このパンがすごい!

行列店で出会った八朔りんごのパイ……その衝撃を一言でいうなら!/志茂

住宅街に行列のできるパン屋を見つけた。いつでも店の外に数人が並んでいる。ごく小さな看板以外、目立つための仕掛けはなにもない。なのに、なぜこの店にはこんなに人が集まるのか。

「きのこ」という新感覚の総菜パン。なんてみずみずしく、それでいて小麦の味がしてくる生地なんだ。ぐにゅうと押し潰れ、ぱちんとちぎれ、ふにゃーと溶けていく。どの食感もすべてがエロティック。北海道産の小麦「春よ恋」が甘く溶け、喉(のど)へ向かってぷわーっと広がっていく旨味(うまみ)パラダイス。そこへ、ソテーされたきのこ(しいたけ、まいたけ、しめじ)と、ベーコンのダブル旨味が追撃する。

行列店で出会った八朔りんごのパイ……その衝撃を一言でいうなら!/志茂

きのこ

行列店で出会った八朔りんごのパイ……その衝撃を一言でいうなら!/志茂

きのこ断面

志茂(しも)のパンはどれも激しく口溶けがいい。その理由について、志茂大輔さんは、
「必要最低限の油脂(きのこの場合はグレープシードオイル)を入れることと、厚みのある型を使って間接的に熱を入れるようにするのを心がけています」

料理の経験もあるという志茂さん。きのこは時間をかけ、オーブン、フライパンと2段階で火を入れて水分を抜き、旨味を引きだす。

生地がおいしく、中身に手がかかっているのは「あんぱん」も同様。ふにーっと、まるで漫画の中に出てくるパンみたいに糸を引いて切れる。ぷにっぷにっと歯と歯のあいだで跳ねたかと思えば、やわらかい生地はふにゃーっと溶けて、「春よ恋」の旨味、バターの甘さが爆発。あんこの甘さは決して尖(とが)らず、きのこが入っているはずでは?と思うほど豆の旨味が勝って、小麦の旨味との相乗効果で、まるごと1個をあっというまに完食させた。

志茂さんがあんこにかける時間はなんと丸1日。「食感を残し、でんぷんが流れてしまわないように、北海道産とよみ大納言(小豆)を低温で炊いています」。

行列店で出会った八朔りんごのパイ……その衝撃を一言でいうなら!/志茂

あんぱん、ココア断面

2つに折ったクロワッサン生地でフルーツのコンフィをはさんだ「八朔(はっさく)りんごのパイ」。その衝撃を一言でいうなら、焚(た)き火の後で燃え残った『少年ジャンプ』。少々奇抜なたとえをしてしまったが、ルックスのみならず、食感もそんな感じなのである。空に向かって独立して層が開いているため、熱が極限まで生地に入るのだろう。薄い一層に歯にちょっと当たっただけで、ばりばりっと崩れて小麦パウダーとなり、究極の甘さ、香ばしさを発揮。さらに底で待っているりんごと八朔(はっさく)は、はっとするような甘酸っぱさ、香りをあふれさせる。

「タルトタタンを作る要領で、カラメリゼの手前までりんごと八朔を火入れして、水分を抜いて、糖分をまとわせます」

八朔は、親せきにあたる国立(くにたち)の生産者によるもの。オレンジなどよく出まわっている柑橘(かんきつ)にはない、力強い苦味(にがみ)や酸味が実に印象的だ。

行列店で出会った八朔りんごのパイ……その衝撃を一言でいうなら!/志茂

芋ハート、八朔(はっさく)りんごのパイ

志茂の「食パン」は、最近少しずつ増えてきた、フランスパンみたいな気泡ぼこぼこ系。口にもっていくと、発酵の香りがすがすがしく、そのあと一瞬ワイルドに。そんな印象は記憶に残るか残らないかでまたたく間に彼方(かなた)へ消え去るほどのふわふわぷるぷる感。バターの甘さ、春よ恋のミルキーな溶け味。そして、家族間で取り合いになりそうなほどの、耳のごちそうっぷり。焦がしバターのような深い甘みと香ばしさ、そして小麦の旨味が全開。全粒粉を配合しているおかげで噛(か)んでも噛んでも旨味が滲(にじ)み出る。

行列店で出会った八朔りんごのパイ……その衝撃を一言でいうなら!/志茂

食パン断面

レーズン種、麹(こうじ)から起こした種と2種類の発酵種を使用して奥深さを演出する一方、発酵とミキシングにも一工夫。
「味わいを強くするのと、さっと裂けるように、気泡をぼこぼこにしています。(グルテンの引きを出さないため)なるべくミキシングをアンダー(弱め)にしています」

行列店で出会った八朔りんごのパイ……その衝撃を一言でいうなら!/志茂

志茂大輔さんと小夜子さん

開店してまだ1年なのにこの人気ぶりというのは、パンを食べればうなずけた。私が並んでいたときも、店の前の行列を見かけて足を留めた人が、並んでいた人に「このパン屋さんおいしいんですか?」と尋ねれば、よくぞ聞いてくれましたという風情で「おいしいんですよ!」と答えていた。宣伝ではなく、おいしさでできあがるこの行列、まだまだ長くなりそうだ。

パン屋 志茂
東京都国分寺市東恋ヶ窪3-19-2-102
042-402-8605
10:30~16:00(売り切れ終了)
https://www.instagram.com/panya_shimo/?hl=ja

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    PROFILE

    池田浩明

    佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
    日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
    http://panlabo.jugem.jp/

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