平井かずみ×在本彌生 世界の花めぐり

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

旅好きなフラワースタイリスト・平井かずみさんと写真家・在本彌生さんのお二人が「ものづくり」に携わる、心ひかれる方々に会いにいき、あの国のあの花のこと、それにまつわる習慣や文化のお話を伺います。世界中の花との愉(たの)しみをふだんの暮らしに取り入れることができるよう、平井さん流にそのエッセンスを伝えていきます。


ある朝、平井さんのアトリエにうかがうと、お茶のためのお湯が沸くのを待ちながら、平井さんが大事そうに取り出してきたのが、竹編みのポーチでした。そっとリボンを解いてふたを開けると、中から出てきたのは、小さなお猪口(ちょこ)と小さなお皿、袋に入った土のかたまり、そして椰子(やし)の葉に包まれた何か。すべて、タイ・チェンマイで作られ、日本にやってきたスキンケア用品だそう。今月は、この美しい「トラベルセット」から始まる、タイのジャスミン、そして色とりどりの花のお話です。

    ◇

タイの古都チェンマイを拠点にものづくりを続けている、大橋二郎さんと花岡安佐枝さんによるeavam(イーヴァム)の「トラベルセット(Krungthep)」。竹編みポーチから出てきたお猪口の中にはジャスミンの香りのバーム、袋の土は洗顔用のクレイ、そして椰子の葉の包みの中には、バームを取るためのスパチュラが入っている。一つひとつの形が美しく、丁寧に作られていることが伝わってくる。そして、何よりバームから、ジャスミンの花、そのままの香りがしてくる。

平井さんがeavamの商品に惹かれたきっかけも、このバームだった。

「ジャスミンの香りって、難しいんですよ。どうしても人工的な香りになってしまう。でもこのバームは本当のジャスミンの香りがする。それがずっと忘れられませんでした」

大橋さんたちが日本に一時帰国して展示会を開く機会に、会いに行きました。

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

バームは年ごとの作柄に応じた限定生産。保湿クリーム、リップバーム、ハンドクリーム、練り香としても使える。手首や耳のうしろに少しつけて、大きく吸い込んで、うっとり。ネットで発売されるやいなや、すぐに売り切れてしまう

ジャスミンバームの始まりは、庭にジャスミンを植えるところから

もともとは編集とデザインの仕事をしていた大橋さん、そしてコスメティック開発を手掛けつつコンテンポラリーダンサーとしても活動していた花岡さんは、ネパールやモロッコなどの仕事を経てタイに移り、チェンマイに住んで15年。ジャスミンのバームは、作り始めて3年目になる。

バームの原料のジャスミンの生花は、「せっかく敷地もあるし、庭もあるし、それなら花から作ろう」と、バーム工房の前にジャスミンを植えるところから始まった。無農薬で化学肥料を使わないため、最初は、葉に毛虫がついたり、若い芽がつかなかったり、試行錯誤の連続だった。

ジャスミンの花は、乾期の終わりが近づく4月に咲く。朝7時半、一番涼しいときに花を摘むのは、スタッフである近隣の村の女性たちだ。花を一つひとつ丁寧に摘んだあと、まず、ほこりや萼(がく)を取り除く。

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

eavam工房のジャスミン畑。ブーゲンビリアの鮮やかな赤が咲き誇ります

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

(撮影:大橋二郎)

一般的なエッセンシャルオイルと同じ方法では、ジャスミンの花から香りが取れないとされている。でも昔の文献を発見し、試作を繰り返しながら「できてしまった」のだそうだ。

ヨーロッパで中世以来、伝統的に行われていた製法で、合成香料がうまれるとともに廃れてしまった天然香料抽出法「アンフルラージュ」だ。バームの上に花を敷き詰めて24時間。それを5日間繰り返すと、バームに花の香りが移るという。

バームを入れる容器は、ふたがないオリジナルのものを作った。使わないときには、テーブルの上に伏せておいてもいい。専用の袋も、日本の茶道具を入れる袋「仕覆(しふく)」をモチーフにデザインし、一つひとつ縫製している。バームを取るスパチュラは、チークの古材を使って、チャムチャー(レインツリー)の葉っぱをかたどったもの。

ある日、チャムチャーの木の下で、落ちてきた葉を見た誰かが言ったことから始まった。「この形、ちょうどいいね!って。アイデアが文字どおり、降ってきました」

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

eavam 大橋二郎さん

竹編みのポーチも、一つひとつ、手で編んで作られたものだ。

「少し前まで、こういう竹のカゴは市場にたくさんあった。でも、今はないんです。とても美しいものなのですが、編み方に高い技術を要して、作るのに時間がかかります、割に合わないのでどんどん作れる人が減ってきているんですね。それにはたと気づいて、ならば自分たちで編めないかと。いろいろ探してたどり着いたのが、村の93歳のおばあさん。60代のお弟子さんと作っていたところへお願いに行き、技術を教わりながら習得し、これも総出で作りました」

