パリの外国ごはん

《パリの外国ごはん。ふたたび。》肉を断つ日も食べごたえ満点! エチオピアのベジタリアンプレート/Habesha

パリ在住のフードライター・川村明子さんと、料理人の室田万央里さんが気になるレストランを旅する連載「パリの外国ごはん」。今回は、川村さんがこれまで訪ねた中でも特にその後が気になる、また訪ねたいお店を歩く《ふたたび。》編です。ストが続いて遠出ができない川村さんの家のご近所、エチオピア料理のお店で、前回頼んだ定番の肉料理よりも、ボリューム抑えめの野菜料理を頼んでみると――?

    ◇

12月5日に始まった交通機関のストは、1月に入っても続行している。通常、平日の昼は外食をすることにしているが、行きたいと思う大半の店があるのは中心部より東寄りだ。ところが私が住んでいるのはパリの南西部で、おまけに結構な端。それでこの1カ月は、中心地までは出ても西寄りの、1時間半も歩けば家に帰ることのできる範囲で行動している(*今週になりストも収束に向かい、1月21日現在、メトロもほぼ通常運行になりました)。

この連載「パリの外国ごはん」でこれまでに訪れた店を振り返ると、パリの地図の真ん中に、南北に線を引いたとしたら、左側には2軒しかなかった。
いつも“わざわざ行く”心持ちになる自宅から少し離れた店に目が行って、近くの店には意外にもなかなか出かけないので、ちょうどいい。2軒のうちの1軒、Habeshaへ行くことにした。ピンクの外観が印象的なエチオピア料理の店である。

バス通りから店のある横道に入って行くも、記憶にあったピンク色が見えない。あれ?と思いながら近づくと、看板はそのままなのだけれど、ピンクだった箇所は赤く塗られていた。通りの向かいからドアをじっと見つめた。人の気配が感じられない。オーナーが代わったのだろうか……。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》肉を断つ日も食べごたえ満点! エチオピアのベジタリアンプレート/Habesha

真っ赤に模様替えしたハブシャ

店を訪れるのはほぼ2年ぶりだ。前回は立て続けに2度ランチに来て、いずれもグループで食事をしているテーブルがあり賑(にぎ)わっていた。ランチタイムのピークは過ぎている時間帯ではあったが、それにしてもなあと少し不安を覚えながら通りを渡り店の前に立った。

すると、7、8メートル離れたところで話をしていた男女が私の方を見た。どうも店の人のようだ。男性が私の方に歩いてきた。「一人?」「はい」と答えると、腕時計に目をやり「じゃ、クイックランチね」と言って、どうぞ、とドアを開けてくれた。

店内には、一番奥のテーブルにフランス人男性が1人。すでにコーヒーのポットが出ている。とてもくつろいだ様子で、その場所が彼の定位置のように思われた。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》肉を断つ日も食べごたえ満点! エチオピアのベジタリアンプレート/Habesha

赤い枠に緑と黒。エチオピアの国旗の色とお揃い

メニューを渡され、一応開いて目を通したけれど、頼むものは決まっていた。来る前から、ベジタリアンプレートにするつもりだった。前に食べた、ひと通りのエチオピア定番料理の盛り合わせには、スパイシーな肉料理が3種類に卵ものっていて、ともかくおなかいっぱいになった。帰りに歩くことを考えても、少し軽やかにしたいと思ったのだ。

くだんの男性に注文すると、厨房(ちゅうぼう)へオーダーを通した。相変わらず厨房との仕切りには布がかかっていて、中の様子が全く見えないようになっていた。注文を伝えるときや、料理を出すときには、その布をちらっとめくるのだけれど、中の様子がうかがえるほどにはめくられない。ただ、厨房にいるのは、少し聞こえる声から女性だとわかる。2年前もそうだった。厨房を見えないようにするのは文化的なものだろうかと気になりながらも、それを尋ねるのは、よその家の冷蔵庫を勝手に開けるのに似た躊躇(ためら)いを感じて、今回も聞く気にはならず、慎み深さの漂うその様子をただ眺めた。

先ほど外にいた女性も店に入ってきて、私のテーブルにさっと目をやると、おつまみを持ってきて置いた。ナッツ数種と麦を炒ったもののミックスだ。麦が軽やかでおいしい。ぽりぽり食べていたら、料理が運ばれてきた。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》肉を断つ日も食べごたえ満点! エチオピアのベジタリアンプレート/Habesha

ナッツだけよりもずっと軽やかで、このおつまみはヒットだった!

