花のない花屋

あっという間に逝ってしまった父へ 言えなかった「ありがとう」を込めて

〈依頼人プロフィール〉
藤川由香子さん(仮名) 40歳 女性
兵庫県在住
主婦

     ◇

昨年の3月半ばのこと、突然実家の父から電話がありました。「お父さん、2週間くらい前から一切ものが飲み込めなくなっちゃって。病院行ったら、すぐにがんセンターで検査してって言うんだよ」。聞けば、近所の内科で食道を検査したところ潰瘍(かいよう)があちこちにあり、出血までしていたそう。ちょうど私は1月に3人目の長女を無事出産したばかりで、子どもたちの春休みに合わせ、実家でのんびりしようかなと思っていた矢先でした。

その後、父はすぐに紹介状をもらって大きな病院で精密検査を受けました。すると、まさかの食道がんとの診断……。しかも、すでに胃や肺、肝臓や骨にまで転移したステージ4。余命2カ月という宣告でした。

ちょっと前までは自分で車を運転して仕事にも行っていたので、あまりに唐突な、本当につらい宣告でした。思い返せば、その前年の秋から父は原因不明の腰痛に悩まされ、あちこちの病院や整形外科、鍼灸(しんきゅう)院などで見てもらっていました。とはいえ、最終的にまわされた大学病院では「脊柱(せきちゅう)管狭窄(きょうさく)症」と診断され、半年前の人間ドックでもすべてA判定、バリウム検査でも異常なしだったため、その腰の痛みが末期がんからくるものとは、つゆほども思わなかったのです。

そこから父が亡くなるまでは本当にあっという間でした。父は、延命治療は望まなかったため、緩和ケアを受けられる病院へ入院。私と妹、弟、母は一丸となり、残された父との時間を少しでも有意義に使おうと、持てるエネルギーをすべて父へ向けました。しかし、みんなの願いも届かず、入院から5週目……ちょうど私が娘のお宮参りにいっていたときに、父は家族に見守られて眠るように息を引き取りました。私にとっては、前の週末に、「お父さんまた来るね!」と慌ただしくお別れしたのが最後です。

父は亡くなる前、一人ひとりとゆっくり話す時間を作ってくれていました。あるとき父が言った言葉が今でも心に残っています。

「すごくいい人生だったよ。子ども3人も立派に育って独立してくれたし、(私は)頑張り屋だから、何も心配してないよ」

そして、私が「何かしてもらうばかりで、お父さんにはまだ何もしてあげられてない……」と言うと、父は「そんなことない。孫の顔を3人も見せてくれて、倍返しだよ!」と言ってくれました。

今思うと、あのとき本当は私が一番言いたかった「ありがとう」が言えていませんでした。きっと父のことだから、ちゃんとわかってくれているとは思いますが、そんな父への「ありがとう」という気持ちを花束にしていただけないでしょうか。

父は商社勤務で、現役時代はいつも出張で全国を飛び回っていました。明るく、お酒が大好きで、みんなでワイワイ楽しむのが生きがいでした。自分で「お父さんは山の子」というほど山や自然を愛し、私が子どもの頃はよく家族で北アルプスなど高い山を登りに行っていました。

静岡県に住む父にとって富士山は特別な存在らしく、子ども3人が巣立ってからは、富士山の国有林を手入れするボランティアをしたり、2、3年前は富士山頂郵便局でアルバイトをしたり……。「毎朝ご来光が見えるんだよ」なんてうれしそうに語っていたのを思い出します。

ぱっと咲いてぱっと散る……そんな花火のような人生を見事にまっとうした父へ、山頂の真っ青な空や北アルプスのお花畑、すがすがしい緑を連想させるような花束をお願いいたします。

あっという間に逝ってしまった父へ 言えなかった「ありがとう」を込めて

花束を作った東さんのコメント

亡くなったお父様は山がお好きだったとのことで、山で野草がそよいでいるようなイメージでまとめました。

印象的な青い花はデルフィニウム。濃いブルーと薄いブルーの2種類を交ぜています。紫色の小花はブルーファンタジアという種類のスターチス。グリーンはスモーキーなミモザの葉とアセボを挿しました。

オレンジ色のバラやサンダーソニア、ピンクのアスター、ラッパのようなキルタンサス、フリージア、スプレー咲きのカーネーションなどカラフルな色の花たちは、お父様の「花火のような人生」を表現するために挿したもの。軽やかさのある花を選びました。

全体として形も色も多種多様な花が集まりましたが、まるで野山のように一つのまとまりのあるアレンジになったかと思います。

あっという間に逝ってしまった父へ 言えなかった「ありがとう」を込めて

あっという間に逝ってしまった父へ 言えなかった「ありがとう」を込めて

あっという間に逝ってしまった父へ 言えなかった「ありがとう」を込めて

あっという間に逝ってしまった父へ 言えなかった「ありがとう」を込めて

(&編集部/写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み


  •    

    不遇に見えていた次男 希望をかなえて社会へ
       

       

    不遇に見えていた次男 希望をかなえて社会へ


       


  •    


       

       

    彼がいなければつぶれていた。私を支えてくれる太陽みたいなパートナー


       


  •    


       

       

    自宅を売って始めた豆腐屋 夢を追い続ける両親へ


       

  •      ◇

    「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
    こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
    花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
    詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

    フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

    あっという間に逝ってしまった父へ 言えなかった「ありがとう」を込めて

    1976年生まれ。
    2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
    近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

    facebook

    instagram

    http://azumamakoto.com/

    PROFILE

    椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


    不遇に見えていた次男 希望をかなえて社会へ

    一覧へ戻る

    「治ったら彼女と結婚する」 闘病支えてくれた妻へ改めてプロポーズ

    RECOMMENDおすすめの記事