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湯船につかりながら滝つぼへトリップ!? 銭湯ペンキ絵の魅力

寒い季節。たまには銭湯で足を伸ばして温まるのはどうでしょう。「銭湯、って行ったことないけれど、どんなところ?」と気になっている方へ、その魅力を2回にわたって紹介します。今回は、銭湯絵師の田中みずきさんにペンキ絵の楽しみ方を聞きました。

体力勝負のペンキ絵制作

田中さんと東京都台東区の「三筋湯」で待ち合わせ。お店に協力をいただいて、営業時間前にペンキ絵を見せてもらった。

男湯には大きな富士山の絵。女湯には中央に滝が流れる絵が描かれている。「絵の下のほうは水辺を描くことが多いのですが、この銭湯は壁に岩があるので、雲を描いて外の世界とつながっているように見せているんです」

銭湯の浴場にある大きな壁にペンキで描く銭湯絵師は、日本に3人といわれる。そのうちただ一人の若手が田中さんだ。

ペンキ絵は基本的に、銭湯の営業がない日に1日で描き終える。朝8時から始め、遅いときには撤収が夜10時ごろになることもあるという。壁沿いに足場を組み、それに乗って描く。使うペンキは赤、青、白、黄色の4色だけ。これを混ぜ合わせてローラーやはけ、筆を使い分けて表現する。「夏は熱い空気が高い所に上がってくるけれど、もちろんクーラーはないですから(笑)。暑いときは暑い中、寒いときは寒い中で描きます」

足場の上では、ふくらはぎや太ももがずっと緊張しているという。加えて、作業中ははしごを何度も上り下りする。「描き終えるとヘトヘト。腕よりは足が筋肉痛になります。体力はものすごく使いますね。三筋湯さんでは、足場が組みきれないところは、岩に足をかけて描きました」

湯船につかりながら滝つぼへトリップ!? 銭湯ペンキ絵の魅力

三筋湯の浴槽横の壁には岩が

「新入り来たぞ」とすぐばれた

田中さんがペンキ絵に出会ったのは、美術史を専攻していた大学2年のとき。卒業研究のテーマを探していた。好きなアーティストの作品が、銭湯をモチーフにしていることに気づいた。「それなら一度行ってみようと思ったのがきっかけです。お湯につかって見ていると、絵の中に入ってしまうような感覚があって。生活の場で絵を見る場所があるんだ、と面白かった」

「でも誰も他の人は絵を見てなかったです。絵に背を向けてずっと話してた。常連客と反対に私1人だけが絵のほうを向いて入ったので、『新入りきたぞ』とすぐばれました(笑)。銭湯の絵を『浴場背景画』と呼ぶ専門家もいるんですが、本当に背景になっている感じがしました」

湯船につかりながら滝つぼへトリップ!? 銭湯ペンキ絵の魅力

研究のため、銭湯絵師の中島盛夫さんの制作現場に通った。「今は若い人でやっている方はいないというのは知っていたし、これは100年経ったらなくなってしまうのではないか、と。描けるようにして残したいと思うようになった」。中島さんへ弟子にして欲しい、とお願いし、見習いを許されてこの世界に飛び込んだ。

ペンキや足場の板など、必要なものを覚えることからはじめ、だんだんと絵の一部を描かせてもらうようになった。絵を描くことは小さい頃から好きだった田中さんだが、実際にペンキ絵をやってみると、思った以上に描けなかった。「時間もかかるし、どうも師匠とは線が違って違和感が残る絵が続く。師匠は何も迷わずにサーッと描き進めていて、松を描いてもピシッと決まっていくんですけど、それが全然できなくて。私は考えて考えて、違うところに描いている、みたいな」

湯船につかりながら滝つぼへトリップ!? 銭湯ペンキ絵の魅力

三筋湯の脱衣場からは庭が見える

大学から大学院、1年半の会社員時代、その後美術作品のレビューサイトで批評を書く仕事やアルバイトをしながら、と修業は約10年間続いた。「師匠たちが知る全盛期からすると、ペンキ絵を描く仕事は減っている。だから師匠からは『ペンキ絵以外の仕事を持て』と言われていました」。それでも自分が生きていく方法としてかけてみよう、と修業を続けた。

