装いの物語り

「ルーツ」を思い起こす姉から譲り受けた白いシャツ 平田春果さん

  
「装い」という言葉を辞書でひくと、「身なりを整えたり、身を飾ったりすること。また、その装束や装飾」という意味に加えて、「準備すること。用意。したく」とある。人は、TPOに応じて装っているのだとすれば、人の数だけ「装い」の個人史があり、ファッションにはきっと、思い出や記憶とリンクする、ごくパーソナルで断片的な物語が宿ることがあるのだ。「物を語る」ことで浮き上がる、そんな「物語」をさまざまな方の声を通して伝えていくこと、それが「装いの物語り」という連載のスタイルです。

(文・構成:山口達也 写真:服部恭平 キャスティング:和田典子)

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アメリカやイギリス、ヨーロッパ圏を中心としたインディペンデント・ミュージックが集う原宿の輸入レコードショップ、「BIG LOVE」の共同創設者のひとりで、レーベル運営を含むクリエイティブディレクターを務めている平田春果さん。

原宿の人気セレクトショップ「GR8(グレイト)」のPR、「いけばな草月流」の師範の資格をもついけばなアーティスト、翻訳家、あるいは世界を飛び回るイベントコーディネーター。多彩な彼女の肩書きを、ひとつのフレーズに集約することはできそうもない。

「BIG LOVE」を訪ねたその日、レコード棚にさりげなく置かれていたのは、文様のコード刺繍が施された白いシャツだった。「30年前、家族全員で暮らしていたギリシャで11歳年上の姉が購入したものを譲り受けて着ているんです。今日はちょっと久しぶりに見た気がしますね」

「ルーツ」を思い起こす姉から譲り受けた白いシャツ 平田春果さん

東京に生まれた平田さんがギリシャにわたったのは、6歳のころ。海を眺望できるギリシャ第二の都市であるテッサロニキの家に、家族5人で4年間を過ごした。

「きっと姉は忘れていると思いますが(笑)、ティーンエイジャーだった姉がこの服を購入したときのことを今でも覚えています。もっとも物事を吸収する幼い頃にギリシャで見て、聞いて、感じたすべてが、鮮明な状態で心の中にあり続けているのです」

彼女が生まれる前、両親と兄姉はロンドンに長く住んでいて、家の中は海外から持ち帰ったもので溢れていたという。「親族も含めて海外生活経験者が多い環境もあって、みんな外国の感覚を持っていて、いわゆる“普通の日本の家庭”ではありませんでした」

「いまは、自分の“骨格”はアジア人であることを常に忘れないようにしていますが、私の“筋肉”は間違いなくギリシャでの経験。私を形成し、いまの価値観の根幹にあるものなのです」

自分のアイデンティティは一体どこにあるのだろうか?

「ヨーロッパに住み、アメリカンインターナショナルスクールに通うアジア人……。私はどこに所属しているのか? 今でも混乱することがあるんです」と、幼少期からずっと心に抱いていることを穏やかな口調で話してくれた。

「10歳で東京に戻ってきたときは本当に辛かった。漢字の読み書きはできるけど、書き順が正しくないと先生に叱られる。数学は解けるのに日本語で書かれた問題の意味がわからない。さらには“ギリシャ”というあだ名で呼ばれクラスメイトとの距離を感じる……。ただ母は、『人と同じことを絶対にしないで』と口にする人でもあった。自分のアイデンティティは一体どこにあるのか。そこはかとない孤独感や疎外感が常にあって、今でもそれと戦い続けています」

歳を重ねるにつれて「孤独」を共有する友人と出会うこともあったが、「孤独」を埋める手段は、司馬遼太郎から三島由紀夫、向田邦子、川端康成の小説。そして、レコードコレクターでもあった兄の影響を受けた音楽だった。

「学習院大学で出会った友達は、今でもすごく大切な存在です。決して差別をしないし、孤独を感じている子たちがいたら何も言わずに受け入れて支えてくれる。皇室にも関わりが深いところで、日本人としてどうあるべきかも考えることができた。そこから、自分が何をしていくのだろうと考えたとき、就職先もあやふやなままバイトをし始めたのが、『BIG LOVE』の前身である『ESCALATOR RECORDS』だったんです」

「ルーツ」を思い起こす姉から譲り受けた白いシャツ 平田春果さん

写真左下、カリが作ったロゴ

しばらくして英語を駆使して海外とやりとりをするレーベルの業務に力を入れるようになっていき、「かけがえのない友達との出会い」と巡り合っていったという。

たとえば、2008年に改名してスタートした「BIG LOVE」のロゴを制作したLAに住むアーティスト、カリ・ソーンヒル・デウィットもそのひとりだ。「カニエ・ウェストの『Life of Pablo』をデザインして一躍有名になりましたが、彼のアート展の手伝いに海外に行ったり、一緒にブランドをやったりもしてきました。少しずつですが、音楽に携わりながらファッション関係の人たちと知り合うようになっていったんです」

