明日のわたしに還る

松たか子さん、演じることは「一生懸命嘘をつく仕事」

SNS全盛の時代にあえて手紙をモチーフにしたラブストーリー「ラストレター」(岩井俊二監督)が公開中だ。ヒロイン・裕里を演じるのは松たか子さん。初恋の人に姉のふりをして手紙を書いてしまうノリの良さ。うっかり者ながらチャーミングな主婦を演じ、コメディー映画ではないのに、映画に朗らかな明るさをもたらしている。

挑戦ともいえる緊張感のある再会

松さんが岩井俊二監督の映画に出演するのは「四月物語」以来、約20年ぶりだ。

「『ラストレター』への出演は岩井さんが決め手でした。内容も気になりますが、監督や演出家は撮影期間や稽古期間中に自分を委ねる相手。信頼とその方に興味が湧くことが大事にしていることかもしれません」

出演作の決め手となるのは最終的には「人」。「悩みに悩んで決めるタイプではない」と言う。

「『四月物語』の長編のような作品でまた岩井さんとご一緒できるのは、挑戦ともいえるし、緊張感のある再会でもあります。恵まれているなとすごく思いました」

松たか子さん、演じることは「一生懸命嘘をつく仕事」

(c)2020「ラストレター」製作委員会

舞台、映画、ドラマ、音楽と、各ジャンルで確実にキャリアを重ねてきた松さんから、意外にも「緊張」という言葉が出てきた。

もう一度、お芝居することを修行したい

どんなキャラクターでもなりきる演技力の持ち主――。見る側としては勝手にそんな思いを抱いていたが、作品に入る時は、「毎回『このメンバーの中に入っていけるのかな』という緊張感や『どういうふうになるのか想像がつかない』といった不安を抱きながら一生懸命向かっていくところはあった」と話す。

だが、そう思いつつも2、3年前にふと「お芝居するということを、もう一度修行したい」と思ったことがあったそうだ。

「そうしたら中島哲也監督の『来る』の霊媒師役が来たんです。さっぱり想像のつかない役。ホラー映画は自分には向いていないと思ったのでやるつもりがなかったジャンルでした」

松たか子さん、演じることは「一生懸命嘘をつく仕事」

「そして、舞台では年齢的に割と近い演出家・岩井秀人さんの新作『世界は一人』で声を掛けていただき初めてご一緒しました。しばらく縁のなかった時代劇『峠 最後のサムライ』(20年公開予定)にも出演することになったり、山下敦弘監督の『ハード・コア』(18年)に1シーンだけ呼ばれてカラオケ歌って帰ってきたり。そんなふうに去年、一昨年くらいは私にとってちょっとしたチャレンジの作品が続いたんです。なるようになっていくんだなと感じました」

誰かを演じるにはきちんと嘘(うそ)をつく

ストイックな思いが、作品を引き寄せる磁場のような力になるのだろう。松さんは演じることを「一生懸命嘘をつく仕事」だと話す。

「舞台は毎日のコンディションも関係してくるし、まっさらになれない状態で、毎日舞台に立ち続けることもある。映像でも、何回テストしても一回一回を同じようにはできない。そういう状況の中で、たとえ自分自身が役に滲み出てしまうとしても、俳優は誰かを演じる仕事なので、きちんと嘘をつくというか『正直に嘘をつく』ようにはしたいと思います」

「そこで、松たか子がよく見えるように役を変換しないように。その点では『嘘はつきたくない』という思いはあります」

松たか子さん、演じることは「一生懸命嘘をつく仕事」

(c)2020「ラストレター」製作委員会

そのために必要なのは集中力だという。

「集中するとは、ピリピリして人を寄せ付けないオーラを出すわけではなく、自分の気持ちの中だけで集中するというか、キープするといいますか。どんなに穏やかに話をしている時でも、頭の片隅に役のことを入れておく。それを忘れないようにできればいいなと思います」

「でも、集中力はやっぱり年々落ちますね。子どもが生まれてから記憶力とともに集中力が『あ、落ちてる!』と思うことはあります(笑)。難しいです」

20代のあの頃の反省

順風満帆にキャリアを重ねてきたように見える彼女にも、失敗はたくさんあると笑う。セリフを忘れる。セリフを噛(か)む。カーテンコールで舞台に出ていった途端、思いっきり転んだことも。そうした失敗とは別に、今も反省として残る出来事がある。

20歳か21歳の頃のこと。ドラマでカメラが映しているのは相手役。松さんはカメラの脇に立って相手と台詞のやり取りをし、彼女の姿は映っていない。その場面を向きを変えて2度3度と撮影していく。

