鎌倉から、ものがたり。

淹れたてでも、冷めてもベストバランスを 半地下の手作り空間「SJO COFFEE」

ネルのフィルターをセットしたドリッパーから琥珀(こはく)色の粒がひとつ、またひとつ、ゆっくりとサーバーに滴っていく。コーヒーの抽出でいちばん大事なスタートを切ったら中盤からは円を描くように湯を注いでいく。やがて香り高い1杯がカウンターの前に。「SJO COFFEE」の店主、大村俊次郎さん(41)が行う一連の動作は、まるで演劇のワンシーンのようだ。

 若宮大路に面した建物の半地下。外光がほんのりと差し込む店内は、ダークブラウンを基調に、ヨーロッパ中世のお城の雰囲気が漂う。そんな舞台装置に、すらっとたたずむ大村さん。その彼の言葉に、いきなり納得させられた。

 「実は20代まで芝居をやっていたんです」
 
 横浜市出身で自他ともに認めるハマっ子。10代のころ、永瀬正敏が主演した映画「私立探偵 濱マイク」シリーズの世界に惹(ひ)かれ、芝居の道に足を踏み入れた。

 スリリングな人々が集まってくる演劇界は面白かったが、20代最後に入った商業劇団で本採用を逃したことを機に、以前から興味を持っていたコーヒーの世界で自立することを決意した。

 そのころ、若い世代の焙煎(ばいせん)人たちによる浅煎り豆のブームがあった。深煎りのブレンドを中心に発達してきた日本のコーヒー文化の中で、焙煎以前の「豆」に注目する新しい動きで、今にいたる「シングルオリジン」「スペシャルティーコーヒー」という潮流の発端になったものだ。

 もともと探究心の強い性分。自分のコーヒーを求めて、喫茶店めぐりを繰り返し、資格認定試験も積極的に受けた。「CQI認定Qグレーダー」「J.C.Q.A.認定コーヒーインストラクター検定1級」「SCAJ認定コーヒーマイスター」と、主要な資格を取得して、理論武装をする一方で、物件探しも進めた。

 当初、想定していた横浜ではいい空間に出会えなかった。そこで浮上したのが鎌倉。鎌倉は材木座に祖父の家があり、子ども時代はしょっちゅう遊びに来ていた第二の故郷だったのだ。

 メインストリートにありながら、半地下、細長い廊下付き、というユニークな現在の物件に出会うまでは、1年がかかった。通常の商売では敬遠される変形ぶりが、大村さんの目にはクリエーティブに映った。キッチン、カウンター、壁のタイル、照明など内装を全部自分で手がけた店は、2014年にオープンを迎えた。

 スタイリッシュな大村さんは、一見、気難しいマスターかと思いきや、話をはじめると、気さくで人懐っこい。

 「全部自分でつくったというと、お客さまに驚かれますが、僕がいた劇団では、大道具も何もかも、全部自前でつくるのが当たり前。何とかなるもんですよ!」

 そんな話に耳を傾けていたら、熱いコーヒーが少し冷めてしまった。せっかく淹(い)れたてだったのに……と、申し訳ない気持ちを抱きながら口をつけると、先ほどとはまた違う芳醇(ほうじゅん)な味わいに、びっくりした。

 「淹れたてでも、冷めても、コーヒーはその段階ごとにベストバランスの味わいがあります。自分のコーヒーは、酸味と苦味を強弱でとらえるのではなく、『バランス』を最上に考えています。それを味わっていただければうれしいことですね」

 営業は正午から。コーヒー専門なので、それ以外のメニューはないが、鎌倉の街で調達するスイーツなど、持ち込みを歓迎するという。タイムスリップを誘う劇場空間。夕暮れ後はまた、格別な時間が待っている。

SJO COFFEE
神奈川県鎌倉市由比ヶ浜2丁目9-62フォーラムビル101

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    PROFILE

    • 清野由美

      ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

    • 猪俣博史(写真)

      1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

    浄明寺エリアに生まれた、パラダイスアレイの新工房「今此処(イマココ)商店」

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