「このスナック、好きです。これは小麦?」と聞いたら「気に入った? 大麦を炒(い)ったものよ」と笑顔で教えてくれた。前にはいなかったその女性は、おつまみの器を厨房に下げると、奥の席でくつろいでいた男性の前に腰掛けた。どうもオーナーらしい。

ベジタリアンプレートといえど、肉料理が盛られていないだけでボリューム自体は変わらない。レンズ豆が2種とえんどう豆、さやいんげん、ビーツ、キャベツとニンジン、ホウレン草のいずれもがくたっと火の通った状態で、それぞれ少しずつ味付けが違う。いずれも優しい味で、野菜のブイヨンで煮ているのか、他の野菜の風味を含んでいる感じがした。中央に盛られた赤いレンズ豆だけはスパイシーで、でも知っている唐辛子の辛味ではない。判別できないいろんなスパイスの味がした。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》肉を断つ日も食べごたえ満点! エチオピアのベジタリアンプレート/Habesha

インジェラはしっとり、ペタッとしている

この店では、フォークもナイフも出てこない。折りたたんで添えられたエチオピアのガレット、インジェラをちぎり、具を包んで食べる。右手だけでうまく包み込んで食べようとすると、ひとちぎりが大きくなってしまって、だからか早々におなかが膨らんできた。姿はそば粉のガレットと似ているが、テフと呼ばれる穀物を粉にして水を加え、発酵させたこのガレットは、そば粉よりもずっと食べごたえがあるように思う。

インジェラがなくなったのを見たスタッフの男性が、「もう1枚いる?」とおかわりを持ってきてくれた。前も感じたことだけれど、やっぱりこのインジェラは、キムチと相性が良さそうだ。独特の酸味があり、なじみのない味ではあるものの、ぬか床に香る酸味とか、古漬け、もしくはかなり漬けこまれたキムチと共通するものがあると思う。インジェラにキムチと、ほんのちょっとチーズを乗せたりしたら、きっと相性が良いんじゃないかなぁ。
野菜料理はどれも、ぼやんとした味だ。それゆえに、お総菜っぽさを感じる。香り米と一緒でもおいしいだろうし、混ぜ合わせて食べてみたい。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》肉を断つ日も食べごたえ満点! エチオピアのベジタリアンプレート/Habesha

郷土感を楽しめるインテリア

私が食べ終えると、奥の席で店の女性と談笑していた男性が話しかけてきた。彼は、ブルターニュの人で、パリに来るたびに、この店で食事をするらしい。「君もよく来るの?」と聞かれ、「2年ぶりで3度目です。でも、表の壁の色が変わっていたから……」と言い始めたら「オーナーが代わったかと思った?」と女性が笑った。彼女がここで店を始めて14年になるという。

「あのベジタリアンプレートの野菜料理は、野菜ごとに別々に料理しているのですか?」と聞くと、もちろん、という。そこで、エチオピアを何度も訪れているらしいブルターニュのムッシュが教えてくれた。「エチオピアでオーソドックスな宗教では、肉を断つ日が、たくさんあるんだ。カトリックだと金曜だけだけれど、そんなどころじゃなく何日もある。ヴィーガンとか、そんな考えの生まれるもうずっとずっと前から、野菜だけの料理がいっぱい存在しているんだよ」。
そうか、宗教での習わしなのか。

《パリの外国ごはん。ふたたび。》肉を断つ日も食べごたえ満点! エチオピアのベジタリアンプレート/Habesha

締めはエチオピアのコーヒーで

続けて、「インジェラは、テフ粉に小麦粉を混ぜると聞いたのですが……」と尋ねると、「ここでは、フライパンで焼いて出すから、小麦粉を混ぜないと千切れてしまうので、それで加えるの。現地ではテフ粉だけよ。インジェラを焼く鉄板があって、生地を焼いたらそこでそのまま具を上に盛るのよ」。へぇぇぇじゃあ生地が温かい状態なのか。食べてみたいなぁと思っていたら、「そば粉のガレットと同じだね。ブルターニュは100パーセントそば粉でガレットを作る」とムッシュが同調した。確かにそうだ。小麦粉を加えたりしない。

エチオピアには見事な遺跡がいくつもあって、これもその一つだよ、と店内に貼られたポスターを示しながらムッシュが熱く語り出した。12世紀ごろのものらしい。アフリカに遺跡を見に行くとは、考えたこともなかったけれど、ちょっと色々調べてみたくなった。「現地のごはんもおいしいですか?」と聞いたら「もちろんだよ。ここで食べるみたいにね!」と今にでも飛んで行きたそうだった。

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    PROFILE

    • 川村明子

      東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
      noteで定期講読マガジン「パリへの扉」始めました!

    • 室田万央里

      無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
      17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
      モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
      イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
      野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
      Instagram @maorimurota

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