東京の台所

番外編<松本の台所 2>ギター製造と新しいふたり暮らし

連載200回を記念し、松本の台所を訪ねた。
拙著『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)の取材で、長野県ではいまなお自家製漬物をおすそ分けしあったり、果物を干したり煮たりという保存食を中心とした独特の食文化が根付き、それが地域や世代を超えたコミュニケーションづくりに役立っていると気づいた。
これは、かつて日本のどこにでもあった習慣だ。
実際、若い世代や移住者はどうだろう。
逆に、ここで生まれ育った70代の毎日の食卓は?
私自身7歳から5年間過ごした松本で、時代の変化と食生活のいまを、3人の台所から見つめてみたい。

    ◇

〈住人プロフィール〉
製造業・32歳(男性)
賃貸コーポ・3DK・JR中央本線 平田駅(松本市)
入居1年・築年数約20年・妻(カフェ共同経営者・パティシエ、24歳)との2人暮らし

 木工が盛んで、木材加工に適した気候の長野県は、じつはギター生産量が日本一である。優れた職人が在籍する老舗ギターメーカーが数社あり、「大量生産のものから、ハイエンドなものまでたくさんのギターが製造されています」と住人は語る。

 大分出身の彼は、バンドを組んでいたことから楽器に興味を持ち、高校2年で、すでにギター製造の職に就くと決めていた。

 少しでも早く知識や技術を身につけるため、楽器製造の専門学校へ進学を希望すると、親に大学だけは出てほしいと懇願された。
 では大学卒業後に専門学校へと進路変更。志望校の中で、たまたま推薦をとれたのが信州大学であった。
「偶然にも日本一のギター製造の地に住むことになり、のちに第一希望となる会社が長野県にあったことは、幸運な巡り合わせだったなと思います」

 実際、念願のメーカーに就職がかない、会社に近い松本市に住んでみて、あらためて景色の圧倒的な美しさに魅了された。
「やりたい仕事がベースにあるので、居住地のより好みはないですが、松本の美しい山の景色は好きですね。これが毎日見られるのはありがたいですね」

 社員になるまでの道のりは短くない。
 必死に就活に励む友だちを横目に見ながら、自分はバイトに打ち込んだ。志すギターメーカーには求人がなかったからだ。
 卒業後、日参してなんとかアルバイトとして採用される。それから9カ月後、社員に採用された。「もし、雇用されない期間がもっと長く、別のギター製造会社が他県にあったらそちらに行ってたかもしれません」
 淡々と語るが、さすがにそれが東京だったら「あの人混みに自分がいることだけは想像できません」と笑った。
 以来9年、ギター作りに打ち込み、現在、彼の携わった楽器は松本駅構内に地域の代表的な工芸品として展示されることも。

「木は1本1本違うので毎日発見があります。プロなので作るスピードや効率も考えなければいけませんし、まだまだ勉強中です。でも、質や見た目においてグレードの高い木材に毎日触れさせてもらえて、贅沢(ぜいたく)な仕事だなと実感しています」

 国内はもちろん、海外でも、上質な木材の枯渇を切実に感じるという。どちらかというと寡黙なタイプだが、仕事の話には熱が入る。なんのためにこの地に住み、どう生きるか。目指す道筋が見えている人の表情や話にはブレがない。

彼のフランボワーズムースケーキ

 ひとり暮らしを続けてきたが、昨年24歳のパティシエをしている女性と結婚をした。彼女は安曇野市生まれで、関東で菓子作りを修行した後、母、姉と共同経営でカフェを開いている。

 テーブルを作ってくれた家具職人の知人の紹介で意気投合。1年前から2人で暮らし始めたら、互いに持ち寄った包丁や鍋のメーカー、色まで偶然一緒で笑ってしまったという。

「今日はこんなお菓子を作ったんだって言われると、年下ながら負けてられないなと刺激を受けます。彼女と暮らすようになって、食事や健康のことも見直すようになりました」

 じつは、中学生の時から彼も菓子作りが趣味である。バレンタインデーに姉がクッキーを作るのを見て、興味を持ったのが始まりだ。学校のクリスマス会にクッキーを持っていくととても喜ばれ、シフォンやケーキを作るようになった。
 
 今は、彼女のために、休日に菓子を作る。
 昨年のクリスマスはフランボワーズムースのケーキを作った。写真を見たら料理雑誌のようなプロ顔負けの仕上がりで、舌を巻いた。──でも、なぜパティシエの彼女に、ケーキを?
「クリスマスは、彼女は連日仕事で作り疲れていますから」
 
 ムースのサイズに合わせて、ウォルナットの皿をノミで削り、フォークとスプーンも彫った。台所は彼女が使いやすいように、木材で作った収納ツールが満載だ。

 彼女には会えなかったが、春の木漏れ日のように台所も部屋も、木彫りの皿にまであたたかみがにじみ、こちらまで頬が緩んだ。新婚生活って、こんなにほのぼのやさしいものだったっけ──。
 
「結婚するまでは、いつも自分はこうしなければああしなければと、暮らしや生き方を、少し背伸びしていたように思います。休日は予定を詰め込み、忙しくするけど、自分の食事も睡眠時間も適当で。たとえば彼女の料理は、食事に必ず汁ものがつき、野菜をたくさん使う。ソファでうだうだしていると、ちゃんとベッドで寝ようと声をかけてくれる。そういう日常のご飯や暮らしのリズムを整える基本的なことって大事だなと、彼女から学びました」

 好きな仕事に就いて、愛する人と暮らしている。暮らしに必要な道具が、少なすぎず多すぎず、ちょうどいい量ある。ないものを数えるより、ある喜びを数えて暮らすのが、ふたりとも得意なんだろう。
 そんな彼の、次の夢はなんだろう。

 うーんとしばらく沈黙。訥々(とつとつ)と、言いにくそうにつぶやいた。
「金銭的なものに幸せは求めていないと妻はいうんですが……。経済的には十分ではないので、やっぱり欲しいものを買ってあげたいです」
 
 部屋を出ると、田畑の向こうに青い空とアルプスの山がくっきり見えた。彼から醸し出される穏やかな空気と松本の景色が、どこまでも清々(すがすが)しく、別れるのが少し名残惜しかった。

>>台所のフォトギャラリーへ  ※写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます。

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3月22日(日)午後、スペシャルゲストをお招きして、大平一枝さんによる「東京の台所」連載200回記念トークイベントを都内で開催いたします。

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    PROFILE

    大平一枝(写真も)

    長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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