このパンがすごい!

カレーは引き立て役。三口目からもっとおいしくなるカレーパン/ottoパン

 
 今週は、すごすぎないことがすごいパンを紹介しよう。控えめであることは美徳である。あなたのまわりにもきっとそんな人がいるだろう。出しゃばらず、まっとうで、人に対してはいつもやさしく。では、その人の価値が正当に評価されているかといえば、必ずしもそうではない。その美徳ゆえに。我も我もと前に出たがる人たちの陰につい隠れがちになる。

 なにを言いたいか? 私は「ottoパン」の「カレーパン」について語ろうとしている。昨今のカレーパン、みな争うように、スパイス感やコクや具材の大きさ珍しさなどインパクト争いと化す中、このカレーパンは、やさしさのほうへ、インパクトのないほうへと撤退していくように感じる。その立ち位置が逆に新しい。

カレーは引き立て役。三口目からもっとおいしくなるカレーパン/ottoパン

カレーパン

 揚げているのではなく、焼きカレーパン。手のひらに収まるような小さな形が好もしい。さくりと歯切れがいいのに、小麦の香りもしっかりと感じられる。トマトの甘さと肉の香り・ダシ感が生きた、スープカレーのようなフィリング。この透明感はパンの風味を殺さず、むしろ引き立てる。やさしいぴりぴり感。ターメリックの香りはなつかしさを喚起する。一口で終わらず、三口目、四口目にもっとおいしくなり、一個食べて腹八分目的満足に達する。

「牛豚のひき肉を、タマネギ、ホールトマトといっしょに、水を一切使わないで煮込んでいます」と木内俊弘さん。「カレーの味が強いので小麦の風味は重要ではない」となりそうなところを、北海道産小麦「春よ恋」を100パーセントで使用する。

「いちばん好みの小麦で作っています。生地のおいしさを味わってほしい」

カレーは引き立て役。三口目からもっとおいしくなるカレーパン/ottoパン

カレーパンの断面

 同じ生地で作られる「クリームパン」のカスタードクリームも、芳醇(ほうじゅん)なれど、甘さは控えめ。春よ恋のもつ生々しい粉っぽさ、じんわりとした旨味(うまみ)が加わって、たしかなコクのあるものとして完結する。

カレーは引き立て役。三口目からもっとおいしくなるカレーパン/ottoパン

クリームパン

 やさしいものというのは、物足りなく感じがちかと思っていたが、大間違いだった。やさしさとやさしさとの掛け合わせが、意外なほどに遠くまでつれていってくれるのが、セミハード生地に自家製ミルククリームをはさんだ「松の実ミルク」。

 素焼きの陶器みたいなてざわり。噛(か)みしめがいのあるもっちり加減。小麦の香りにわずかなはちみつの香り。単独でもアイスクリームみたいにぺろぺろ食べられそうな、甘さのきつくないミルククリーム。やさしさとやさしさが重なる。広がる。ぐんぐんと。長く長く。淡いと思っていたものが心地よさへと転じる逆転劇。やがてミルキーさはゆっくりと消え、小麦の風味に戻ってくる。後味もさわやか。

「クリームは生クリームとバターがメイン。生地は春よ恋と『きたほなみ』で。自家製酵母(自家培養した発酵種)で中種を作って。作らなくてもできるのですが、なにかもう一味足りなくて」

カレーは引き立て役。三口目からもっとおいしくなるカレーパン/ottoパン

松の実ミルク

 売り場は2坪程度の極小店舗だ。木内さんがたったひとりで製造を行う。人まかせでないから、丁寧にやさしく生地に接することができるのだろう。だから、この店のパンは、やわらかくてやわらかすぎず、見た目もシンプルでうっとりするほどかわいい。まるで絵本の中から抜きだしてきたようにメルヘンチックである。

カレーは引き立て役。三口目からもっとおいしくなるカレーパン/ottoパン

ショップカード。イラストは木内俊弘シェフの兄・木内達朗氏

 そのことと関係があるのかわからないが、木内さんの兄は、著名なイラストレーターの木内達朗氏である。店内に絵が掛けられているほか、ショップカードのイラストも達朗氏のもの。よく知っている店だから本当は必要ないが、ショップカードをそっと手に取り、持ち帰った。

■ottoパン
東京都品川区中延5丁目9-10
03-5498-0255
10:00~18:00
月曜、第2・4火曜休
http://ottopan.com

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    PROFILE

    池田浩明

    佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
    日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
    http://panlabo.jugem.jp/

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