「私がやっていることを心から理解してくれて、一緒にいてとても居心地が良い人たち」を、紹介してくれた。「パム/パークスアンドミニ(P.A.M.)」を手がけるミーシャ・ホレンバックさんとショーナ・トゥーヘイさん。「アリーズ(Aries)」のソフィア・マリア・プランテラさん。「アリクス(ALYX)」のディレクターであるマシュー・ウィリアムズさん。彼・彼女たちは今、アンダーグラウンドな香りを漂わせながらも世界のファッション業界にも強い影響力を持っている面々である。

「私は、親友が作った服を身につけたい。それは、大好きな人たちの思いやストーリーが詰まっているから」と、自身の装いについてきっぱりと話す。

「心をむき出しにするような本音の感情は英語のときだけです(笑)。なので、英語を喋る友達とならリラックスできるし、『くだらないこと』さえも共有できる友達にやっと出会えたと思ってる。親友たちが、今まで辿ってきた私の道は正しかったと思わせてくれるのです」

「ルーツ」を思い起こす姉から譲り受けた白いシャツ 平田春果さん

いけばなをはじめたのは、私の人生の転機だった。

「GR8」のショップや、「アリクス」のショールームを彩るいけばなの作品は、すべて彼女の手によるものだ。(instagram

「安部公房の『他人の顔』や『砂の女』の映画が本当にアバンギャルドで大好きだったのですが、監督をされていた勅使河原宏先生が『いけばな草月流』の三代目家元であることを知り、門をたたいたのがはじまりでした」

4年前に始めたいけばなは、合作でない限り、まさに「孤独」と向き合う時間でもある。「人生の転機だった」という。

「経験を積み、『BIG LOVE』でやりたいことを実現できるようになってきたタイミングで、ようやく自分とリアルに対峙し、『私自身の表現手段は何か?』と考えるようになっていきました」

踏み入れた「道」の世界で、求めていた自己表現の方法と、「永遠に終わらない学び」を得たという。

「言葉にするのはとても難しいのですが、華道や茶道に通じる日本の『道』には一本の糸のような緊張感があります。最初の挨拶、礼儀、生ける前の準備、生けてる間も汚さず、その都度、片付け、終わったらお礼をする。いけばなとは、“花を生ける行為”そのものというより、すべてが、ここではないある地点にたどり着くまでの“準備”なんじゃないかなと思います」

徒競走のように単純な勝ち負けや、分かりやすいゴールがあるわけではない。「だから、『道』なんでしょうね。『終わらないんだ』と思うと自然と謙虚になれて、私自身を律することができるんです」

「孤独感」を感じながら、自身のアイデンティティを問い続け、現在は「いけばな草月流」の師範についた平田さんは話を続けた。

「絶対に逃れられないものを認める力を、私はいま、とても大事だと思っています」。一着のシャツに宿り、これまでもこれからも想起させ続けることとは、「ギリシャにいたことが自分のルーツである」という証なのだろう。

「ルーツ」を思い起こす姉から譲り受けた白いシャツ 平田春果さん

平田春果(ひらたはるか)
「BIG LOVE」共同創設者・クリエイティブディレクター。セレクトショップ「GR8」のPR。「いけばな草月流」師範。1981年生まれ、東京、ギリシャ育ち。原宿で輸入レコード店「BIG LOVE」を運営。詩を中心としたzine作家、歌詞対訳を中心とした翻訳家、ギャラリースペースのキュレーター、国内外のイベントコーディネーターとしても活躍。「アリクス」のヴィジュアルブック『PREPARATION F19』では、 “いけばな”が作り上げられていくプロセスを特集される。
http://www.bigloverecords.jp/

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  • PROFILE

    • 山口達也

      ライター/エディター
      大学在学時より東京を拠点に国内外のファッションデザイナーやクリエイター、アーティスト、ファッションウィークなどを取材・執筆。近年は『i-D Japan』『Them』『AXIS』など様々なメディアに寄稿。

    • 服部恭平(写真)

      写真家/モデル
      2013年からファッションモデルとして活動し、数々のランウェイショーに出演。モデル活動の傍ら、プライベートなライフワークでもあった写真作品が注目を集め、近年は写真家としても活躍。

    5年間肌身離さない母からもらったイラン製の腕時計 RIONAさん

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