パリの外国ごはん

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

パリ在住のフードライター・川村明子さんと、料理人の室田万央里さんが、いま気になるパリの外国レストランを訪問する連載「パリの外国ごはん」。今回は、以前から川村さんが気になって名前だけメモしていたという、アフガニスタン料理のお店です。実はインド料理ともつながりが深く、デリーにはとてもおいしいアフガニスタン料理のお店があるのだとか。さて、パリのアフガニスタン料理は……?

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テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

イラスト・室田万央里

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

寒くなると思い浮かべるものは、やはり湯気だ。この連載でごはんを食べに行くことが、もはや定期会合のようになっている私たちは、今回もまた「なに食べに行こっか」と案を出し合った。最初に挙がったのは、ベトナム料理(万央里ちゃん)とモロッコ(私)だったのだが、2人とも、どこかしっくり来ていない感じだった。

「実はずっとノートに名前と住所だけ控えているお店があってね。アフガニスタン料理なの。お店を見に行ったことも、通りかかったことさえないのだけど、なにで見つけたのだったのかなぁ? それも覚えていないのに、ずっとノートの1ページにその店の名前だけ大事にとってあるんだよねぇ」と万央里ちゃんに伝えると、「アフガニスタン!」といきなりテンションの上がった反応が返ってきた。

「インドを旅行した友だちが、デリーで食べたアフガニスタン料理がすっごくおいしくて、“アッコちゃんパリでおいしいアフガン料理の店見つけて!”って言われたことがあったから、その時何かで見つけたのかも。おいしいんだって、アフガニスタン料理」とさらに加えたら、「いいねぇ、スタン。パキスタン、ウズベキスタン……スタンがつくところの料理は惹(ひ)かれるね」とすでに万央里ちゃんは心をつかまれたようだった。確かに、スタンで終わる国名の地には、湯気の立つ料理がありそうだ。それで、通りかかったことさえない、名前だけ控えていたその店に、行くこととなった。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

配色に異国を感じる内装

場所は5区。アラブ世界研究所とパリ第6大学からほど近く、学生向けに良心的な価格の店が並ぶエリアに、その店、Kootchiはあった。中に入ると、思いのほか、にぎわっている。テーブルはほぼ全部、埋まっていた。

先に着いていた万央里ちゃんが「私、ここの前、何度か通ったことあった」と言った。それでも気づかなかったことにうなずける、知らなければ入ってみようとはなかなか思わない、ひっそりした空気が漂っていた。冬だからなのかもしれないけれど、店内の陰影が濃い。一見で入るには、相当の好奇心が必要な気がする。

店内でひとり、サービスをしていたムッシュがメニューを持ってきた。開きながら手渡されたそのページには手書きのメモが差し込んであり、それが“今日の料理”だという。その小さな用紙を見ると、ピーマン、ひき肉、玉ねぎ、トマトソース、バスマティ米と書かれていた。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

メモの挟まったメニュー

ただ、一つだけ解読できない単語があった。ピーマンの後に続き、ひき肉の前にあることから「これ、もしかしたら、ファルス(=詰めた)かな」と万央里ちゃんが言った。そうかもしれない。もう少し考えたかったけれど、そこでとどまっているわけにはいかなかった。さっと目を走らせただけでも、メニューには、スープとサラダ以外は分からない料理名だらけで、フランス語の説明を読まないことには始まらなかったからだ。そして私たちは、2人そろって、端折(はしょ)ることなく全部読みたいのだ。私たちのメニューを読むときの集中力は結構なものだと思う。

“今日の料理”のメモが挟まれたページには、ランチのセットメニューが書かれていたのだが、なんと9.20ユーロとある。これは、前菜+メイン+デザートの値段。学生街と言えど、破格ではないだろうか。私が前日に食べた、あるビストロのサンドイッチはテイクアウトで11.50ユーロだった。カフェで食べるサラダ・ニソワーズだって15ユーロする。

ページをめくると、そこに並ぶのは12.50ユーロのセットだった。いずれのコースも昼だけの提供で、メインはどれもごはん(バスマティ米)が付いてくるようだ。ソース多めのおかずにごはん、まさに“食堂”なプレートをイメージした。

迷いに迷った揚げ句、12.50ユーロのページから、ナスのグリルの前菜と米料理のメインを選び、アラカルトから前菜とメインを各1品ずつ頼むことにした。それと、doghというアフガニスタンの飲み物も。

ナスのグリルを選んだのは、料理の注釈に“遊牧民の干しチーズ”という言葉があったからだ。万央里ちゃんは大いに興味を引かれていた。果たして、そのチーズは真っ白で、ソースのように料理の上にかけられていた。見た目からはナスの料理とはわからないが、食べてみるとちゃんとナスだ。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

ナスがトマトソースに溶け込んだ前菜

トマトベースのソースに、ナスが溶け込んでいる。スパイスの香りもしっかりして、コリアンダーとクミン、ほかにも色々入っていそうだった。ニンニクも結構効いている。意外にもチーズはクセがなく、ヨーグルトと言われたらすんなり納得するだろう。辛味はなくて塩味はとてもマイルド。だからかよりニンニクの強さが際立つ印象だ。

