから」と言うのはエイミーさん。英国の文化を、生まれも育ちもアメリカのエイミーさんが、おもしろおかしく話すコメントが愉快でたまらない。

夫妻のリビングに足を踏み入れると、大きなもみの木。オーナメントと電飾がにぎにぎしく飾られ、クリスマス気分を盛り上げる。ディナーテーブルの銘々皿の上には、紙の筒みたいな物体。「これは何?」と指さす私に、「クリスマスの定番、クラッカー!」とピーターさん。

筒を2人で片方ずつ持ち、同時に引っ張り合うと、パン!という乾いた音が鳴り、中央の大きな筒の部分が手元に残った人が勝ち。中に入っているオモチャをもらうことができるのだという。

「子どもの頃はこれが楽しみで仕方なかった。勝ち負けにこだわって、ケンカして泣いたこともあるし、兄弟でおもちゃを交換して楽しんだりもしてね」

呪われた、ヨークシャー・プディング

日本で見慣れているクラッカーとは、だいぶ形が違うクリスマス用のクラッカー。「端をねじりながら、ぎゅっとしっかり握るのが、うまく鳴らすコツ」とピーターさん

クリスマスの朝、子どもたちはベッドから跳び起きて、サンタクロースからのプレゼントへ一目散。夜、ディナーテーブルの上にはクラッカー。メイン料理は、母ジャネットさん手製のローストターキー。デザートはクリスマス・プディングとトライフル(スポンジケーキ、フルーツ、カスタードを重ねたスイーツ)。音楽はジム・リーヴスによるクリスマスソング……。それが、ピーターさんが子どもの頃に慣れ親しんだ、典型的なクリスマスだという。

なかでもピーターさんが虜(とりこ)になった母の味が、Yorkshire Pudding(ヨークシャー・プディング)。卵、小麦粉、牛乳というシンプルな材料で作る、シュークリームみたいな食感の甘くないサイドディッシュ。イーストもベーキングパウダーも加えず、オーブンで焼き上げ、ぷっくり膨らませるのだけれど、「それが難しくてね。年々出来上がりがひどくなる(笑)」という呪われた料理なのだとか。

呪われた、ヨークシャー・プディング

「ローストビーフ、ヨークシャー・プディング、シェパーズパイ。この三つが母から受け継いだファミリーレシピ」とピーターさん

生地を膨らませるコツは、熱した型に油を注ぎ入れ、熱々の油の中に生地を流し入れること。使う油は、英国では牛脂が一般的。“牛脂を使わないものは、ヨークシャー・プディングとは呼べない”とかたくなに主張する人も少なくないとか。昨年のクリスマスは、そんな掟(おきて)に反してピーナツ油を使用したピーターさん。「とんでもないひどい味」になってしまったと大後悔。

呪われた、ヨークシャー・プディング

火を付けたガス台の上に型を乗せ、熱々に温める。この“熱々”が成功の秘訣(ひけつ)。ヨークシャー・プディングは、アメリカでは「ポップオーバー」の名で知られている

熱々の型にピーターさんが牛脂を入れると、ジュッという音とともに、もくもくの煙が立ち上がった。その上から生地を流し込んだら、これまた熱々のオーブンに放り込み、タイマーを25分にセット。部屋に立ちこめる牛脂の香りに「これこそがヨークシャー・プディング」と顔をほころばせるピーターさん。「きっと明日の朝までセーターが油臭いまま」とつぶやくエイミーさんと、目を見合わせ笑う私。

15分ほど経ったところで、オーブンの様子を見に行ったピーターさんが叫ぶ。「ああ、もう泣きそうだよ!」。心配して駆け寄った私たちが目にしたのは……、ぷっくりと膨らみ、こんがり焼き上がったヨークシャー・プディング!

呪われた、ヨークシャー・プディング

思わずうれし涙がこぼれそうな、完璧な出来栄え。ちなみにヨークシャー・プディングは、本来はクリスマスではなく、日曜日の定番。家族で教会へ出かけた後などによく食べられるものだそう

「やったー!」
思わず全員でハイファイブ(ハイタッチ)。大成功のヨークシャー・プディングと共に、いよいよクリスマスディナーのはじまりだ。

呪われた、ヨークシャー・プディング

ヨークシャー・プディングの材料をボウルに入れたら、ハンドミキサーでがーっと混ぜる。ここまでは、パンケーキと同じぐらい簡単。問題は“焼く”プロセス

呪われた、ヨークシャー・プディング

ピーターさんがヨークシャー・プディングに使用した牛脂は、こんなかわいい瓶入り

ピーター・アークルさんのウェブサイト
ピーター・アークルさんのインスタグラム

★ピーターさんは、連載「猫が教える、人間のトリセツ」で、くすりと笑えるイラストアニメーションを担当しています。

■ヨークシャー・プディング(約12個分)

材料
小麦粉 170g
卵 2個
牛乳(または水) 180ml
塩、黒コショウ 適量
牛脂 適量

作り方

1  ボウルに小麦粉を入れ、卵を割り入れる。ハンドミキサーで混ぜながら、牛乳を加え混ぜる。
2 1に塩と、たっぷりの黒コショウを入れる。生地を冷蔵庫で30分ほど寝かせる。
3 オーブンを425F(約220度)に余熱する。ガスコンロの火をつけ、その上に型を乗せて温め、牛脂を小さじ1杯ずつ型に入れる。
4 3に生地を流し入れ、オーブンで20~30分ほど焼く。

>>次回へ続く

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  • PROFILE

    仁平綾

    編集者・ライター
    ニューヨーク・ブルックリン在住。食べることと、猫をもふもふすることが趣味。愛猫は、タキシードキャットのミチコ。雑誌等への執筆のほか、著書にブルックリンの私的ガイド本『BEST OF BROOKLYN』、『ニューヨークの看板ネコ』『紙もの図鑑AtoZ』(いずれもエクスナレッジ)、『ニューヨークおいしいものだけ! 朝・昼・夜 食べ歩きガイド』(筑摩書房)、共著に『テリーヌブック』(パイインターナショナル)、『ニューヨークレシピブック』(誠文堂新光社)がある。
    http://www.bestofbrooklynbook.com

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