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

「ここまできたら手作りのポーチがほしくなって、そこからがまた大変でした(笑)」と大橋さん

タイの人たちは、植物に埋もれながら暮らしている

eavamを立ち上げた3年前までは日本向けのオーガニックスキンケア商品の受託生産など、裏方に徹したものづくりをしていた。オーガニック、とうたっていても、パッケージがプラスチックだったりすることが気になっていた。「本当に自分たちの作りたいもの、タイらしい、タイのものを生かしたい、とずっと思っていた」という。

大橋さんと花岡さんが特に影響を受けたのが、スタッフとして一緒に働く、タイの女性たちの暮らしぶりだった。花市場には花があふれ、色とりどりのランをはじめとする美しい花々がいつでも安く手に入る。

「タイの人たちは、本当に花と一緒に暮らしている、植物に埋もれながら暮らしている。人が植物の隙間にいるような感じです」

花を食べるのもその一つ。雑草を取るつもりで庭の草を刈ると、「あれは食べられるのに捨ててしまうのですか?」と言われる。お米を染めてお赤飯にする、レモングラスでハーブティーを作る、バタフライピーや夕顔のつぼみを炒めて食べる。ブーゲンビリアの花のかき揚げ、トウチジンジャーの千切りサラダ、フトモモという果物の花のサラダ……。

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

花のごちそう(撮影:大橋二郎)

神様へのお供えとなると、さらにバリエーションが増える。チェンマイの主要な道路の信号には、必ずお供え用のジャスミンの花飾りを売る人たちがいて、信号で止まると売りに来る。買う方も、男性の運転手が普通に窓を開けてそれを買い、古い花飾りと交換する。

平井さんが特に気になったのが、タイの人たちがお供えのために作るという、バンダナスの葉で折った「バラ」の花だ。青い畳のような香りがする。甘い香りをつけることもあるという。

「タイには一年中お花があるのに、あえて葉っぱでお花を作るのが面白いですね」(平井さん)

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

パンダナスの葉で折ったバラの花。「チェンマイに住む人たちは日本人の鶴みたいに、誰でも折れるんですよ。僕は無理だけど」と大橋さん

11月の満月の夜、「ロイクラトン」という祭りでは、川への感謝の気持ちをこめて、花灯籠を川の女神さまに捧げる。灯籠には、ブーゲンビリア、マリーゴールド、バナナやパンダナスの葉を使ったごちそうが乗せられる。中でも、タイの人たちが大事にしているのが、タイの旧正月にあたる4月13日から15日の「ソンクラーン(水かけまつり)」だ。

いろいろな花のつぼみを取ってレイを作り、若い人たちが年長者に花輪をかけ、ジャスミンの香りをつけた水「ジャスミン・ウォーター」を手のひらにかけて敬意を表す。かつてサイアム王国の宮廷では、暑い季節、ジャスミンを浮かべた冷たい水につけたご飯を食べ、暑気を払ったという。

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

【写真左】ソンクラーンの儀式。タイの旧正月「ソンクラーン」では、年長者への日頃の感謝として、ジャスミンの花飾り(花数珠)と香りを付けた水を掛けて敬意をあらわします。【写真右】11月の美しい祭り。「ロイクラトン」では河にクラトン(花灯篭)を流し、水の神に感謝を捧げます(撮影:大橋二郎)

「ジャスミンはタイの人にとってとても身近で大切な、生活や文化のシンボルのような花です。これをちゃんと伝えなければいけないと思いました」

一番大事な花を、刺しゅうするということ

タイの女性たちがそうして体の中に、手に持っている、隠れた技術や美意識が花開くようなものを作りたい。それは何だろう。彼女たちらしさがあり、それを作ることが経済的な貢献になるだけでなく、受け取った人も喜ぶものとは何だろう。考えつづけた末に思いついたのが、ジャスミンを使ったバームを作ること、だった。

バームから始まったものづくりは、カゴ、さらにジャスミンの花が刺しゅうされたバッグ「yeb(イェブ)」と、少しずつ広がっている。タイ北部の少数山岳民族の刺しゅうの技術を受け継ぎ、これも一つひとつ手で刺しゅうが施されている。

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

ジャスミンの刺しゅう

「大切な花を刺しゅうするということ。ずっと見て大事にしているもの、体とか記憶にあるものの連想が形になっていくところに立ち会えることが、とてもありがたいと思っています」

プライベートでは、働いているスタッフたちの家族の、入学祝い、冠婚葬祭、結婚式、すべてに関わり、仕事でのものづくりにおいては、作るものの色や形、製造工程での細かい役割分担、出荷時の梱包まで、すべてを彼女たちと相談しながら行っている。

