東京の台所

番外編<松本の台所 1>「愛着」は必ず誰かの思い出とともに

連載200回を記念し、松本の台所を訪ねた。
拙著『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)の取材で、長野県ではいまなお自家製漬物をおすそ分けしあったり、果物を干したり煮たりという保存食を中心とした独特の食文化が根付き、それが地域や世代を超えたコミュニケーションづくりに役立っていると気づいた。
これは、かつて日本のどこにでもあった習慣だ。
実際、若い世代や移住者はどうだろう。
逆に、ここで生まれ育った70代の毎日の食卓は?
私自身7歳から5年間過ごした松本で、時代の変化と食生活のいまを、3人の台所から見つめてみたい。

    ◇

〈住人プロフィール〉
漫画家、エッセイスト・42歳(女性)
戸建て・5SLDK・JR中央線 松本駅(松本市)
入居5年・築年数46年・夫(自営業、44歳)、長男(10歳)、次男(7歳)との4人暮らし

新しいものも古いものも好き

 東京で編集者をしていた彼女は、入社3年目に結婚。同時に、イラストとエッセイで表現する側を志し、退社した。軽妙な著作物は多くの読者に支持され、順調に仕事は増えていった。

 3年後の夏、ロープウェーもあることから、軽い気持ちで駒ケ岳(長野県駒ケ根市)に登った。
 頂上で、雲海が眼下に広がる壮大な景色は、今も忘れられない。
「絶景って、海外に行かないと見られないものだと思っていました」
 以来、夫や仲間とともに山登りを楽しむようになった。

 3年後の2009年、長男を出産。いきなり怒濤の日々が始まる。
「保育園に入れず、時間預かりの保育施設を四つはしごするような毎日でした。私は東京生まれで、東京も、新しいものも大好きですが、同じくらい古いものも山も自然も好き。子どもが自分の育った原風景を思い返すとき、そこに美しい山があったらいいなあと考え始めるようになりました」

 山暮らしをしたいわけではない。買い物もカフェも、仲間とわいわい酒や料理を囲む時間も好きだ。街や美しい景色や人づき合いを適度に楽しめるいわば里山を探した先に、松本があった。

 同じフリーランスで在宅業の夫と2011年移住。さっそく保育園を見学した。
「どうぞいらっしゃいと笑顔で迎え入れられて。入園してみると、朝夕いつ行っても、先生と子どもたちがとっても楽しそうなんです。朗らかでみんな自然な笑顔。保育園には、ものすごく救われました」

小さな社会の入り口

 まもなく2人目が生まれたこともあり、駅前のマンション暮らしを経て、古い戸建てに転居した。
 仏壇と押し入れのある和室は襖(ふすま)を外し、本やおもちゃの収納棚と子どもの遊び場に。
 カウンターはあるものの、通路の壁をはさみ、独立型の間取りだった台所は、壁を抜き、茶の間と一体のワンルームにした。

 リフォームは、保育園の保護者仲間や、山小屋の仲間、松本でできた友達に手伝ってもらった。
 ダイニングテーブルや台所の棚、ハンギングツールは夫の手作りだ。吊(つり)戸棚の扉は外し、内側にオイルを塗布して、オープン収納に。彼は語る。

「いろんな人に気軽に来てほしいし、料理をしたい人は遠慮なく台所を使ってほしい。だから、何がどこにあるかわかるようにしました。僕は、誰か来るとき、“1週間前に言ってね”っていうの、いやなんです。急に来てくれても、散らかっていても気にしない。だれでも気軽に集まれて温かい時間が流れている、そういう家にできたら良いなあと」

 砂壁は削り、仲間と珪藻土(けいそうど)を塗った。まだ途中だが、「剝がしたままでも、案外いいかもなあって思ってるんですよ」と彼女。

 気負わないふたりの考えが投影された明るい空間は、たしかに、時間が経つのも忘れそうな居心地の良さがある。

 かつてふたりで、ハワイ島のヒロを訪れた。華やかなオアフ島と違い、古く素朴な面影が色濃く残るエリアだ。
「そこに暮らす人たちがそれぞれ自分の好きなもの、自分の信じる価値観を大切にして生きているように見えました。私はこれが好きなんだと、誇りを持っている。人それぞれ大切なものは違っていいし、私たちはあらためて、多様であることの自由さとその大事さに気付かされました」

