鎌倉から、ものがたり。

浄明寺エリア、イェンス・イェンセンさんの縁でつながる地域の新拠点(1)「マナビノキ」

2014年からはじまった「鎌倉から、ものがたり。」は、今年で連載6年目に入ります。「価値観の転換」をテーマに、鎌倉、湘南、三浦半島を毎回ハンティングしながら、新時代のライフスタイルを実践している多くの方々に登場していただいています。

 記念すべき連載第1回は、若宮大路沿いの市場「レンバイ(鎌倉市農協連即売所)」にあるパン屋さん&カフェ「パラダイスアレイ ブレッドカンパニー」と勝見淳平さんの話でした。ここからスタートした「ものがたり。」は、回を重ねるごとに、鎌倉の多様なキーパーソンとネットワークにつながり、現在にいたるまで、面白い話題に事欠きません。

 昨秋のある日、鎌倉在住のイェンス・イェンセンさんから連絡をいただきました。著述家であり、祖国デンマーク流のライフスタイルの紹介者でもあるイェンセンさんは、勝見淳平さんの母、勝見早苗さんのご近所仲間でもあります。早苗さんが鎌倉・大町の自宅で主宰する料理教室「CAFE CACTUS (カフェカクタス)5139」も、この連載で記事にしていますが、キッチンに置いてあったイェンセンさん作の玉子ホルダーが、とてもかわいらしかったことが印象に残っています。

 そのイェンセンさんがいうには、
「いま、浄明寺で古い民家をDIYしています。ひとつは淳平さんの新しいパン工房になります。よろしかったら見にきてください」

 鎌倉の山の方。中心部から、朝比奈の切通しにいたる県道沿いに位置する浄明寺は、隠れ里の趣がある一帯です。そこでも新しい動きがあるのか、と少し驚きながらたずねていくと、くねくねとした路地の奥に、「糀(こうじ)」をテーマにしたお店があったりして……そう、前回、記事に取り上げた寺坂寛志さんの「sawvih(ソウビ)」は、実はイェンセンさんから教えてもらったのでした。
 ということで、2020年のはじまりは、イェンセンさんの縁でつながる浄明寺を、引き続きたずねていくことにします。

八百屋さんと酒屋さんだった古民家が、学童施設とパン工房に

浄明寺エリア、イェンス・イェンセンさんの縁でつながる地域の新拠点(1)「マナビノキ」

手前の建物が「マナビノキ」、その奥が「今此処(イマココ)商店-NOWHERE BREAD-」

 鎌倉駅からバスに揺られて約10分。「泉水橋」の停留所で降り、その名のついた小さな橋を渡ると、つきあたりに昭和時代の古い木造民家が2軒、並んでいる。以前は、八百屋さんと酒屋兼よろず屋さんとして、地域の日常をまかなっていた商店だ。

 いずれも店主が高齢化したことで、空き家になっていた建物だが、それらが昨年、懐かしい木造のたたずまいを残したまま、新しい地域の拠点として生まれ変わった。

 ひとつは勝見淳平さん(45)が経営するパラダイスアレイのパン工房兼店舗「今此処(イマココ)商店-NOWHERE BREAD-」、もうひとつが末原絵美さん(37)の運営する学童施設「マナビノキ アフタースクール」だ。

 古民家をカフェに転用することは、すっかり定着した昨今だが、教育の場として活用する例は、まだ多くは聞かない。しかも「絵美先生」として親しまれる末原さんは、2018年まで横浜国立大学教育学部附属鎌倉小学校に勤務していた元教師。現役の先生が独立して、アフタースクールを開くことはめずらしい。

 どんなところかな? と、建物に近づいていくと、子どもたちの賑(にぎ)やかな声が聞こえてくる。ガラス扉から中をうかがっていたら、男の子が気付いてドアをさっと開けてくれた。元気なだけでなく、親切で、紳士的なのだ。

 正月明けのスクールには、10人の小学生が集まり、昼食のお雑煮を先生と一緒に食べていた。といっても、ただ食べるだけではない。それぞれが興味のある地方のお雑煮について調べ、それら10種類を先生と一緒につくり、各自の発表も行うという「研究」なのだ。

 たとえば出汁(だし)は、おすまし、白味噌、あずきの3種類。お餅も丸型、四角型がある。へえぇ。そのお餅は前日に、近所の人もまじえた餅つき会でついたものだ。
「ここでは、子どもたちが持つ『マナビのタネ』をもとに、探究型の学習を行っています。探究型学習とは、課題に対してみずから情報を集め、整理、考察して、プレゼンテーションを行いながら、思考力、表現力を養う学習方法のことです。『マナビのタネ』とは、つまり知的好奇心。今日の探究テーマ『日本各地のお雑煮について調べてみたい!』も子どもたちの発案なんですよ」

 そう解説する末原さんは、兵庫県の出身。大阪教育大学で人文社会学、哲学、倫理学を学んだ後、神奈川県の公立小学校に教諭として11年間勤務。その後、鎌倉にある横浜国大附属小に転じて、生活科と総合的な学習の時間の研究・実践に取り組んできた。

 末原さん自身が知的好奇心と探究心にあふれた人で、マナビノキのいきいきした雰囲気を見ると、先生は彼女の天職と思える。しかし、長年現場に立つ中で、理想と現実のギャップにも直面してきたという。

「たとえば学校菜園で育てた野菜でカレーをつくりたい、と子どもたちが願っても、衛生面への配慮から『やめておこう』という方向に、大人たちがなびいていく。リスク管理優先の中では、子どもたちの探究心は育てられない、と葛藤する場面は年々、多くなっていました」

 現場に課せられる加重な責任の一方で、団塊世代の教員たちが定年を迎え、ベテランが減っていく。先生は余裕を、保護者は寛容性を失い、それらのひずみが子どもたちに反映されてしまう。そんな現状に対し、学びの内容を、旧来のつめ込み型から探究型に転換していく機運も出てはいるが、末原さんはそれを上からの仕事としてではなく、自分で探ってみたいと考えた。

 運営母体であるNPO法人「マナビノキ」を19年1月に設立。そのときに、小学校教諭時代に保護者として接したお母さんたちも、仲間として集まってくれた。元は八百屋さんだった建物は、店の土間、小上がり、階段下の小さなスペースを生かし、仲間たちで改装。昨年10月から運営がスタートした。そのままでは取り壊しの憂き目にあっていただろう木造の民家は、いま、子どもたちのエネルギーを集めて、周囲に明るい輝きを放つ。

 この建物と末原さんの縁を取り持ち、内装のデザインを担当したのが、ほかならぬイェンセンさんだった。

第2回に続きます

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    PROFILE

    • 清野由美

      ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

    • 猪俣博史(写真)

      1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

    ブラウニーから一生もののデニムまで 「現代の糀屋」から広がる衣食住/sawvih(ソウビ)

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