もう一つ楽しみにしていた前菜は、アフガン風ガレットである。極薄でパリッと焼かれたガレットの具は、ポロネギだ。使われているのは主に緑の部分。それで、ぎゅっと味が濃い。添えられたソースは、甘みの少ない酸っぱいピクルス液にハーブを混ぜているような、キンとした酸味があった。つけると別物になり面白いけれど、極薄お焼きのような感じで、何もつけない状態が私は好みだった。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

ポロネギ入りの極薄ガレット

そこにdoghが運ばれてきた。クルドサンドイッチ店で売っているヨーグルトドリンクをイメージして飲んだら、それよりもずっと軽くて飲みやすい。キュウリがとてもたくさん入っているのだろうか、あとはミント。油っ気もニンニクもスッキリ流してくれる。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

きゅうりとミント入りで軽く塩味のヨーグルトドリンクdogh

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

メインがそろった

お待ちかねのメインもまた、意外な姿で登場し、私たちのテンションは上がったままだった。米料理はピラフだったようだ。レーズン、アーモンドスライスに刻んだピスタチオ、千切りのニンジンがふんだんに散らされている。フォークを差し込んだら、お米にすっぽり埋もれていた、角切りにした仔牛肉が顔を出した。このお肉がふっくらとした仕上がりで、ふわっと軽い口当たりのバスマティ米にぴったりだ。でも、全体の味を決めていたのは甘みとほんの少し酸味のあるレーズンだろう。ニンジンの絶妙な歯ごたえある火の通り加減も、ポイントだ。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

レーズンとアーモンド、ピスタチオいっぱいのピラフ。中を探ったらお肉が出てきた

これには、ナスの前菜とおそらくベースは同じ味のソースが添えられてきたのだが、かけると、別物になった。ただ、しっかりした味のために、ふわっとしたピラフの風味を消してしまう。私は、断然ソース無し派だった。子供の頃、「お弁当、混ぜごはんだけでいいよ」というくらい母の混ぜごはんが好きだったのだが、このピラフは、それを思い浮かべるくらいに、これだけを食べ続けたいひと皿だった。

そして、アラカルトから選んだラビオリ。蒸したラビオリの具は、これもまたポロネギの緑の部分とアサツキで、上にミートソース、そのまた上からニンニク入りヨーグルトソースがかかっており、ミントもふんだんに散らしてある。ラビオリの皮はわりと薄めで、モチっとしているけど同時につるっとしていた。肉を中に一緒に詰めず、上からソースでかけることで、ラビオリ自体が軽いからか、全体的な印象も軽やかに感じた。ポロネギの緑の部分ということも大きい気がする。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

ひき肉はソースとして上にかけられているラビオリ

セットメニューにはデザートが付いていて、ミルクプリンのようなものが出された。「これさ、昔、プラスチックの容器に入ってた硬いかき氷の味に似てる。わかる?」と万央里ちゃんに聞かれ「あ~わかるよ。あの凸凹のお花形みたいな容器のやつね」というと「そうそう、それ!」とうれしそうだった。彼女はこのデザートも好みだったみたいだ。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

懐かしい甘みのフラン

最後にカルダモン風味の紅茶を飲んで、ムッシュと少し話した。
営業中は、1人厨房(ちゅうぼう)に雇っている人がいるけれど、料理はムッシュが作っているという。この店を始めて25年。もともとアフガニスタンでは銀行員だったらしい。もう長いこと難しい情勢にある祖国を出て、パリに来てから、生きる術としてレストランを始めた。料理は子供の頃、お母さんを手伝っていて覚えたそうだ。

帰ってから、写真に撮ったメニューを改めてじっくり見ていたら、あることに気づいた。
店名が、看板とメニューとで、つづりが違う。
どっちが正しいのだろう? それを確かめたくて、あと、ナスの前菜ももう一度食べたくて、再訪することにした。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

牛肉の肉だんご、コフタ

この日は、セットメニューにして、ナスの前菜と、肉団子のソースがけにごはんが添えられたものを頼んだ。この店の料理は、スパイスは使っていても辛くなくて強くもなくて、やはりどの料理も味が優しい。意外なところで、ごはん(白米)だけは塩味が効いていた。その食感から、ゆでたのであろうことが察せられたが、料理よりもごはんの方がずっと塩味がしっかりしていた。とはいえ、料理が優しい味だったから、合わせて食べると、ちょうどいい塩梅(あんばい)だった。

すっかり顔見知りになって、食後ムッシュと話した。早速、店名のことを尋ねると「あぁ看板は、頼んだ人が間違えたんだよ」という。それをそのままにするのもまた大胆だなと思いつつ、「じゃあメニューにある、Koutchiが正しいのですか?」と聞いたら「そうだよ。あ、でもKootchiでも通じるよ」とフレキシブルな返事が来た。それで、そもそもKoutchiとはどういう意味なのか聞くと、「ノマド(遊牧民)だよ」と今度はきっぱり教えてくれた。

テンション上がりっぱなし。湯気の立つアフガニスタン“ノマド”料理/Koutchi

Koutchi
40 Rue du Cardinal Lemoine, 75005 Paris

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    PROFILE

    • 川村明子

      東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
      noteで定期講読マガジン「パリへの扉」始めました!

    • 室田万央里

      無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
      17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
      モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
      イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
      野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
      Instagram @maorimurota

    《パリの外国ごはん。ふたたび。》肉を断つ日も食べごたえ満点! エチオピアのベジタリアンプレート/Habesha

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