「自分としては同じようにやっているつもりでしたが、自分が映ってない時に同じテンションで演じられていなかったことが、多分、あったんです。相手の方から直接言われたわけではありませんが、撮り終えた後にスタッフから『(松さんが)同じようにできない』ということをちょっと言ってたよ、って伝えられたことがありました」

松たか子さん、演じることは「一生懸命嘘をつく仕事」

演技はお互い想像しながら作っていくもの。映っていようが映っていまいが、テンションはキープしないといけない。

「特にテレビドラマなど映像は、それが残っていくし切り取られてしまうので、そういう緊張感を持っていなきゃいけない、と反省しました。今もその方に会うと、勝手に『あっ!』と緊張して背筋が伸びることがあります。スタッフが伝えてくれたので、ありがたかったです」

「スタッフは全部を見ている人たちですし、一番最初のお客様でもある。そのことをきっかけに、現場の人たちが『よし!』と思える、パワーが漂う現場を目指したい。そう思うようになりました。みんなが熱中する作品であればあるほど、いい作品になるのかなと思っています」

うれしくて仕方なかった初舞台

そして、もう一つ、俳優の道を歩み始めたばかりの彼女を考えさせた舞台がある。

16歳で初舞台を踏んだ歌舞伎「人情噺文七元結」だ。松さんは亡くなった十八代目中村勘三郎さんの娘役。舞台が好きで興味もあって子どもの頃から舞台に立ってみたいと思ってきただけに、初日からうれしくて仕方がなかったと振り返る。

松たか子さん、演じることは「一生懸命嘘をつく仕事」

「歌舞伎はひと月25日間の興行ですが、できないなりに慣れてきた頃のことでした。勘三郎のお兄さんが出番と出番の間にパッと私の楽屋にいらして、『頼むよ』とだけ言われて、すぐに次の場に出て行かれたんです。『え? 頼むよってなんだろう?』って。ハッと気づいたのは、『私、慣れていたのかな』と。できないなりに毎日やっていると、段取りに慣れていたのかもしれないと思いました。この舞台が最初だったことも恵まれたチャンスでしたが、お兄さんにその一言をもらえたことも恵まれていた、と今も覚えています」

緊張とは演技に対する誠意でもある。若い時に肝に銘じた「考えなければならない」ということが、松さんの俳優としての原点になっているのだろう。失敗を繰り返さない努力をしてこそ飛躍してきた。

「仕事を続けている以上は、どんな作品に出演するか、どんな役に出会うかはできるだけ自由な感覚でやっていきたいですね。それが量なのか役柄なのかはわかりませんが、なるべく自由に決められたらいいなと思っています」

「直感を信じ、なるようになると大らかに構えて、その1年なりが進んでくれればいいなと思います。役を決めてからは不自由でいいんです(笑)」

(文 坂口さゆり 写真・馬場磨貴)

    ◇

松たか子(俳優)
1977年6月10日生まれ。東京都出身。94年にNHK大河ドラマ「花の乱」でテレビドラマ初出演。主なドラマ出演作に「ラブジェネレーション」(97年)、「HERO」シリーズ、「ノーサイド・ゲーム」(2019年)など。主な映画出演作は「告白」(10年)、「夢売るふたり」(12年)、「小さいおうち」(14年)、「来る」(18年)、「マスカレード・ホテル」(19年)など多数。「アナと雪の女王」シリーズではエルサの声を担当。映画、ドラマ、舞台、音楽と多ジャンルに渡って活躍。

松たか子さん、演じることは「一生懸命嘘をつく仕事」

「ラストレター」
亡くなった姉・未咲の死を伝えるために向かった姉の同窓会で、裕里(松たか子)は未咲と勘違いされてしまう。妹だと言い出せず会場を後にした裕里だが、バス停で姉の元恋人で裕里の初恋相手だった鏡史郎(福山雅治)と思わぬ再会。姉のふりをして文通を始めることに……。手紙をモチーフに、2世代の男女の恋愛模様を描くラブストーリー。あの「Love Letter」の中山美穂と豊川悦司も登場。原作・脚本・編集:岩井俊二 出演:松たか子、広瀬すず、庵野秀明、森七菜、小室等、水越けいこ、木内みどり、鈴木慶一/豊川悦司、中山美穂、神木隆之介、福山雅治ほか。全国東宝系にて公開中 配給:東宝
(C)2020「ラストレター」製作委員会
https://last-letter-movie.jp/

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