2013年に独り立ちした。現在は銭湯のほかに、個人宅やイベントでも描く。「便利屋」を営む夫が、足場を組んだり道具を運んだりしてサポートしている。

「若い世代の銭湯の店主が私のブログを見てくださっていたり、『若者で頑張っているなら頼んでみるか』とこれまでご縁がなかったような銭湯の方も、お話をくださるようになったり。本当にありがたいです」

湯船につかりながら滝つぼへトリップ!? 銭湯ペンキ絵の魅力

三筋湯の女湯

湯船につかりながら滝つぼへトリップ!? 銭湯ペンキ絵の魅力

三筋湯の男湯

よく見ると、飼い犬や名所が

銭湯の建て替えに合わせ、タイルだけだった壁に新たにペンキ絵を描くスペースをつくるところもあり、最近はペンキ絵が銭湯のブランディングの一つにもなっているという。

「ペンキ絵は絵師によってけっこう画風が違う。色調が明るいとか深いとか。リズミカルな筆遣いか、細かくゆっくり描くか、とか。好きな色や気になっているモチーフといった、絵師の個性みたいなものもみえてくる」

「私は銭湯の店主と相談して描いています。なので、銭湯で飼っているワンちゃんが絵の中に入っていたり、『地域の名所を入れて』とリクエストを受けて、地域の山や商店街を描いたりすることもあります」。銭湯によっては注意深く見ると、地域のキャラクターや動物が絵の中にいることも。

「ペンキ絵が、銭湯やその店主の個性を知るきっかけになるといいかな。絵の中に入っているちょっと変わったものを探して、コミュニケーションのきっかけになると面白いな、と思います。知らない土地の銭湯で、その地域のことを知る、というのもいいですよね」

湯船につかりながら滝つぼへトリップ!? 銭湯ペンキ絵の魅力

昔ながらと新しいもの、両方を極める

田中さんは、銭湯のペンキ絵を「広告」として再び利用されるようにしようと取り組んでいる。「ペンキ絵に広告がついていたときは、多くの人が訪れて、経済活動の中に銭湯があった。だんだんと銭湯の数が減って勢いがなくなってしまい、経済活動の中から離れてきてしまっているような感じがして。ペンキ絵を使ってPRしていけば、銭湯という空間自体を社会的な経済活動の中に、もう一回入れ込むことができるかもしれない」

一方で「(ペンキ絵の技術を)残していかないといけない、というのは自分が決めることではない」と冷静に分析する。「残していきたいと思う人を増やす、ということしか自分にはできない。基本を踏まえつつ、違ったもの、時代にあったものというニーズも意識する」

「ペンキ絵は銭湯あってのもの」と語る田中さん。ペンキ絵制作の様子をつづったブログには、現場の銭湯に足を運んでもらえるよう、営業時間や住所などの情報が日本語と英語で掲載されている。

湯船につかりながら滝つぼへトリップ!? 銭湯ペンキ絵の魅力

三筋湯の重厚なつくりは街の中で目を引く

昔ながらの建物、現代風やレトロモダンな銭湯。それぞれにどういうペンキ絵がよいのか。大きな空間を彩るのに、悩みはつきない。「店主と相談しながら悩んで、自分の中の『ペンキ絵観』みたいなものを見つけていく。新しいものだけを描いていると見えなくなるものがあるし、昔ながらの基本があるから新しいものが描ける。昔ながらのものと新しいもの、どちらも必要で、どちらもやり続けることが大切だと思っています」

銭湯のペンキ絵はこれからどう進化するのか。お湯につかりながら考えてみるのも、よいかもしれません。

(文・福宮智代 写真・林 紗記)

三筋湯
東京都台東区三筋2-13-2
03-3851-2683
営業時間15:00~23:00
月曜休み

田中みずきさんのブログ「銭湯ペンキ絵師見習い日記(田中みずき 銭湯ペンキ絵制作記録)」

《特集・銭湯》

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