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<129>主役はコーヒーを飲む“私”「coffee caraway」

「焼きたてのパンやケーキの店があるように、焙煎(ばいせん)したての新鮮なコーヒー豆の店があってもいいんじゃない?」

 東急東横線祐天寺駅から徒歩4分のところにある「coffee caraway」の店主・芦川直子さんはそんな思いでひとり店に立っている。スモーキーなブルーグレーに彩られた外観は、そこだけがヨーロッパの街中から抜け出たよう。芦川さんがコーヒーを淹(い)れたり、お客さんがゆったりとしたひと時を過ごす様子が、大きなガラス窓を通して映画のワンシーンのように見える。

<129>主役はコーヒーを飲む“私”「coffee caraway」

「どんな様子か外から見えると入りやすいと思うので、窓を大きくしました。実は店の中からも、外を行き交う人がよく見えて楽しいんですよ」

 カフェ好きの芦川さんが焙煎に興味を持ったのは、15年も前のこと。手探りで自家焙煎をしていたところ、周囲に興味を持ってもらえるようになり、出張コーヒー教室やカフェイベントなどをやっていくうちに次第に生業に。2008年には上目黒にコーヒー焙煎所をオープンした。

「作業場のつもりで借りた場所だったので、どの駅からも遠くて、お客様に来ていただくには少々不便でした」

 ようやくいいと思える場所を見つけることができ、2015年に現在の場所に移転。新鮮な焙煎豆を販売するのがメインだが、淹れたてのコーヒーも飲めるようにと小さなカウンター3席と、テーブル2席も確保した。

 壁際には3段の備え付けの棚があり、コーヒー関連商品とともに、本が並べられている。最上段には芦川さんの蔵書であるコーヒー関連の書籍。2段目の端には、学芸大学の古書店「SUNNY BOY BOOKS」の高橋和也さんが選んだ本が並んでいる。テーマは基本的にお任せで、高橋さんが店に合わせたものを持ってきてくれているという。これらの本は購入もできる。

 高橋さんとの出会いは前の店の頃からで、業種は違えど小さな店を一人で営む者同士ということで交流が生まれた。そこから「何か一緒にやりましょう」ということで、2014年にフリーペーパー「カップと本棚」が誕生した。今、店頭に置いてあるのは7号目で、発行頻度は特に決まっておらず、流れに任せて作っているという。

<129>主役はコーヒーを飲む“私”「coffee caraway」

「SNSで発信することが多い中、高橋さんが『紙で出したい』と言って、さすが本屋さんだと思いました。私も、お店やコーヒーのことを伝える何かがあればと思っていましたが、コーヒーの豆知識をまとめたフリーペーパーはあまりうちの店らしくない。でも、コーヒーを1杯飲む間に、文字を読んでゆっくり過ごしてもらえるものがあったらいいなと思って」

 移転を機に、少し店が広くなったこともあり、高橋さんが選んだ本も置くことになった。小説をよく読む芦川さんにとって、高橋さんの得意分野でもある詩集やアート系の本が店にあるのはとても新鮮なことだった。

「どうしても私はコーヒーのことばかりになりがちなので、自分の知らない世界に触れるきっかけになっています。どんなお客様がどんな本を取られるかも興味深いですし、そこから会話が始まることもあります」

 芦川さんは、客がここでコーヒーを飲みながら本を読んで長居してくれるもよし、コーヒー豆を買いに来て、未知なる本と偶然出合い、ついでに本も買って帰ってくれるもよし、とフレキシブルに考えている。

 そんな芦川さんが生み出すコーヒー豆とはどのようなものなのだろうか? 芦川さんが掲げているのは、「私にやさしいコーヒー」。

<129>主役はコーヒーを飲む“私”「coffee caraway」

「私がコーヒーの世界に入った頃、王様のような店主がいて、いろんな国名のコーヒーが並んでいて、店主がおいしいというものを飲ませていただく、というような感じで、初めての人には何が何だかさっぱりわかりませんでした。でも、主役はコーヒーを飲む“私”。やさしいというのは、コーヒーを知らない人にとって難しいものではなく、飲むときも心地よくという意味があります」

 同店のコーヒーには、「Matin(マタン=朝、午前)」「Après-midi(アプレミディ=午後、昼下がり)」「Nuit(ニュイ=夜、晩)」というように1日の時間帯に例えた名前がついている。毎日のさまざまなシーンで、その時の気分にふさわしい一杯でありたいという気持ちが込められている。

「品質のよさと新鮮さはいつも考えていて、なるべく新しくて焼きたてのものをお店に用意しています。まずは中深煎りのブレンド『Tous Les Jours(トゥーレジュール=毎日、日々)』をおすすめして、そこからお好みや気分など感覚を大切に選んでいただければと思っています」

 芦川さんが自分の店を始める時、ある人に、「カフェには文化がなきゃいけない。そこに文化はあるのか?」と問われたという。

「コーヒーってそれだけでは成立しなくて、どんなカップに入れるのか、どういう空間で、どんな音楽を聴きながら、どんな本を読みながら飲むのか、というように周辺のものも一緒に楽しむもの。いろんなものを組み合わせることによってさらに豊かになれる。私はコーヒーのそんなところが大好きなんです」

<129>主役はコーヒーを飲む“私”「coffee caraway」

■おすすめの3冊

『田口護の珈琲大全』(著/田口護)
南千住のコーヒー有名店「カフェ・バッハ」のオーナーが執筆した、豆の種類から焙煎方法まで網羅した本格的珈琲実用書。「まず、コーヒー豆の浅煎りから深煎りのグラデーションという表紙がいいですよね。コーヒーが好きな人なら絶対に飾りたくなる! 内容も経験則だけではなく、論理的に書かれた一冊なので、まさにコーヒーのバイブルです」

『コーヒーピープル 一杯のコーヒーに人生を注ぐ、十四人のトップランナーたち』(著/川口葉子)
カフェや喫茶文化に関する書籍を多く執筆する著者が、有名無名を問わず、コーヒーに深く関わりながら生きている人たちを丁寧に取材した一冊。「私がコーヒーの世界に入るにあたって、大きな影響を受けたのが川口さんです。あるきっかけでお会いすることができ、さらにはこの本で私も取り上げていただきました。自分が載っている本をおすすめの1冊にするのもどうかとは思ったのですが、登場する人たちや川口さんのコーヒーへの思いが伝わる一冊なので、ぜひ知ってもらいたく」

『珈琲の世界史』(著/旦部幸博)
がんに関する遺伝子学、微生物学を専門とする医学博士として活躍する傍ら、人気コーヒーサイト「百珈苑」を主宰。コーヒーに潜んだ歴史を学術的に研究し、まとめた新書。「コーヒーには常に一定数のマニアックなファンがいて、自分なりの研究を発表されている人も多いのですが、個人の経験や思い込みも多いんですね。でも、この本は著者が医学博士ということもあり、きちんと文献に当たって丁寧に検証した上で書かれたものなので、すごく読み応えがあります。プロアマ問わず、広く読んでほしい一冊です」

    ◇

coffee caraway
東京都目黒区五本木2-13-1
https://c-caraway.com/

(写真・山本倫子)

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    PROFILE

    吉川明子

    兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
    https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
    https://note.mu/akikoyoshikawa

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