 子どもたちにとってこの台所や茶の間は、多様な人たちと出会う最初の小さな社会なのかもしれない。

梅干し、塩レモン失敗

 私は、移住後の暮らしについてさまざまな媒体で取材経験がある。だが、彼女の肩の力の抜け具合はとりわけ印象的だった。
 台所道具を聞くと、「もらいもの」という言葉が何度も出てくる。

「閉店するすると言いながら続けていたおばあさんがひとりで営む古い瀬戸物屋に5年通いつめていたら、閉店するとき、これあなた持ってってと言われた」という器が戸棚に並び、「ラーメン屋で出された野沢菜があんまりおいしいので、感激していたら、持ってきなって袋にたくさん入れてくれた」という漬物が冷蔵庫から出てきた。

 美しいフォルムの塩と砂糖の壺(つぼ)はどの作家のものか尋ねると、「よく行く店で50円でした。器は好きですが、作家さんはあまり気にしないんです。だから誰の作品かとかよくわからなくて」

「常備菜を作ったら、食べなきゃというプレッシャーに押しつぶされそうになって。家族もそんなに喜んでくれないんですよね、またこれ?なんて。だからやめちゃいました」

「梅干しに挑戦しようと、採れた実を洗って追熟(ついじゅく)させたら、タイミングをのがしてそのまま腐敗しちゃったんです」

「手作りのジャムや保存食の入ったガラス瓶の並ぶ台所は憧れます。でも塩レモンを作ったはいいけど、これを使ってどんな料理を作ればいいやらアイデアがなくて。ジャムも減りませんでしたねえ。買ったほうが違う味を楽しめて飽きないから」

 往々にして、家庭の食卓とはそういうものだ。手作り、丁寧な暮らしに縛られすぎると、苦しくもなる。
彼女はそれらの“信仰”を早々に手放した。

「松本には、おいしいジャムがたくさん売っていますし、漬物もだれもかれも名人みたいにおいしくて、ありがたいことにあちこちからおすそ分けを頂けます。私のこだわりなんて、煮干しでとっただしと地元の味噌(みそ)でお味噌汁を作るくらい。あとは旬や地の恵みで十分です」

 育ち盛りの男の子が2人いる。仕事もある。漬物や保存食はいつか作りたいと思うかもしれないが、今はそのタイミングではないらしい。

 彼女と商店街を歩いた。15分ほどの道が、目的地に着くまでに1時間かかった。老若男女、店の先々で立ち話が始まるからだ。ふだん、どれほど街の人と会話を交わしながら買い物をしているか、手にとるようにわかった。

「台所道具も、結局どこのなんていう商品かはあまり関係がなくて、それを売ったり譲ってくれた人との思い出がうかぶ。そこにその人がいる。そうやって愛着が増していくのだと思います」

 りんご、白菜漬けの小袋、50円の壺、夫が一生懸命作ってくれた包丁差しやハンギングのバー。誰かの思い出が張り付いたあれこれが並ぶ台所に立つたび、毎回思うそうだ。
「ここに暮らせて嬉(うれ)しいな」
 彼女は、松本というより、この街に暮らす多様な人々を、また、彼らと触れ合い、感謝しながら寄り添って暮らす、時間と空間が好きなんだろうと思った。

>>台所のフォトギャラリーへ  ※写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます。

【「東京の台所」イベント開催決定!】
3月22日(日)午後、スペシャルゲストをお招きして、大平一枝さんによる「東京の台所」連載200回記念トークイベントを都内で開催いたします。

>>参加のご応募はこちら。締め切りは3月5日(木)です。

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    PROFILE

    大平一枝(写真も)

    長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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