「たとえば白にもいろんな色がある。どれがeavamっぽい白か。何度も話をしながら、照準を合わせていく。効率が悪いと思います。でも、彼女たちが、そのこだわりを実現する感覚をもともと持っているのです」

eavamのサイトで買い物をするとついてくる小冊子「eavam book」には、チェンマイの人たちが植物と一緒に暮らしている様子が写真で描かれ、その延長線上に、eavamの商品――手編みのトラベルポーチや、ジャスミンの花の刺しゅうが施されたバッグなどが生まれていることがよくわかる。

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

「大橋さんたちの作るものには、一つひとつストーリーがあるから、使い捨てにならないんですよね。こういう人たちが作っているんだ、ということが伝わってくるから。私もストーリーを語れる花生けをしたいなあ、ってこのごろ思うんです。ただきれいなだけではなくて、たとえば朽ちたものの中にも、美しさがある。ちゃんと背景のストーリーが伝えられたら、ほかの誰が見てもきれいだと思えるのではないかと。それが奥行きになるのではないかと思います」(平井さん)

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

「スタッフの女性たちが、僕たちに指示されて商品開発をしてきたのではなく、あれを作ると、次にはこれが必要だね、これも作ってみようって、自然に広がっているんです」(大橋さん)

eavamの製品はほかにも、モロッコのアルガンオイルや、ガスール(泥状の石けんのようなもの)など、素材にこだわったいいものがそろう。今年からはeavam lab(ラボ)と称して、石けんやエコラップなど、日用品のラインアップを増やしていくと、大橋さんはいう。

「これからも、美しいものを作り続けていきたいし、作り続けるしかない。香りもカゴも刺しゅうも、原型からその形を磨きあげていく、あぶり出していく。タイの人々のためではなく、むしろタイの人々に助けられています。タイと日本だけではなく、タイと世界中をつなげたい。チェンマイはそれができる場所だと思っています」

    ◇

平井さんが「この竹編のポーチに花を生けてもいいですよね。おみやげ、ちょっとしたしつらい、おかしをつめたりしても。この小さいサイズがすてきですね」と話すと、大橋さんが「ああ、それは面白いですね。今度チェンマイに帰ったときに、ほかにもカゴをいくつか、市場で見つくろってきましょう」。

そして本当に、そのあと一時帰国したとき、美しいカゴを持ってきてくださいました。ジャスミンの季節にはまだ少し早いので、次回はそのカゴに、平井さんが大橋さんのお話で心に残ったというランの花を使って、タイをイメージした花を生けます。

ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

(写真・在本彌生/構成・&w編集部)

■eavam展
日時:2月15日(土)~25日(火)
場所:組む 東京
東京都千代田区東神田1-13-16

日時:2月29日(土)~3月10日(火)
場所:takase
埼玉県さいたま市緑区宮本2-19-14

eavamのInstagram
https://www.instagram.com/eavam_japan/

     ◇


  •    

    縁起物を自由につめる 花のおせち「あらたま箱」(日本)

       

    縁起物を自由につめる 花のおせち「あらたま箱」(日本)


       


  •    

    平井かずみさん「人と植物のつながりを、もっと取り戻せるような花を」
       

       

    平井かずみさん「人と植物のつながりを、もっと取り戻せるような花を」


       

  • 平井かずみ(ひらい・かずみ)

    ジャスミンの香りをそのままバームに/eavam 大橋二郎さん(タイ)

    フラワースタイリスト。ikanika主宰。草花がより身近に感じられるような「日常花」の提案をしている。東京を拠点に「花の会」や「リース教室」を全国各地で開催。雑誌や広告などでのスタイリングのほか、ラジオやテレビに出演。著書『フラワースタイリングブック』『ブーケとリース』『あなたの暮らしに似合う花』ほか多数。12月4日からNHK Eテレ「趣味どきっ!」で毎週水曜日午後9時30分~「花と暮らす 季節の花を日常に シンプルに生ける」放送中(再放送:NHK総合 木曜日 午前10時15分~/Eテレ 翌週水曜日 午前11時30分~)。http://ikanika.com

    PROFILE

    • 在本彌生(ありもと・やよい)

      東京生まれ。大学卒業後外資系航空会社で乗務員として勤務、乗客の勧めで写真を撮り始める。複数のワークショップに参加、2003年に初個展「綯い交ぜ」開催、2006年よりフリーランスフォトグラファーとして本格的に活動を開始、雑誌、書籍、展覧会で作品を発表している。 衣食住にまつわる文化背景の中にある美を写真に収めるべく世界を奔走している。写真集 「MAGICAL TRANSIT DAYS」(アートビートパブリッシャー刊) 「わたしの獣たち」(青幻舎) 「熊を彫る人」(小学館)

    縁起物を自由につめる 花のおせち「あらたま箱」(日本)

    一覧へ戻る

    RECOMMENDおすすめの記事